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side★Masayuki
壁に飲み込まれていくマリノを、真幸は呆然と見つめた。
「一体なんだって言うんだよ……」
混乱する。
何がなんだかわけがわからねぇよ。
ガーティのこともショックだった。
おまけに、なぜか美来は上総を兄と呼ぶ。
だが、それより何より、マリノが知らない人のようだった。
ぶつけた肩のせいか、気を抜くと意識が遠のきかける。
「ちくしょう……」
俺じゃダメなのか?
大体リオンてなんなんだよ。ポチって呼んでた時と態度が全然違うじゃないか。
リオンてポチだろう? 別人てことはないよな? それとも俺の頭がおかしくなったのか?
ポチを見て、情けないような悔しいような気持ちでいっぱいになる。
ポチなのに、リオンと呼ばれた彼は別人のようだった。マリノとリオンの間には、入り込む隙のない何かが確かにあった。
俺にはない何かが……。
気がつくと美来が肩と足の手当てをしている。一瞬気を失っていたのか……。
「美来?」
「ん?」
「兄さんてどうゆうことだよ」
俺と美来はいとこ同士で、幼馴染でもある。
美来に兄弟がいないことは最初から知ってるんだ。
大体、ここは二百年も前の世界なんだぞ。
美来は黙って手当てを続ける。
どう話し始めようか考えてるふうだった。
「上総は戦災孤児だと聞いてたよ」
リックが口を開いた。
再会できてよかったな、と。
まさか。本当にそんなことはないだろう。
促すように美来を見ると、美来は一瞬ポチを見る。そして軽く頷くと口を開いた。
「上総は、本当に私の兄なの」
そんなわけないだろ。
心の声が聞こえたように美来は頷いた。
「上総って、私のパパとそっくりでしょ?」
誰かに似てるとは思ってたけど、そうか、おじさんに似てたのか。でもだからって。
「私が生まれる前、上総……ううん、兄さんは“神隠し”にあったの。あの地下で」
真幸ははっとする。
聞いたことがあるような気はする。
絶対に近づいてはいけない地下室。
“神隠し”。
でもそんなことはすっかり忘れていた。大人の脅しだと思っていたし、大体消えた美来の兄弟の話なんて
「うん、誰も話さなかったよね。でも私、知ってた。知ってたの」
誰もふれようとしない話題があった。
小さな男の子用のおもちゃ、かくされた写真……。
ある日入ってみた地下室。そこに自分より年上の男の子がいた。
直感だった。
あれは写真のコ。なんだか知らないところにいる……。
内緒で地下室に通った日々。
地下室から見える違う世界。触れることも、声をかけることもできない、テレビのような映像を美来は夢中でみた。
ある日、男の子が血まみれで倒れている。
助けなきゃ!
だが、その日を境に男の子は見えなくなった。
そしてまもなく地下室は入れないようにされてしまう。
まだ小学生にもなってないころだった。
だがその時の映像は頭に焼きついてはなれない。
助けなきゃ。
その思いだけが強くなっていく。
きっと聞いてはいけないことだと感じていた美来は、誰にもその事を話すことなく、ある程度の年齢になってからはありとあらゆる情報を必死で調べ始めた。
記憶は日々薄れていく。
だが、その必死につなぎとめた記憶を頼りに、彼がいたのはアマカーテアと関係のある時代だとわかった。
過去の記憶から、予想通り自分の親から兄の捜索願が出ていることも知った。
そしておばの千尋が同じように消え、戻ってきたことも。
助けに行かなきゃ。でもどうやって……?
