018.「またも同じ場所で」
できる限り、言葉を尽くして説明したつもりだ。
決して言い訳はしないとも決めていた。本音を言えば、全部あの男のせいなのだと吐き捨てたくなる気持ちも少なからずあったが――。
それは違うと抑える。だって少女からすれば、たぶんどちらも大差ないからだ。この森に踏み込み、彼女のテリトリーを荒らしてしまった時点でそう変わらない。
ここまで世話になっておいてそんな言い草ではあまりにも不義理だし、あんな男を信用してしまった自分の愚かさを棚上げするのも違うと思う。
だからその感情ごと飲み込み、ただあの日に起こった真相だけを並べた。そうして事の次第を話し終えたとき。
「そんな……。そんなの……」
口元を押さえるようにして、それが少女の第一声だった。
「ひど過ぎます、いくらなんでも……」
落胆するように続いたその言葉が、胸に鈍く刺さる。
けれど、尤もだとも思った。少なくとも、その言葉に打ちのめされる資格すら、自分にはない。
「……うん、わかってる」
短く返すと、場に沈黙が落ちる。
その空気に耐えきれず、やがてシンヤは立ち上がった。
「ちょ、ちょっと何してるんですか!? 動かないでください! そんな体でなにを――」
何をするか。そんなの決まっていた。
「俺、もう帰るよ……」
なにせもう自分のすべきことは済んだからだ。真相を話した以上、もうここにいる理由はない。 居ていい資格もない。
本当に少女の言う通りだと思う。いくらなんでも、酷過ぎるではないか。
十日も世話を焼かせて、すぐにまたそれ以上の怪我をして帰ってきて。そのうえ筋違いのことで謝罪までさせておいて、この裏切りなのだから。落胆されて当然だろう。むしろ足りないくらいだ。
だからもう、自分はここにいてはいけない。怪我をしているかどうかも関係ない。 引きずってでもせめて自分の足で、彼女の前から消えたくて。
いや――。違う、そうではない。
「もしゴンさんさえ良かったら、なんでもいい……。俺に命令してくれないか」
そのときシンヤが足を止めたのは、致命的な優先順位の誤りに気付いたからだ。
何を手前勝手に帰ろうとしているのか。自分がどうしたいかより、彼女がシンヤをどうしてやりたいかの方が圧倒的に大事なのに。せっかく術式だってあるのだ。
「これを使って、まずはゴンさんの気の済むようにしてもらって……。それでももし、まだ俺が生きてたら……満足に動けそうだったら、そのときはちゃんと自分の足で帰る。勝手に消えるから……」
だからそう、直談判をして。少女はしばらく何も言わなかった。
「もし、そのとき……俺が動けそうもなかったら、もうどっかその辺に捨ててくれていいから……」
無言のまますっと表情だけが冷めていく。やがてその視線は鋭く細まり、シンヤを射抜くように睨み据えていて。
「本当に構わないんですね……? 私のしたいようにして」
「あぁ、好きにしてくれていい……。魔獣のエサにされたって当然だと思ってる。本当だ」
「……あとで取り消しは聞きませんよ。私いま、それなりに怒ってますから。こんな感情になるのは久しぶりのことです」
「……はい、ごめんなさい。でも、ちゃんと本心です。二言はありません」
「そうですか……」
息が詰まりそうになるほど、その声や視線に込められた怒りは本物だった。本当にそれだけのことをしてしまった――それほど深く自分は彼女を傷つけてしまったのだと改めて、否応なしに痛感させられて。
そうして僅かな間を置いてから、少女は告げるのだ。
「では、判決を下します」
かくして言い渡された量刑は――。
とまぁ、ここで引っぱってもしょうがないのでさらっというのだが。
結局、彼女は自分をどうもしなかったのである。
「もう、さっきから何を言ってるんですか!?」
怒っているのは本当だった。いったん座らせられ、腰に手を当てたままグイと詰め寄られる。フンスともされたけれど。
それは純粋にシンヤ一人に向けられた感情ではない。まずもって。
「私が最初にひどいと言ったのは、あの男に対してです。そんなやり方で自分一人だけ助かるために仲間を囮にするだなんて……あり得ません! 本当に酷過ぎます!」
「……え?」
