010.「調教します」
でも種を明かせば、つまりはこういうことらしい。
少女がシンヤに求めたのは秘密を守らせるための契約、その手段としての調教だった。
「あなたは私にとってあまり知られたくないことをいくつも知ってしまいました。素性はもちろん、住んでいる場所や魔獣たちのことも。もとはと言えばこうなった原因は私なので、あまり強くは言えませんし、あなたを責めることもできませんが……。とはいえ帰ってからあれこれ武勇伝のように語られてしまうと、それはそれで今度は私がとても困ってしまうんですよね」
シンヤ自身も同じ懸念を抱いていた。素性だけでなく、住処も、従えている魔獣のことも知ってしまったのだ。すると少女は、ぴんと立てた人差し指をこちらへ突き出すようにして、言葉を継ぐ。
「そこで、です」
ここへ来る冒険者の命を奪ってはいけない。
そう少女が魔獣へ課しているのと同じように、シンヤにも「秘密を話してはならない」という命令を課す。それが、彼女の言う調教だった。
「同じように俺をテイムして、此処でのことを話せないように行動を縛る……ってことか?」
「そういうことです」
解を得たシンヤに頷いてから、少女は続けた。
「さすがに今日までのことをすべて忘れるように命じるのは無理がありますが。一切の口外を禁じる程度なら、問題なくできると思いますから」
「でもそれだと、書いて伝えることはできるんじゃないか?」
「はい、なのでそこは工夫が必要ですね。でもまあ――『私に関わる情報を第三者と共有する行為の一切を禁ずる』とでもしておけば十分対応できるでしょう」
「……たしかにそれなら大丈夫か」
「というわけで、今日から退院の日まであなたを調教させていただきます。申し訳ありませんが武勇伝のお披露目はナシの方向となりますので、悪しからずご了承くださいね。あなたはたくさんの魔獣に襲われかかったところを通りすがりの親切な旅人さんとかに救われたのです」
「なるほど……?」
「十日も帰らなかった理由は、自分で適当に考えておいてください。助けてもらった恩返しに、その旅人さんの仕事を手伝っていたとか。そのあたりが無難でしょうか」
「それは構わないんだが。ところで痛かったりするのか? ゴンさんの言う、その調教って」
「うーん、そうですね。ご希望とあらば痛くもできますが」
「そんな希望あるわけないだろ。俺を何だと思ってるんだ……」
げんなりするシンヤに少女はくすりと笑い、楽しげに目を細めて言ったのだ。
「ちょっとくすぐったいくらいはあるかもですが、痛みとかは基本ないはずなのでご安心を」
◆
そんなわけで、今シンヤが見下ろしている自身の手首――そこに刻まれているギザギザした紋様こそが、その痕跡なのである。少女とのあいだに結ばれた主従の楔。
何があろうとも決して逆らえず、裏切れないよう縛る契約の印。あるいは隷属紋と言っても差し支えないが。ともかくこれがある限り、シンヤは今日までのことを一切他言できないと、そういう仕組みになっていた。
ちなみに――。
「あぁ、構わない。気の済むようにやってくれ」
そう言ってシンヤが頷いたとき、少女もまた面食らった様子でいたものだ。キョトンとして、まるで不意を突かれたかのように目を瞬かせる。そのままじっと動かず、固まって。
「どうしたんだ?」
「どうしたんだって……。だって、そんなあっさり頷くから……ちゃんと意味はわかってます?」
「俺をテイムするんだろ? ちゃんとわかってるよ」
無理もない。人間をテイムするとは、相手の行動だけでなく、権利や尊厳、場合によっては命まで握る行為だからだ。
呼吸を止めろと命じられれば、止めるしかない。眠るなと命じられれば、許されるまで眠れない。だから人が人を従属させることは禁忌とされ、過去に一線を越えた魔獣使いは例外なく資格を剥奪されてきた。
少女も当然、その重さを知っている。シンヤが反発すると思っていたからこそ、あっさり受け入れられたことに戸惑っているのだろう。
「なにをそんなに驚いてるんだ?」
でもシンヤからすればそんな感じだった。その辺りのことを噛み砕いて説明し、よくよく理解していることを示してなお。
「……本当に、いいんですか?」
少女はまだ確かめてきたが。
シンヤの答えは変わらない。
いや、変える必要がない。
「まあ正直にいえば、別にそんなことしなくていいくらいは言いたいよ。こんだけ世話になっておきながら、その恩を仇で返すようなことはしないさ。此処のことも、ゴンさんのことも絶対に誰にも言わない。約束するし、ちゃんと誓えるよ」
「…………」
「でも結局、そんなのはただの口約束で空手形だ。俺の気持ちとか都合に過ぎなくて、ゴンさんからすれば不安要素でしかない。何の保証にもならないだろ。だから受け入れるって言ってる。ゴンさんの言い分は理解できるし、必要な備えだ。何もおかしなことは言ってないからな」
「…………」
「だいたい、今さらそんなことされたって俺になんのデメリットもないんだよ。生殺与奪の権なんて、この一週間ずっと握られてるようなものだったし、本当に最初から誰に言うつもりもなかったんだからな」
呆気に取られたようにやっぱり少女が固まっているので、「何だよ」と聞き返す。
「この一週間で一番よく喋りましたね」
「ほっとけって」
余計な指摘だったが、今の言葉はすべて本心だ。裏切るつもりがない以上、渋る理由もない。少女の不安を口約束で済ませるくらいなら、契約を受け入れた方がよほど話が早かった。
「有っても無くても一緒なら、こういうのは有るに越したことはない。だから、どうぞご勝手にだ」
たったそれだけのこと。
「そうは言っても、もうちょっとよく考えて欲しかったのですが……」
「もう十分すぎるくらい考えたよ」
「そうじゃなくて、もっと真面目に……!」
「考えたって」
誇張抜きにかれこれ一週間くらいそうしてきたもので、辟易したように受け応える。ついでに、さっきの今でもう忘れているみたいなので、思い出させた。
「それにさっきゴンさんも言ってたことじゃないか」
「え、私がですか……?」
「自分の気の済むように対応する。そういう約束だったはずだろ?」
故にシンヤは「ほら」と先を促し、体を開け渡すように両手を広げるのだった。自分から言い出したくせに、だいぶ申し訳なさそうにしている少女に向けて。たぶん良心の呵責みたいなものが邪魔しているみたいなので、それが少しでも軽くなるように。
「ちゃんと気の済むようにやってくれ、そういう約束なんだから。さぁ、どうすればいいんだ?」
「……ごめんなさい」
「なんで謝るんだよ」
「だって……いえ……」
「……?」
「……ありがとうございます」
(……べつに礼を言うところでもないんだけどな)
そんなことを思いつつ、少女はシンヤの手をそっと取る。かくして二人のあいだに主従関係は結ばれたのだ。




