21.ストーカー
バイトの初日。
経験者ということで、オリエンテーションの後にレジを任された。
十数名の客の応対をこなした頃、自動ドアが開くとともに入店音が店内に鳴り響き、入ってきた客に顔を向けて明るく挨拶する。
「いらっしゃ――」
入ってきた客を見て驚き、つい言葉を止めてしまった。
帽子を被った私服姿の藤山くんがいる。
藤山くんは入り口で立ち止まると僕を見てニッと笑ってから、カップ麺の棚へと歩いていった。
思わず呆けてしまったが、商品を選んでいる藤山くんが店内を歩き回りながら、チラチラこちらに視線を送ってくるのを目にして、ようやく彼がここに来た理由を察した。
僕の様子を見に来てくれたんだ……!
当初は偶然を狙っていたので、不正を働いたような気もするが、物珍しさで来ただけだと思うのでセーフだろう。
藤山くんは時間をかけて買うものを選んでいて、最終的に漫画とカップラーメン、ジュースを持って僕のレジへやってきた。
きっと僕のレジに並んでくれるとワクワクしながら待ち構えていたので、気持ちが乗って二割増しの笑顔と明るい声で迎えた。
「いらっしゃいませ」
「買い物に来た」
目を生き生きと輝かせ、誇らしげににんまり笑う藤山くんは、褒め待ちをしているのか期待するように僕を見つめる。
僕は嬉しさとおかしさが入り混じって、クスリと笑う。
「お店の売上に貢献してくれてありがとうね」
「うん。欲しいものも買えて、颯太の給料にも繋がる――一石二鳥」
藤山くんはカウンターに置いた商品を順番に指差していくと、顔を上げて二本の指を立てたピースを僕に向けてきた。
僕は苦笑いを浮かべる。
「なんだか藤山くんに養われてるみたいで情けないね。僕のことは気にせず、お小遣いは自分のために使ってね」
「うん。自分のために使ってる」
頷いた藤山くんは照れたようにはにかんだ。
どうやら僕の給料の話は藤山くんの冗談だったようだ。
それから商品をレジに通して、マニュアル通りの応対をしていった。
「お箸とお手拭きはお付けしますか?」
「うん。イートイン使う」
「家では食べないんだね」
「うん。あそこから眺める」
「そっか」
このコンビニのイートインは窓際に設置されているので、藤山くんは人の行き交う姿を眺めながら食べるのが好きなのだろう。
滞りなく会計を済ませると藤山くんは満足げに買い物袋を受け取った。
「ありがとうございました」
藤山くんは嬉しそうに奥のイートインスペースに向かった。
その後ろ姿を見えなくなるまで見送ると、改めて胸に温かさが宿るのを感じた。
それから数分経ったが、近くに藤山くんがいると思うとついイートインの方に視線を送ってしまう。
堪えきれず業務の合間に覗いてみれば、丁度こちらを見ていたのか目が合った。
漫画雑誌を両手で開いたまま、口角を上げ満面の笑みを向けられる。
ピンク色の空気に包まれた気持ちになって、仕事中なのに顔がニヤけて浮かれてしまいそうになる。
(……あんまり見ないようにしよう)
胸に手を当ててイートインから顔を背けると、自分の煩悩を律した。
それから二時間程経過し、お客さんが居なくなったタイミングで藤山くんに声を掛けられた。
「颯太、俺帰る」
「うん。来てくれた上に買い物までしてくれてありがとうね。気をつけて帰ってね」
「ん。また来る」
藤山くんは軽い返事をして帰っていった。
――また、ってことは今度はいつ来てくれるんだろう?
