015.「同じ理由」
いったい何が起こったのか――。
その瞬間、シンヤにはまったく理解が及んでいなかった。
直前までただひたすらに覚悟を塗り固めていたのだ。これから自分は拷問のような仕打ちを受け、体のパーツをひとつずつ削り取られていくことになる。
きっとこの先に待っているのは、味わったこともないほどの苦痛と絶望だけだろう。身悶え、泣き喚きながら、惨めに死んでいく。
術式がある以上、解放されたくてもシンヤとしてはどうすることもできない。それこそ気が狂うか、コイツが飽きるまで嬲り、痛ぶられ続けて。
(でも……)
後悔だけはしない。してたまるかと強く自分に言い聞かせていた。
『ちゃんと気の済むようにやってくれ、そういう約束なんだから』
一丁前にそう啖呵を切り、大口を叩いたのは自分なのだから。口にした以上は、ちゃんと最後まで貫けと。
頼む、もうやめてくれ。どんなにみっともなく泣き叫ぶことになったとしても、こいつを満足させるようなことは――あの少女を裏切るような結末だけは、決してあってはならない。それが自分にできる最後の、せめてもの償いだから。
たとえライツが術式の存在に気付き、この手首ごと切り落としたとしても、その決意だけは決して揺るがしてはならない。そうと歯を食いしばって。
だが――。
「これはいったい、どういう状況ですか……!?」
「……っ!?」
気付けば、そこに彼女がいる。いつの間にか助けられ、大事に庇うように庇護されているではないか。まったくもって理解など追いつかないが。
少女からすれば、その理由は至ってシンプルかつ当然のことだった。
なにせ今、シンヤは少女にテイムされている身のうえだ。一部の行動を制限するためとはいえ、その手首に刻まれた術式によって魔獣たちとほぼ同種の契約が結ばれている。
そう、ほぼ同じものなのだ。だからこそわかる。
森でシンヤを保護したあの日、魔獣たちに起きた異変を察知した彼女がその窮地に駆けつけられたのと同じように。もし彼の身に何かあれば、たちどころにそれが飼い主である少女にも伝わるようになっていて。
だから慌てて引き返してきたのだ。シンヤと別れてからほどなく、彼がケガをしたことがわかったから。それもあと少しで命に関わるような大怪我を何回も。襲われているのだとすぐに理解して。
(どうして……!? あそこに魔獣なんているわけないのに……!?)
そうして駆けつけた先で、鉢合わせたのがこの場面だった。
血まみれのシンヤがゴーレムに羽交い絞めにされている。もう一人いる知らない男がそうさせている。その光景が目に飛び込んでくるが早いか、スライムのリップルに命じてシンヤの身柄を回収、確保していた。
本当に咄嗟のことだったから、状況なんてまったく推し量れたものではないが。
「ゴン……さ……?」
「……?」
「な……で……こに……?」
「喋らないでください。これは命令です」
なんでここにいるのか。おそらくはそう問いかけようとして、ゴフリと血を吐いたシンヤにすかさずとそう命じ、発言する自由ごと掠れた声を押し止めさせた。
「無闇に動くことも禁止です。絶対安静を最優先に、とにかく楽にして」
幸い、今すぐ命に関わるような致命傷まではまだ負っていないようだ。術式を通してそれを確認し、迷わず追加命令も出した。そのうえで、シンヤの身柄をリップルに託した。自分が抱えているより、今はこの子に守らせた方が安全だ。そう迷わず判断してから、少女は立ち上がる。
「少しここで待っていてください。彼とは私が話をします」
そのまま静かに進み出て。
「差し支えなければご説明いただきたいのですが。これはいったい、どういう状況ですか?」
やがて一定の間合いを保った位置で足を止め、もうひとりの当事者とも向き合った。
「……見ねぇ顔だな。アンタは?」
「私が誰かなんてどうだっていいでしょう。こちらの質問に答えてください。ここで彼に何をしていたのかと聞いています」
「差し支えなけりゃあじゃなかったのかよ。まどっちでもいいが、何してたっつわれてもなぁ。これからやろうとしてた寸前で掻っ攫われちまったから、何もできなかったってのが答えになるが」
「だったらなぜ彼はあんな大怪我をしているのです? その「これから」についても詳しく聞かせてくれますか」
「さぁな、その辺で転んだんじゃねぇか? でもって、俺はただの通りすがり。見ず知らずのそいつが道端で頭から血ぃ噴き出してぶっ倒れてたから親切に起き上がらせてやってた。こりゃあイチ大事だぜ~って応急手当てしてやろうとしてたところにアンタが現れて、いまナゾに詰められてる。そういうパターンだってあるかもだろ?」
「…………」
「おいおい、まさか疑ってるのか? 決めつけんのはよしてくれよ」
「だとしたら、その手にある工具はなんです?」
「あーっと、これか? これは……そうだなぁ。なんつーか……その、アレだ」
それまで少女は、あくまで中立の立場を崩さずに事情を聞いていた。双方からの事情を聞かなければ、この場で何があったのかなど判断できないからだ。どちらか一方に肩入れし、不公平とならないように私情を排し、冷静に見極めようとして――。
だが続くその男の一言が決定打となる。そもそも彼には、最初からシラを切り通す気もサラサラなかったのだろう。両手をヒラヒラと掲げ、おどけたように降参のポーズを取りながら、手にしたペンチをカチカチと。
「俺がこう見えて超がつくほどの潔癖症で、便利なお供のマジックハンド代わり、とかでどうだ?」
まるで叱られた子どもが開き直ったような態度で、そんなことを言い放ったのだから。どこまでも軽はずみに、悪びれる様子すら欠片もなく。
「そんな説明で筋が通るとでも……」
「通らねぇならそれなりに根拠とか証拠ってもんが欲しいとこだけどな」
ほぼ確信へと変わる。理由は定かでないにしろ、この男が一方的かつ故意に、悪意をもってシンヤを傷つけたのだと。そして何より、彼が自分のやったことに欠片の罪悪感も抱いてないことも、よくよく。
それを悟った瞬間、少女の瞳がすっと細められる。もとよりあった警戒が一段と濃くなり、もはや隠さぬ明確な敵意をその奥に宿して。
一方で――。
(いるんだよなぁ、こういうタイプ。放っときゃいいのに、人のやることなすことにいちいち口出して、正義感ぶるバカが。大抵クラスにひとりは付きもんだ……)
いきなり現れた乱入者に、ライツは内心で舌打ちしていた。口ぶりからしてシンヤの知り合いらしいが、まさかこんなタイミングで関係者が顔を出すとは思いもよらない。どうにも自分は肝心なところで詰めが甘いらしく、今回もそれが出たみたいでイヤになる。
(しかもそういうのに限って、ムダに自己評価も高ぇんだよなぁ……)
気だるくって、さっきからため息が止まらなかった。
「なんでかねぇ……」
最初は適当に誤魔化すつもりだったのだ。だが、どう取り繕ったところで言い逃れできる空気ではないし、だんだんそれすらどうでもよくなってきてしまう。
ふと思ったのだ。ここでさしてデキのよくない言い訳をひねる手間と、増えた死体をもうひとつ処理する手間。どちらが楽かと。考えるまでもない。
どうせやるなら、ひとつもふたつも一緒だ。魔獣に食わせれば、それだけ餌代も浮く。そう考えれば、悪くない。むしろ手間が省けて一石二鳥ではないか。
(おし、それでいくか)
方針が定まると、次に意識が向くのは相手の戦力だった。スライムを連れているあたり、こいつもテイマーの端くれではあるらしいが――。




