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16.即解決



それから平穏に日々が過ぎていき、六月の下旬。

昼休みにパンを買いに行った女子生徒が何か腑に落ちない様子で首を傾げて教室に戻ると、僕のところに来て口元に手を添えながら声を潜めた。


「颯汰くん。もしかしたら藤山くん、虐められてるかもしれないよ」

「え!?」


神妙な顔つきで打ち明けられた突拍子もない内容に、僕は目を見開いて驚いた。

今まで藤山くんと一緒にいて、そんな気配を感じたことがなかったから、寝耳に水で、頭が真っ白になり言葉を失った。

絶句していると僕のことを気遣ってか、遠慮がちに詳細を説明し始めた。


「さっき、藤山くんに会ったんだけど、腕から零れそうなくらい大量にパンを買ってたの。気になって声をかけたら、"クラスメイトから頼られた"って言ってたんだよね。だけどあの量を一人で買いに行かせるなんて、普通は大変だから、パシリにされてるんじゃないかって思ってさ」


耳を傾けていると段々と思考が冷静さを取り戻していき、思い当たる節がないか考える。


――もしかして、騒動が原因で風当たりが強くなって、罰としてパンを買いに走らされるようになったとか?


にわかには信じられないが、パンを大量に購入しているという点が気になる。


藤山くんの食べる量は、少し多めではあるものの、手に抱えきれない程のパンは食べないはずだ。


ということは、やはり頼られたということになるが……頼んだ人が手が離せなかったから一人で買いに行ったとか? 