意識せずに言ったのかもしれない発言を、僕は真に受けた。
講習のない八月にも会えるかもしれないと思うと、まるで出勤が当たりつきのクジのようにも思えてきて楽しみになった。
まあ、藤山くんの気分次第なので、もしかしたら来ないかもしれないけど……。
過度な期待はせずに、また来てくれたらラッキーくらいな心構えでいようと肩の力を抜けば、次の日も藤山くんは現れた。
店内を見て回り、時折こちらに視線を送っては口元を緩めている。
その合図のような仕草が視界に入ると、仕事中なのに良くないなと思いつつも、口角が上がるのが抑えきれなくなる。
しかし、周りの目もあるので、ニヤニヤしてたら不審に思われる。深呼吸をして心を落ち着かせると、唇に力を入れて引き締めた。
レジに来た藤山くんは得意げに「昨日気になってたパン買いに来た」と告げた。
藤山くんの家の近くのコンビニはこことは系列が違うので、家から一番近いこのコンビニに来てくれたみたいだ。
僕はこっそり心の中でコンビニのオリジナルブランドに感謝した。
藤山くんは今日もイートインを利用し、店内が混んできたタイミングで帰っていった。
まさか夏休みにこんなに藤山くんに会う機会があるなんて、思いもしなかった。
そろそろ八月に入り講習も終わるので、今度会えるときは藤山くんの家に遊びに行くときだろう。
思いのほか会う機会が多くて、僕はすでに満たされているので、しばらく会えなくても大丈夫そうだ。
しかし、それからも藤山くんは僕のシフトが入っている時間に姿を現した。
講習がなくなって、八月に入っても必ず買い物をしているので、僕が目当てというわけではないみたいだ。
レジ打ちをしている時に、和やかに話しかけた。
「家から少し離れてるのに、ここのコンビニよく利用するんだね」
「うん。最近気に入ってる」
「そうなんだ」
僕のバイトの様子を見に来たことをきっかけに、何か気に入る要素があったらしい。
僕にとっては他の店舗と変わらないように映っているが、藤山くんにとっては違う魅力があるようだ。
毎回イートインを利用しているので、そこが気に入ったのかもしれない。
理由はどうであれ、藤山くんがこの店舗を気に入っているのなら、もっと愛着を感じてくれるように清掃や陳列作業を頑張ろうとやる気が湧き上がった。
心の中で意気込んでいれば、客が入ってきた音が耳に入った。
「いらっしゃいませ」
反射で挨拶をして顔を向けると、入ってきた客は黒を基調としたモダン系の服装の青年で、ぱっと見モデルかと思ったが、顔を見ると後輩の高木くんだった。
片手で操作しているスマホに目を落とし、音楽を聴いているのか、耳にワイヤレスイヤホンを着けている。
周囲に無関心なのか、足早に一直線で商品棚へ向かっていった。
家が近いのかな?という無粋な疑問を抱いていれば、数分も経たないうちに高木くんは氷の入ったコーヒーカップとホットドッグを器用に片手で持ち、僕のレジに歩いてきた。
相変わらずスマホに意識が向いているようで、目と鼻の先にいる僕には気づいていないようだ。
「いらっしゃいませ」
商品を置いたと同時に挨拶をすれば、スマホをスライドしていた親指が止まり、そのまま数秒の間のあと顔を上げ、目が合った。
「あ」
高木くんはようやく僕に気づいたようだ。
瞠目し、口は声を漏らした形のまま小さく開いて、驚いている。
「久しぶりだね」
穏やかに声を掛けたが、高木くんは時が止まったかのように僕を凝視し固まっている。
「大丈夫?」
心配になって小首を傾げて尋ねれば、高木くんは気を取り戻したのかハッとした顔をして、両耳のイヤホンを素早く外すとポケットに仕舞った。
僕と鉢合わせたが相当意外だったのか、珍しく少し落ち着かない様子で何かを言いかけては躊躇うと、僕から顔を逸らした。
「こ、ここでバイトしてたんですね」
「うん。夏休み入ってから、バイトしてるよ」
「……そうですか」
会話が途切れて、沈黙が生まれる。
僕と出会ったことを気まずく思っているのかもしれない。
特に気にすることなく、レジ作業をしていれば、高木くんはクールにもとれる感情を見せない横顔のまま、流し目だけで僕の手つきを眺めている。
僕の業務の声かけに対して、淡々と返事をし、高木くんに支払いを促して会計を済ませた。
高木くんは無言のまま氷の入ったコーヒーカップを掴むと身動きをせずにその場に留まった。
不思議に思って首を傾げていれば、高木くんは視線をそらしながら抑揚のない声で話しかけてきた。
「俺……ここのコーヒー気に入ってて、家からも近いからよく利用するんですよね」
「へぇ、そうなんだね」
「……だから……」
「?」
口ごもると、二の足を踏むように視線を僕と手元のコーヒーカップに行ったり来たりしはじめた。
最終的にコーヒーカップに視線を定めると、口を開き、微かにぎこちなさが乗った声色で言葉を紡いだ。
「だ、だから、俺が何度ここに来ても、長谷先輩の――ス、ストーカーじゃないので……そこんとこ分かっていてください」
「やだなぁ。そんなこと思ったりしないよ」
僕は間髪入れずに笑い飛ばした。
よほど勘違いされるのが嫌なのか、カップを持つ手は力が入り少し凹んでいて、表情には差し迫ったような必死さがあり、声量は弱々しかった。
そんなに心配しなくても、高木くんが前置きした、家が近いんだな、とかコーヒーを気に入ってるんだなと思うくらいで、僕のストーカーだなんて突拍子もない考えは微塵も持ったりしない。
仮にもしそうだったとしても、ストーカーまがいなことをしている僕に、高木くんを責める権利はない。
高木くんは小さくほっと息を吐くと、強張っている表情とカップを持つ手を緩めた。




