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落ちこぼれの底辺テイマー、最強の魔獣使いに拾われる。気付けばこっちが飼い主でした。  作者: あなたのはレヴィオサー
第一章

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006.「心の準備」


『では私は私の納得のいくように対応させてもらいますので』


 最初に少女からそう言われたとき、せいぜい二、三日くらいここで過ごす程度の話だと思っていた。ところが、その見積もりはあっさりと崩れ去る。背中に受けていた傷が思いのほか深く、毒にまで侵されていることが発覚したからだ。


 おかげで傷の治りは遅いし、毒そのものの影響か傷口が膿(う)んだのか、人生で経験したことのないような高熱に何日も魘(うな)される。気付けば、少女に保護されてから五日目の昼となっていた。


「なんでこうなったかね……」


 カックリと肩を落とす。


 ちなみに今、シンヤがいるのは森の中だ。背中の傷はようやく快方(かいほう)に向かいつつあり、三日三晩続いた高熱も落ち着いた。まだ微熱と気怠さは抜けきっていないのだが。


『ここには窓もありませんし、あまり同じ空気ばかり吸い続けるのも身体に良くないでしょうから。気分転換に、たまには外に出てみたらどうです?』


 とのことで、久しぶりに外に出ているというわけ。緑の景観のなかで、手ごろな切り株に腰掛けていた。


(別に外に出たからって……)


 空気が美味(うま)いだの澄んでいるだの、そんな感覚はシンヤにはさっぱりわからない。どこで吸ったって空気は空気だ。無味無臭でそこにあるだけ。


 さすがに湿気でむっとするような場所や、煙草(たばこ)の煙が充満して二次喫煙になりかねないような環境となれば話は別だが。


 そうでないのなら、なんだっていい。

 シンヤにとっては一緒だった。こういう自然に囲まれたなかで風にあたっていようと、いつも通り地下のあの一室で寝転んでいようとも。


 我ながら、つくづく思う。

 たぶんこうした違いを感じ取れない――いや、感じ取る気のサラサラないあたりが。


(心底、つまらない人間ってことなんだろうなぁ……)


 その証なのだと。

 まあ直そうと思ってどうにかなるものでもないし、このままで困ることもない。立ち返ってみたところで、無頓着なままでいることに変わりはないのだが。


 さておき。


「あそこってほんとに地下だったんだな」


 ふと呟いたのは、緑の地面にぽっかりと口を開けた地下への穴を眺めながらのことだ。窓がなく、壁も土を削り出したように見えたので予想はしていたにしろ。ここ数日を過ごした空間は、本当に地下を掘って作られたらしい。


 ミミズかモグラかわからないが、たぶんそのタイプの魔獣が手持ちにいるのだろう。この穴も、シンヤを外へ出すためだけに掘られたばかりのものみたいだが。


(ていうか、これってかなり不用心じゃないのか……?)


 ふと、そんなことを思う。というのもシンヤはあのサクラ色スライム(名前はリップルというらしい)に、だらりと全身を預けるような格好で持ち上げられ、そのまま神輿(みこし)のようにここまで運ばれてきたのだが。


 目隠しもされず、何事もなく地上まで運ばれたからだ。おかげでハーメルンの住処が地下にあり、複雑に広がっていることまで知ってしまった。


(まぁどうせそんなのバレてるし、隠す意味もないからそうしたってだけかもしれないけど……)


 それにしたって、自分を自由にし過ぎだと思う。なにせ、ここにあの少女は同行すらしていない。


『私はお留守番してますね。付き添いにはこの子を付けますから、どうぞ気の済むまでリフレッシュしてきてください。ただし無理は禁物ですよ、病み上がりさん』


 とのことで、付いてくることさえしなかったからだ。たしかにシンヤの体調は万全とは言いがたいし、今いる場所すら把握できていない。だからスライムが一体いれば十分と、そう判断されたのかもしれないが……。


 でも、シンヤには魔眼がある。仮の話だが、もしここに都合よく空を飛べるタイプの魔獣が降り立ったとすれば……。たぶん逃げ切れてしまうのだ。万に一つでも逃げられる可能性を残す少女の不用心さに、少しだけ複雑な感情が湧いた。


(少なくとも、俺だったら……)