あの地下に行かなきゃ何も始まらない。でも入れない。
そんなある日、偶然パスワードを手に入れた。
いざとなったら恐くなって、探検と称してマリノたちを誘った。
でも、そのまま本当にこの時代にこれるとは、正直思ってなかった。最初はなにかヒントがつかめたらいいって思ってたから。
「巻き込んじゃって、ごめんね」
自分の浅はかさに気が狂いそうになった。
そんな時ポチが救ってくれたのだ……。
「ポチは気付いてたの。上総のこと、あの地下のこと……」
「どうして」
「……それには、長い長い話が必要ですよ」
優しい笑顔でポチは言った。
「まずはポットで移動することが先です。マリ……お嬢さんのためにも」
聞きたいことが多すぎる。
だがまずは傷つき倒れるガーティ、上総、シンザキを安全な場所に運ぶのが先決だった。
真幸は迷子になったような気持ちでポチと美来を見つめた。
同じように混乱の色を瞳に映したリックを見て、少し安心する。
「じゃあ、みんなで移動しよう」
side★Marino
思ったよりも抵抗のある壁を押し進んでく。
まさか壁を通り抜ける日が来るなんて夢にも思わなかったわよ!
ボンと壁を抜けきって「彼女」たちの前に飛び出すと、アランさんが大きく眼を見開いた。
「マリノ?!」
あたしは大きく息をつく。つかれた。
『来たの?』
「彼女」がきょとんとして言った。
「来たよ。アランさんを迎えにね」
途端に「彼女」がむっとする。
『ダメ!』
ダメって……。
思わずまじまじと「彼女」を見る。なんだか急に幼くなったような気がする。
『ダメ。一緒にいるんだから』
そう言って「彼女」はアランさんの腕に抱きついて………えっ?
もう一度「彼女」をよく見る。
「彼女」はいつのまにかふわふわした感じが消え、足がちゃんと地に付いてて……。
「えーーーっ??」
思わず叫んだあたしの声に彼女がビクッとする。
やだやだやだ。なんでどうして、どこがどうなってそうなるのー?
『何よ、いきなり大きな声を出して。そんな声だしたって返さないんだからね』
子供のようにぷうっと頬を膨らます「彼女」をあたしは呆然と見た。
やだぁ、「彼女」、実体化してるじゃない?
ぎゅってアランさんに抱きついて。えーん、見間違いじゃなさそう。
そうして? 3Dだったでしょう???
意志を持ってるのはあくまでメイン・コンピュータで、「彼女」はコンピュータが映した立体映像だったんじゃ……。
ごくっと生唾のみこんで
「あの、少々お聞きしますが……」
思わず腰が低くなってしまう。
『何よ』
「あなた、実体化……してません?」
何言ってるの? とばかりに、「彼女」は馬鹿にしたようにあたしを見る。
えーん、美人にそうゆう目で見られると落ち込むのよぉ。
もしかして、あたし、思いっきり勘違いしてたとか?
『私は元々人間よ? 実体なのは当たり前でしょう?』
へ?
もしかしてメイン・コンピュータのほうじゃなくて、本物のアンナさん……のわけないよね……。
アンナさんは二十歳で亡くなってるし、生きてたら、とんでもなくご長寿よ?
記憶の中のアンナさんを捜す。
うん、目の前にいる「彼女」は、記憶の中で見たアンナさんより年下って感じだし、雰囲気もちょっと違う……。
「あなたの、名前は?」
『自分から名乗るのが礼儀じゃない?』
「ごめんなさい。マリノ。マリノ・ハヤセです。……十六歳」
ふーんと彼女はあたしを見る。
『私はアンナ・ヒサニシ。年はわからない』
その答えにあたしはくるっと回れ右をして頭を抱えて座り込む。
なんか混乱してきたぞ。
『変な人ね、マモル』
ん?
何かがわかったような気がして、顔だけ振り返る。
アランさんはマモルと呼ばれても気にならないのか、擦り寄る「彼女」を優しくかまう。
う、うーん。アランさん、シンザキさんの記憶を自分の記憶だと思っちゃってるの?
アランさんが彼女のところにいったのは、実は本心だったとか??
