012.「再会とあの日」
シンヤが少女と別れてから程なく、その行手に姿を表したひとりの男がいる。
痩せ型で、刈り上げたような髪。動きやすさを優先した軽装に、頭にはバンダナを巻いて――。遠目にも判別できるその特徴から、相手が誰かシンヤにはひと目でわかった。
ライツ・ハッカー。あの日、シンヤとともにこの森へ踏み込んだ冒険者である。実に十日ぶりとなる再会だ。本来なら、こうして生きて再び会えたことに多少の感慨くらいあってもいいのかもしれないが。
「……ライツ」
その名を呼ぶシンヤの声は低く、どこまでも硬かった。そこに歓迎の色など微塵も含まれてはいなくて。
なにせ、あの日――。ライツは自分を裏切ったからだ。十日前の出来事が鮮明に蘇る。
「おっ、アイツなんかどうだ?」
「えっ?」
額の上に手でひさしを作り、彼が目をつけたのは遠方に見つけた大型魔獣だ。てっきりもっと手堅くいくと思っていたし。
『こう見えて俺は慎重なんだ』
森に入ってからというもの、ライツは何度もそう口にしていた。見かけや軽い口調に反して、用心深い男なのだとシンヤも思いかけていたからこそ、ここにきて大物狙いに切り替えたことを意外にも思う。
「大丈夫、なのか……?」
その真意を探るように視線を向けたのだが。
「大丈夫だって。なに今さらビビってんだよ」
そう答えるとともに、ライツはがしりとこちらの肩を組み寄せてくるのだ。
「俺たちなら何とかなるさ。だろ?」
「……でも」
「心配要らねぇよ。俺だって一応は魔獣使いだ。持ち駒はある。それに、いいものだってあるしな」
「いいもの?」
「あぁ、いざってときの隠し玉さ。つっても聞くのはナシだぜ? それじゃとっておきにならねぇからな」
いったい何のことを言っているのか、そのときはまだわからなかったが。
「だから、なっ。やろうぜ?」
まるで逃げ場を塞ぐような圧がそこにあって。
(最悪、自分にも……)
魔眼がある。そう思ってしまった。
「さっさと大物を仕留めて、こんな仕事終わらせちまおう」
「…………」
「早く帰りてぇだろ、お互い」
「あぁ。そう、だな」
そうして有無を言わさぬまま、半ば強引にシンヤを作戦へと引き込んだのだ。
彼を信じた。
信じてしまった。
そして思い知らされることになる。
彼の言葉や振る舞いは、最初からどれ一つとして信じるに値しなかったのだと。
いったい何を考えているのか。そんなやり方で上手くいくはずがない――そうとしか思えない杜撰なやり口で、作戦はあっけなく破綻した。
「おおっと、マジか。こいつは想像以上にヤバかったな」
森に怒りの咆哮が満ちる。それを合図とするように奥から魔獣たちが次々と溢れ出し、気づけば四方を取り囲まれて。
「マズったか?」
そんな状況にもかかわらず、ライツはあまりに平然としていた。まるで思い通りにいかなかったことで不貞腐れたみたいに面倒くさそうに立ち尽くすと、そのまま片膝を立てるように姿勢を落とし。
「かといってこれ以上、持ち駒も減らしたくねぇしなぁ。さて、どうしたもんか」
焦燥に駆られたシンヤの叫びも無視して、背負っていたバッグをガサゴソ。のんびりと漁り始めるではないか。
「ライツ、どうするつもりなんだ!?」
シンヤは気が気でなかった。いまのところはライツの従えるゴーレムや鳥獣がどうにか時間を稼いでくれている。でも長くはもたない。
振り下ろされた剛腕にゴーレムが叩き潰される。
上空から牽制していた鳥獣も、まるでハエでも払うように叩き落とされ、次々と地面へ墜ちていく。
(このままじゃ……!?)
打つ手がないなら、二人乗りできる個体を緊急テイムし、すぐに離脱しなければならない。だというのにライツは相変わらず、緩慢な所作でバックを漁っていた。
「だから慌てんなって。言ったろ、いいモンがあるって」
「だから、それが何かって……!?」
「おっ、あった。コイツさ」
びしゃり。
次の瞬間、シンヤはなにが起きたのかわからない。
とっさに反応できない。
ライツが片手間に取り出した小瓶。それをカポリと開封したかと思えば、その中身をシンヤに向かって頭からぶちまけたからだ。
「……えっ?」
ボタボタと髪から滴り落ちる、正体のわからないピンク色の液体。妙にべた付いていて、やけに甘ったるい匂いが鼻を刺したかと思えば、くらつく。
「ライ、ツ……?」
「うるせぇんだよ、おまえ。さっきから。大丈夫だつってんのに、ちょっと何かあったくらいで隣からビィビィ騒ぎやがって。なにもできねぇくせに横からの口出しだけはいっちょ前だ。そういうのが一番ムカつくってわかんねぇかな……。ま、いいけどよ。どの道、これでおさらばだからな」
「ちょっと待て、おまえ何を……!?」
「このクソみたいな仕事とも、おまえとも」
そのままドンと肩を押され、突き倒される。無様に尻餅を尽かされ、へつら笑いを浮かべているライツを見上げてなお、シンヤは理解が追いつかない。いや、理解したくない。
「あばよ、親友。あんま使えなかったけど、楽しかったぜ。ありがとな」
短く吐き捨てるようなセリフだけを残して、ライツはひとり魔獣に飛び乗り、逃走する。シンヤをひとり、置き去ってしまう。
「達者でなー」
そしてそんな彼には目もくれず、魔獣たちの注意はシンヤただひとりへと向けられ――。




