022.「ハーメルンの真相」
正直に心の内を明かすなら……。最初は少し、堪えた。
うそだ。今もかなり堪えている。めちゃくちゃ凹んでいる。自分はそれほどまでに、あの少女から信頼されていなかったのかと。
いや、思い返せば無理もないのだ。別に信頼を勝ち取れるようなイベントがこれといって何かあったわけでもない。
ただ気づけば、なんだかんだと一緒に過ごしていた時間が長くなって。いつの間にか軽口くらいなら交わせるようになり、シンヤもようやく起き上がれるようになったもので、できる範囲のことを手伝うくらいはしていた。
ここにいられるうちに、少しでも彼女に恩返しをさせてもらえたらと。そんな日々を重ねるなかで、たぶん何か勘違いしていたのだ。
友人とまで呼べるかはわからないけれど。それでももう、ただの加害者と被害者だけの関係ではないはずだと。勝手にそう思い込んで、そうであってくれたらいいなと心のどこかで願って。だからいま、こんなにもメンタルに来ている。
「半端じゃなく拒絶されたな……」
ズーンと落ち込んでいた。
我ながら情けないことだ。最初はあれだけ疑って、傷を浅くするためのクッションをいくつも用意したり、最悪の事態にも散々備えてきたはずなのに。
いざそうとなったら、全然ダメではないか。なんの役にも立ちやしない。
「肝心なときに開かないエアバッグ……」
くだらない例えが漏れるとともに、重たくため息が落ちた。
ちなみにいま、すぐ手の届くところで少女は眠っている。寝かせたのは普段、自分が使わせてもらっているベッドだ。やはり相当に無理をしていたのだろう。運ぶ途中でこうしてぐっすり眠ってくれたのは助かったにしろ。
本当に申し訳ない。触れられたくないくらい嫌われていて、まったく信用もされていなかった――そんな現実を突きつけられたばかりだというのに、そんな自分が使っていたベッドにこうして寝かせるしかなかったのだから。
ほかに使える場所があるのなら、すぐにでも移させてやりたいのだが。寝息は深い。この様子では当分目も覚まさないだろう。ここで寝てもらうしかない。
もはやどんな言葉をかけていいのかわからなかった。救いようがないのは、あそこまで拒まれるようになった理由にまるで心当たりがないことだ。
あるいはそんな決定打も特になくて、積もりに積もった結果なのかもしれない。いつまで甘えるつもりなのかと少女は苛立っていたが、シンヤはそのサインにこれぽっちも気づけなかった。あるいはそれを押し隠して、精一杯明るく振る舞ってくれていたのに――。
こともあろうに、自分はそれを勝手に距離が縮まっているものと勘違いして。胸の奥が、きゅっとすぼむ。
「ごめんな、ゴンさん……。本当に」
そう呟き、髪を梳こうと伸ばしかけた手を引っ込めた。
ともかく、少女が目を覚ましたらきちんと謝罪しようと思う。何を謝ればいいのすらちゃんと分かっていない辺りが最悪だけれど、とにかく少女は自分への意思表示をはっきりしてくれたのだ。
弱っているときに安心して身を預けられるような相手ではないし、なんなら触れられることさえできればご遠慮願いたい存在だということ。
何をどう詫びたところで、それがすべてだ。だからせめて自分にできることが済んだら、すぐにもここを立ち去ろうと決める。
目安としては、そう……。最低でも彼女が「出ていけ」と命じて、シンヤがそれに抗えなくなるまで。
どうかそこまでは、ここにいさせてほしい。自分にできることなんてたかが知れているけれど、手の届くことなら何でもするから。ひとつでも恩返しがしたいのだと、そうお願いさせてもらって……。
「そんなことされても、ありがた迷惑かな……」
いや、ただの迷惑かもしれない。
どう伝えるのがベストかと、思考を頭の中で絡ませていたときだ。少女がかすかに呻く。
「ゴンさん……?」
膝立ちになって確認するけれど、まだ眠ったままだ。ただ、どこか息が詰まっているようにも見えた。
もしかすると息苦しいのかもしれない。普段から着込む印象はあったが、今日も服装はきっちり整い、第一ボタンまでしっかりと留められているから。