でもパンの量を鑑みても、複数人に頼まれている可能性が高い。


疑問はあるものの、とりあえず女子生徒にお礼を言って改めて藤山くんに話を聞くことにした。


一緒に下校する約束を取り付けて、帰り道に話を切り出した。


「今日、友達から藤山くんがパンを沢山買ってたって聞いたんだけど、誰かに頼まれたの?」


核心には触れずにそれとなく探ってみれば、藤山くんは僕の顔をチラリと見上げてから、淀みなく平然と答えた。


「皆が食べたがってたから引き受けた」

「そっか。どうして皆で買いに行かなかったの?」

「人の多い所は怖いから、皆近づかないようにしてる。だから、俺が買ってくるって言った」

「怖い?」

「色んな人がいるから、体調が悪くなる」


その言葉を聞いて、漸く合点がいった。

人が多いところは知らぬ間にαのフェロモンにあてられることがあるので、Ωの子たちは人混みを避けるのだ。


――そうか。今まで考えもしなかったな。

学生たちが利用するのが当たり前の購買部のパンを、Ωの子たちが気軽に利用できていなかったなんて。


学校の購買部のパンは個人店のパン屋が卸していて、すぐに売り切れてしまうくらい人気なのだ。

一度食べてみたいと思うのは当然だろう。


藤山くんは他のΩの子と比べると、自由に校内を歩いているから引き受けたということか。


ただ、人気故に一人で大量に購入してしまうと事情を知らない他の生徒から反感を買ってしまいかねない。

経緯を把握した僕は、穏やかな口調を努めて申し訳なく言葉を紡いだ。


「そういうことだったんだ。今までΩの子たちに窮屈な思いをさせてしまってたんだね」

「別に。いつものことだから慣れてる」


藤山くんは不平不満を零すことなく、あたかもそれが当然のことであるかのように受け入れていた。


ただそれは慣れているだけで、パンを買いに行くという些細なことすら出来ない現状に満足しているわけではないのだ。


現に他のΩの子はパンを食べたいからこそ、藤山くんに頼んでいる。

急いで環境を改善させてあげないと。


「聞いてしまった以上、放ってはおけないから、Ωの子たちが買いやすくなるように、僕から生徒会に申し立てしてみるよ」

「いいの?」

「うん。学校全体の問題でもあるからね」


生徒会の人達とも友達なので実情を話し合ってみて、僕に出来ることがあれば積極的に協力すれば、比較的早く解決するかもしれない。


胸を張って引き受ければ、心なしか隣で見上げている藤山くんの瞳が期待で輝いている気がした。


頼られているのだと感じ取ると、自ずと息を吸い込み密かに拳をグッと握り、頑張ろうと意気込んだ。


次の日登校すると、藤山くんのことを教えてくれた女子生徒に、知り得た事情を説明した。

すると僕と同じく、腑に落ちたようで安堵の表情を見せたが、直ぐに「うーん」と悩む素振りを見せた。


「確かに言われてみれば、今までΩの子たちと会ったことなかったかも」


僕が口を開く前に、側にいた他の女子生徒が口を挟んだ。


「となると食堂も使ってないんじゃない? 使ってる人が多いから、Ωの人たちが今までいたかは分からないけど」

「それなら、生徒会に直接掛け合ってみようか。利用率のデータもあったほうが説得力があるから、Ωの子たちにアンケートを取ってもらえるよう先生に尋ねてみようか」


聞き耳を立てていた他の子達が流れるように会話に加わり、クラスメイトが集結した結果、僕はいつの間にか脇に追いやられた。


あれ?、と呆気にとられている僕を余所に、あれよあれよと生徒会の議題に上がり、購買部及び学食の利用方法がΩの生徒たちに配慮される形式に変更された。


夏休みも近い時期だというのに、持ち越されることなく迅速に解決策を考案してくれて、有難い限りだ。


結果的に僕は何もしていないことになってしまったが、そこは重要ではないので気にしなくていいだろう。

藤山くんに先輩らしいところを見せたかったのは僕の私情なので、些細なことだ。……うん。


とはいえ、まだ試験的な段階なので、完全に解決したわけではない。


それでも藤山くんは対応の早さに驚いているのか、僕と話がしたいと昼休みに会う約束を取り付けてきた。


木陰の下のベンチに腰掛ければ、藤山くんは座ろうとせずにお弁当を持ったまま、僕の目の前で佇んでいる。


梅雨も明けて暑いからか、頬が紅潮していてぼうっとした様子で僕を見つめているので、のぼせているのだろうと心配し、優しく声を掛ける。


「大丈夫? 隣においで」


座面を手で叩いて促せば、藤山くんは唇を噤んでおずおずと足を進ませると、隣に腰掛けた。


ほっとしたのも束の間、少しずつ腰を浮かせて距離を詰めてきた。


え?、と戸惑っている僕の腕に、ついに藤山くんの素肌が当たったので驚き息を呑む。

隙間なく密着した状態に、夏の気温とは違う熱さが顔に昇ってきて、緊張で全身に汗が滲んでくる。


意外な展開に頭が沸騰して混乱しつつも、みっともない姿を見せないために、必死に理性にしがみつき、ぎこちなく藤山くんに尋ねる。


「た、体調が悪いの?」

「悪くない」

「そ、そう? 無理しないでね」


声が微かに震えてしまったが、藤山くんは簡素に答えただけで指摘はしなかったので、不審に思われずに済んだらしい。


体調が悪くないなら一先ず安心だけど、そうなると藤山くんがくっついてくる行動の理由がわからなくなる。


……あれ? 僕、今日何か良いことしたっけ?


自分にとってあまりにも幸せな出来事に、心当たりはないか思考をぐるぐると巡らせる。

心の中でパニックを起こしていると、藤山くんが照れくさそうに言葉を紡いだ。


「颯汰のおかげで購買部とか使いやすくなりそう。ありがとう」


お礼とともに肩に金色の頭を寄せて、体重を預けてきた。

藤山くんの重みを感じて胸がどきりと跳ねるも、今回の件が僕の手柄だと勘違いしてるらしいので、誤りをしっかり訂正した。


「実は僕じゃなくて、友達が生徒会に提起してくれたんだよ。相談をしに行く前に皆が率先して行動してくれて、情けない話、僕はほとんど何もしてないんだ。だから放課後、生徒会室にお礼を言いに行こうと思ってて――あ。藤山くんも一緒に来る?」

「うん」


控えめに顔を向けて横目映ったのは、嬉しそうに笑みを称えてすんなりと頷く藤山くんの姿。

感謝をしているのだと伝わってきて、晴れやかな気持ちになって自然と口元が緩んだ。


話は終わって、顔を正面に向ける。

夏の日差しに照らされた芝生が眩しいくらいに輝いている。

そんな芝生を眺めながら、思考は別のことで埋め尽くされていた。


……この体勢はいつまで続くんだろう?


沈黙が流れる。

僕の意識は完全に藤山くんに奪われていて、周りの音は全く耳に入らない。

胸を打つ音はドクドクと忙しないのに、体はピクリとも動けずにいた。


今の体勢が藤山くんにとって楽であるのなら動かない方がいいだろうという気遣いと、気を許してくれている嬉しさをもう少し感じていたいという気持ちの現れからだ。


少しの座り直しも出来ずに、見慣れた芝生をただ見つめ、時折チラリと視線だけで藤山くんの様子を窺う。

藤山くんは顔を伏せていて、何を考えているのか分からない。


ふと、金色に染めている髪の生え際から、茶色い地毛が伸び始めていることに気づく。


こんなことに気が付くほど距離が近いんだ。


それからなんだか、他の感覚――嗅覚が敏感に反応しそうになり、慌てて顔を背ける。

数十秒程経ってから落ち着き、なんとか未遂に終わったので、再び藤山くんにそうっと視線を向ける。


……暑くないのかな?


いくら影がある場所とはいえ、藤山くんの肌が当たっている部分は熱が籠もって、汗で濡れている。


ぴったりくっついているのでどちらのものか分からないが、気持ち悪い思いしてないかなとか不安になってくる。


しかし、不謹慎にも胸だけはどきどきしていて、僕から離れていくような言葉は口にはしなかった。


まあでも、藤山くんからもたれ掛かってきているんだから、不快に思ったら自分のタイミングで離れるよね。


照れながら自問自答して、暫くじっとしたまま蝉の鳴き声で平常心を保っていれば、藤山くんのお腹がぐうっと鳴った。


すると、気持ちを切り替えたように「お腹減ったから弁当食べる」と言い放つと呆気なく姿勢を正した。


熱を感じていた肌が涼しくなったものの、その喪失感が少し名残惜しくもあった。


とはいえ、棚からぼた餅みたいな幸福だったので、あまり自分から欲しがってしまうのは図々しすぎるだろう。


僕は自分を律して先ほどの出来事は、胸のなかにしまうことにした。




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