 自分なら絶対にしない。裏切る可能性が僅かでもあるなら、必ず先に手を打つ。そう決めている。


(あるいは……)


 ひょっとすると、これは試されているのかもしれない。今も実は、少女はどこかから監視し、シンヤが逃げようとすれば、すぐに道を塞げるよう待ち構えているのだ。


 少女にとって自分が、本当にこのまま救命する価値のある相手かどうかを見定めるために。そう考えれば、この無防備さにも説明がつく。


 本当のところを確かめる術はない。


「……なんにせよ」


 ため息を重ねるように呟く。ほとほと嫌になった。この期に及んでなお、そんな風に彼女を疑っている自分が。責任の所在はどうあれ窮地を救われたし、三日三晩も手厚い看病を受けたではないか。


 一度だけ、尋ねてしまったこともある。少女があまりに甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるものだから、自分でも思いがけずのことだったが。


『なぁ、あんた……』

『はい?』

『なんでそこまで、してくれるんだ……?』


 たぶんロクに回ってもなかった頭で、藪から棒にそんなことを。


『なんでって……。まぁ、あれですよ。情けは人の為ならずって言うじゃないですか』


 すると聞き覚えのある諺(ことわざ)を持ち出しつつ、返されたのがその答え。


『たまに意味を間違えている人がいますが、違いますからね。私が言っているのはアレです。誰かにかけた情けは、巡り巡って自分に返ってくるという……』

『それはわかるけど……』

『よろしい。では続けますが――ここで私があなたを助ければ、あなたもいつか誰かを助ける日が来るでしょう? その人がまた別の誰かに手を差し伸べて。そうやって巡っていけば、いつかは私のところにも返ってくるかもしれません。つまりは、そういうことです』


 自分でも納得するように、少女はうんうんと頷く。『ちゃんと打算ありありですよ』とも付け加えられたが、それにしたってずいぶんと気の長い話だった。


『だからいまは何も気にせず、安心して休んでください。そして元気になったら、あなたもちゃんと誰かを助けるのですよ? 巡り巡っていつか、私のところまで返ってくるように』


 にっこり笑顔でそんなことを言われて。

 その場凌ぎで言っているようにはあまり思えなかったのだ。それでもまだ疑うのかよって、そんな自分に嫌気も差すけれど。


 だが、絶対に生きて帰れると安心しきるのも違うと思う。これまでの言動が本心でも、少女の事情や気が変わる可能性はある。たとえば、そう……自分は此処のことを知りすぎた。だからやっぱり無事に帰すわけにはいかない、魔獣のエサにすることにしたのだと。


 あり得ないと、誰に言い切れるだろう。


(もし、そうなったら……)


 自分はどうするだろう。

 でも、すぐに答えは出た。なにも問題はない。きっと自分は、それをちゃんと受け入れる。話が違うと取り乱したりすることもなく、ただ静かに聞き入れる。


 元はと言えば非はこちら側にあるし、助けると決めたのは彼女なのだから、やっぱり助けないことにする権利もまた当然、彼女にあるはずだ。紛れもなく、彼女ひとりだけのものだ。


 なんとも身勝手な話ではないか。

 助けてくれるうちは感謝するくせに、それが望めないとわかった途端に非難するなんて。仮にも命を救われた恩人にそんな不義理は働きたくないし、下された決定にこちらがどうこう申し立てていいことではない。心から、そう思えるから。


 その結末まで受け入れる覚悟があるなら、疑ってしまったことも帳消しにできる。それが筋を通すということだ。そう思ったら……。ちょっとだけこちらも気が変わった。適当にブラブラしたら帰ろうと思っていたけど。


「もう少しだけ、ここにいるか……」


 だってもしかしたら、これが地上に出る最後になるかもしれないから。いまのうちに風にあたって、見納めておくことにする。いざというとき、あと一度だけとか未練がましいことを言わないように。


 なにかと心残りがないようにも、今のうちからしておかないといけない。


 大丈夫、大丈夫。裏切られる準備はいつだってできている。このままいけば自分は助かるなんて、微塵も思ってやしない。


「思ってないさ……」


 そう言い聞かせるように、見上げた空にシンヤはポツリと呟いていた。

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