とのことで。これぽっちもシンヤに対するコメントではなかったのだと言う。拍子抜けしたまま、目をパチパチしていたが。
「でも……だって、さっき……」
そこでシンヤが思い返したのは、さっきの少女の剣幕だ。
『私いま、それなりに怒ってますから』
結構、怖い顔で睨み据えられたし、あれはどう考えても自分に向けてのものだったように思う。恐る恐るとその辺りもお伺いを立ててみたのだが。
「ええ、怒ってます! 怒ってますとも!」
ちょっとベクトルが違った。
「だってあなたがとんでもない勘違いをしてるんですもん! 最初は何を言っているのか全然わかりませんでしたよ! 話し終えたと思ったらあなたが急に暗い顔になって、いきなり立ち上がるからどうしたのかと思ったら、もう帰るとか気の済むようにしてくれとか、まったく訳のわからないことを言い出して! 途中でやっと意味がわかって腹が立ったんです!」
もう信じられないとも言いたげに、早口でまくしたてられる。かと思えば。
「挙句には魔獣のエサにしていいって……なんですか、それ!? いったいあなたの中で、私はどんな……。っ……!?」
そこで何やらハッとされた。
「まさか……。今まで本当のことを言えなかったのって、言えば私が怒って、魔獣のエサにされるとか思ってたから怖くて言えなかったとか……。そういう話じゃないですよね……?」
今度は逆に恐る恐ると確認されたが。思いっきり図星である。
「…………」
何も言えなかった。そう思っていた時期も確かにあったからだ。沈黙が流れる。
「そうなんですか?」
「……いえ」
「そうなんですね?」
「いや……」
「ウソを付いてないか命令して確かめることもできますが?」
「…………そうです。いや、そうでした」
白状するしかない。でもよく聞いてほしいのだ。ちゃんと言い直した。現在形ではなく、過去形だ。
「違うんだ、聞いてくれ! 確かにそう思ってた時期もあった、でもそれは最初の何日かだけで……」
慌てて釈明を入れる。
「でも思ってたんですよね!?」
「……たぶん人間不信に、なってたんだ。裏切られたばかりだったから、そういう心の準備っていうか……してて……」
尻すぼみに小さくもなってしまったが。
「それは……あなたを責めるわけにはいきませんね」
いったんはそれで矛を収めてくれたみたいだった。ともあれ、少しだけ安堵が灯る。酷過ぎるとさっきの言葉が、自分に向けられたものではなかったとわかって。でもだからと言って「良かった」とはならない。
少女はまだシンヤを引き留めようとしてくれている。でもやはり元はと言えば、シンヤがこの森に来たことが発端だ。それに前もって言われているではないか。もしまた同じことになっても、今度は助けないと。だから、その言葉には甘えられない。
「いいんだ……。最初に助けてもらっただけで、もう十分過ぎるくらい感謝してるよ。それにさっき、ゴンさんは俺にいっぱい謝ってくれてたけど……そもそも、これを付けて良いって言ったのも俺からだったろ」
いまさら責任転嫁するつもりもなかった。この術式は、お互いがちゃんとぜんぶ納得したうえで交わした契約だったはずだ。だったら少女が責任を感じるべきことなんて、ひとつもないだろう。あってはならない。
「ゴンさんはもう、ちゃんと自分の責任を果たしてる。後のことは、ただの俺の自業自得だよ……」
それがシンヤ側の結論だった。だからこれで話は終わりで、たとえ少女にシンヤを罰したい気持ちがなかったとしても、即刻立ち去らなければならなくて。
でも結局、彼女は道を譲ってはくれなかったのだ。
「もう、そんな理屈が通るわけないでしょう!?」
ぴしゃりと言いつけられてしまう。
「あなたは自分で来たって言いますけど……どうせそれもあなたの意志ではなかったんでしょう? おかしいと思ったんです、最初に森であなたを保護ときも。どうしてあなたみたいな人が、一人でこんな森の奥まで来れたんだろうって。装備は落としたとか言ってましたけど、体つきからしてあまりそういう風にも見えませんでしたし。それに思ったんです、術式の書き方を教えてくれてたとき……。もしかしてこの人は冒険者でも何でもなくて、実はただの調教師なんじゃないかって。違いますか?」