少しでも楽になるだろうかと、それを外してやろうとする。だが、そこで手が止まったのは――。上下する胸元の膨らみが、やけに目についてしまったからだ。
妙な迷いが差し込む。考える。もし起きたとき、ボタンが外されていることに気づいたら……。彼女はどう思うだろうか。
イヤだろう。見ず知らずの相手ならばいざ知らず、嫌いな相手からそんなところをまさぐられたと知ったら。あらぬ誤解を受けて、本当に取り返しの付かない溝を生むかもしれない。
「取り返しがつかないも何も、すでに手遅れな気もするが……」
そういう問題ではないのだ。残された僅かな芽を自分で摘み取るようなことは、できれば避けたかった。でもだからといって。
「このままというわけにも……」
迷う。迷ったまま踏み切れず、もう少し手を付けやすいところから始めることに。
「先に、腕まくりから……」
少女の腕を取り、こちらもきっちり留められていた袖口のボタンを外す。風が通るよう、そのまま捲り上げようとして。
「……え?」
そこでまたしてもシンヤの手が止まった。
「これ、って……」
そうしてシンヤはある仮説を得ることになる。
どうして彼女がこの森にいたのか。なぜ森に留まり、数多の魔獣を従え、『魔獣使いハーメルン』という人々の脅威としてあり続けてきたのかを。
「――ぅ……?」
やがて少女が目を覚ましたとき、互いの配置は初日のそれとキレイに入れ替わっていた。ベッドにいるのは少女のほうで、少し離した椅子にシンヤが小膝を抱えるようにして座り込んでいる。
「……落ち、ついたか?」
なるべく驚かせないよう、できるだけ静かに声をかけた。するとこちらを捉えた少女の瞳が大きく、丸く見開かれる。まるで思いがけないものでも見るように、シンヤを映したまま目を見張って。
「何ともない……ですか?」
その唐突な安否確認から、シンヤはある確信に至る。ああ、やっぱりそうだったのかと。
でも、まだ表情には出さない。ほっと息をつきそうになるのを堪え、ひとまずはいつも通りに振る舞った。
「いや。何ともないかって、それを聞くのは俺じゃないか? 倒れたのはゴンさんの方なんだから」
「…………」
「俺はほら。この通り、何ともないよ」
「そう、ですか……」
少女はそっと視線を伏せる。
「良かった、です……」
安堵のにじむ声で、そう呟いて。だが、そのとき。
「あ……」
その表情にわずかな戸惑いが差したのは、視線の先にあった腕まくりされた袖口に気付いたからだろう。たぶん彼女が本当は誰からも見られたくなかったもの、それが露わになっていたからで。
「…………」
見られたか、なんて確認するまでもないから少女は何も言わずにいる。ただ黙ったまま、外されていたボタンを一つずつ留め直して、捲られた袖を元の位置まで戻して。そのあいだに、なんとかそれを取り繕うための言い訳を探しているのだ。
でも同時に思い出したはずだ。ただの冒険者ならばともかく、シンヤも一応はテイマーの端くれであることを。だったら下手な言い訳なんか通じない。
たぶんもう誤魔化しきれない。それを察して、でもどう切り出せばいいのかわからないから、押し黙るしかなくて。
「……ごめん」
その沈黙に耐えきれず、先に口を開いたのがシンヤだった。
「息が苦しそうだったから、少しでも楽になればと思って捲ったんだ。胸元も少し緩めた……」
「……いえ。ありがとうございます」
今となっては変な誤解も恐れてはいない。ようやく分かったからだ。本当は彼女が、何者だったのか。そう考えれば、すべて腑に落ちる。
互いに互いのことを何も明かしてはいけない。真っ先にそんな約束を取り付けさせた理由も。あんなにも必死にシンヤを遠ざけようとしていた訳も。
あの拒絶は決して、シンヤを突き放すためのものではなかった。むしろその逆だ。彼女は自分を……。
「ゴンさん、ひとつだけ聞かせてほしいんだ」
意を決し、やがてそうと切り出したのはシンヤだ。
そう、たしかに彼女は魔獣使いなのだろう。でもおそらくはもうひとつ、極めて稀な特異体質もあわせ持っている。その真偽を、いまここで確かめるために。
「……ゴンさんはひょっとして、『魔獣寄せ』なのか?」