うめいた瞬間、かすかに地響き。
爆発が始まる。こんなことしてる場合じゃないんだ。
「アランさん、行こう!」
彼女が怒ったような、それでいて不安そうな顔をする。
『マモル?』
きゅっと腕に力をこめてアランさんを見上げる顔は頼りなげで可愛くて、思わず守ってあげたくなってしまう。
アランさんはそんな彼女を見て首を振った。
「ここに残る」
と。
冷たい表情を作ろうとしてる。拒絶のための演技。
やっぱりアランさんはアランさんだ……。
あたしはため息をついて両手を腰に当てる。
「そんな顔してもダメだよ」
アランさんがどんなに演技したって、すぐわかっちゃうんだから。
「ホントに不器用なんだから」
そして、繊細。
彼の瞳が一瞬変化しかけるけど、それを瞬時に押さえ込んでるのがわかる。
押さえることができるなら、一緒になることってできないのかな? もう一人の彼のふてぶてしさも必要な気がするわ。
「ほら、いっしょに行こう」
「――行けない」
結構強情だなぁ。
「帰るところがないとか思ってる?」
「別に……」
あ、また地響き。まずいぞ。
眉をしかめたら、彼女が舌を出してきた。
あっかんべー??
『マモルはあたしと一緒にいるのよ。あんたとなんか行かないんだから!』
勝利宣言? なにその勝ち誇った顔。
「アランさんはマモルさんじゃないよ」
『嘘よ!』
「うそじゃないよ、恋人を見分けることもできないわけ?」
意地悪く言うと、「彼女」はアランさんの胸に手を当てた。
その奥を探ろうとでもするかのように。
『マモルじゃないの……?』
不安そうな口調。
途端に後悔してしまう。
いじめに来たわけじゃないんだから!
彼女の後ろにあるメイン・コンピュータが小さな火花を出す。
結論、ぐずぐずしてる暇はない!
「早く行こう!」
『ダメ、マモルは』
言いかける「彼女」を制す。
「アランさんが動かないとあたしも動けないんだよ。で、あたしはここでみんなで心中する気なんてさらさらないんだ。守られて何度も拾った命ですから簡単に落とす気はないし、絶対将来はにっこり笑って老衰死する予定になってるんだからね!」
二人がぽかんとする。
『よ、予定って、あなた』
ふふんと鼻先で笑ってやる。
「言ったでしょう? 何度も命を拾ったの。ここまできたんだから、この先百年だって同じよ」
『でも……』
「でもじゃない。第一待ってる人がいる場合、こっちには帰る義務ってもんがあるのよ!」
『ダメ、一人にしないで!』
「しないよ」
『え?』
するわけないでしょ、できないもん。
「ねえ、アンナさん。あなたメイン・コンピュータ?」
確認のため聞いてみる。
さっきの「彼女」と今の「彼女」はイコールであって、でも離れたものだと思った。
『私は独立したわよ?』
それがどうゆう意味か今一わからなかったけど、それでもあたしは頷いた。
「OK。ということはここから離れてもいいんだよね? なら一緒に行こう!」
『でも……』
だぁぁ、でもの多い人!
なに? やっぱりここから離れちゃうとだめなわけ?
『待ってる人なんて……』
あ、そこか。
「本物のマモルさんにあわせてあげる」
本物のアンナさんなら。
何がどうなってるかわからないけど、本人がメイン・コンピュータの映像じゃない、本当のアンナさんだっていうのなら、二人とも一旦死んで甦っちゃったカップルなんて、宇宙最強じゃない?
恋人が小犬じゃびっくりするかもだけど、外見関係なさそうだし。
『本……当?』
「ホント、ホント。ほらアランさんも」
「……」
黙りこむ彼を「彼女」が気遣わしげに見上げる。
「アランさんにも待ってる人、いるでしょう? 首ふらないの! ガーティは待ってるよ、絶対に。傷つけたと思ってるなら癒してあげて。やり直せるよ。だって、生きてるんだから」