「…………」
「だとしたら、今の話でだいぶ辻褄が合う気がします。あなたはたぶん、無理やりここに連れて来られた。私の魔獣を取ってこいとか、そういう命令を受けたのではありませんか? あなたは立場上、逆らえなくて、言う通りにするしかなかった。いかがでしょうか? 言っておきますが、ウソを付いても無駄です。さっきも言った通り、私には確かめる術がありますからね。もし事実と異なる部分があるのなら、いまこの場で明確に否定してください」
「それは……」
「これは命令です」
否定、できなかった。
「やっぱり、そうだったんですね……」
確証を得るとともに、声を落として少女は続ける。
「本当に酷い話ですよ……。自分の意志じゃないのにこんなところまで連れてこさせられて、仲間からはひどい裏切りを受けて、挙句にはこんな大怪我まで……。それを自業自得だなんて切り捨てられるわけがないでしょう。少なくとも私の辞書にはそんな意味とは書いていません」
「…………」
「その言葉はもっと……もっとどうしようもない人が自らの行いをちゃんと戒めにして、反省するためのものです。あなたはただ……何も悪くないのに、踏んだり蹴ったりな目にあわされただけ。そして、そうなった要因のひとつに私も含まれてる。何も知らなかったとはいえ……私はあなたにこんなものまで強要して……」
「いや、だからそれは……」
「とにかく認めません。あなたがこんな目にあった責任は私にもあります。だいたい、そんな体でどこに行く気ですか。どこにも行けるわけないでしょう。だから、もうそこで休んでてください」
「でも……」
「でもじゃありません。それに、さっき自分でも言ってたはずですよね」
ぐい、と一歩踏み込まれる。
「私の好きなように命令していい、なんでも言うことを聞くって。なるほど、たいへん良い心掛けじゃないですか。だったらまたケガがちゃんと全部治るまで、ここで大人しくしててください」
「……え?」
「絶対安静、それが私からあなたに課す命令ということですよ。つまりは禁固刑ですね。しかも被告は一度注意を受けていたにも関わらず直ちに再犯に及んでいるわけですからその犯行態様は極めて悪質。当然、執行猶予なんて付きません。待ったなしの実刑判決です」
「いや。ちょっと待ってくれ、そんな……」
「それで、私の気が済んだらなんでしたっけ。あぁ自分の足で帰るとか言ってましたか。はい、では是非そうしてくださいね。――ということで以上をもって本件審理を終結し、閉廷とします。では改めて、今日からまたよろしくお願いしますね」
そんな無茶苦茶な理屈とともに、ペチと手を打って締めにかかる。にっこり笑顔でとっとと議論を片付けてしまって。シンヤとしては本当に申し訳が立たなくて、食い下がりたかったのだが。
「なんですかもう!? だから先に確認してあったはずですよね、取り消しは聞かないって! まだ我がままを言うなら、私にだって考えがありますよ!?」
「考え……?」
「公務執行妨害ということで実力行使に踏み切ります!」
立ち塞がられる。
「今のあなたくらいなら、私ひとりでも十分制圧できるんですから!」
とまぁ、およそそんな経緯だ。そんな経緯でいま、シンヤは少女のもとで服役中……もとい、またお世話になっている。たぶん全治にしてさらに1か月くらいかかりそうとのことだが。
『正直に答えてください。あなたには、今すぐここを出ていかなければならない用事はありますか? これは命令です。嘘は許しません』
『……とくにありません』
命令という形でそうと確認されてしまえば、誤魔化しようがない。これで心置きなくとほっこりされ、留置されてしまった。
ちなみに、またこの場所に来ているのは、相変わらず無警戒な少女に気を遣ってのことだ。自分でリクエストしておいて何だが、本当に何もないもので退屈とか時間を持て余している。
それにしても、まさかこんなことになるとは思わなかった。なんというか、本当にいろいろ現実味というものが湧かなくて。
「なんでこうなったかねぇ……」
人知れぬ森の奥、シンヤは一人同じ言葉を零すのだった。




