69
ううん、生きてる。
だって、こんなにはっきりと心臓の音が聞こえる。
ああ、あたしもリオンも生きてるんだ……。
顔をあげて彼を見る。
途端におそわれる違和感。
リオン……だよね。……でも。
ゆっくりゆっくり考えて、あたしは十一歳の女の子から十六歳に戻った。
「ポチ……」
声を出さず唇だけ動かす。
「もう大丈夫だ」
彼はリオンに戻ってあたしの髪をなでた。
深い深い安らぎ。
胸がいっぱいで、新しい涙がまたあふれてくる。
――無事だったんだね。あたし達あそこから生きて帰れたんだ。そしてあなたはポチとして、記憶をなくしたあたしのそばにずっといてくれたんだね。ずっと……。
そこでハッとする。
みんなは?!
あわててコンピュータに向かっててもとのボタンを押したけど何も反応してくれない。
不安と焦りでバンとたたくと、ピッと音がして、三つの画面のうちシンザキさんが映し出される。
「シンザキさん!」
悲鳴まじりで叫ぶ。
「シンザキさん、しっかりして!」
スクリーンの中で、彼が力なげだけど、たしかにパタッと尻尾をふった。そしてのろのろと顔を上げ、大丈夫だと告げてきた。
ホッとしつつ、上総とアランさんはと気がせいる。
「マリノ」
めちゃくちゃにキーをたたくあたしを見て、ポチ……リオンが交代した。
あの二人が、今もまだあんな思いをしてるのかと思うと胸が苦しい。クロスオーバーしてしまった記憶。哀しい哀しい想い……。
スクリーン内部のマップが出て、美来とリックを見つけた。
あそこは上総のすぐ近くだ!
「声をあそこに送れない?」
「やってみる」
リオンがキーをたたくと美来たちのいる地点にランプがつき、あたしは見つけたマイクのスイッチを入れた。
「美来、リック、聞こえる?」
ギョッとしたように二人が止まって、キョロキョロとあたりを見回した。
「マリノなの?」
「うん、そう」
「一体どこにいるんだ?」
「詳しいことは後で。その近くに上総がいるの。お願い、上総を助けて。早くしないと記憶に飲まれちゃう!」
どうゆうことだかわかってないだろうに、美来たちはポチのナビに従って走り出す。
画面下方をみると北くんがいた。そして―― ガーティ、何故ここに?!
ガーティは苦しそうにみぞおちを押さえながら、北くんに支えられるように走ってる。
こんな時だというのに、二人がすごくきれいに見えて、同時にむっとするような、哀しくなるような、変な気分に襲われてしまった。
その時、シンザキさんから集合するよう言われ、そのまま他のメカも何の反応もみせなくなってしまう。
あたしはリオンと一緒にさっきの部屋に戻った。
ついたのはあたし達が一番先で、次にシンザキさんが入って来た。
「シンザキさん、他の人は?」
「大丈夫。もうすぐここにくるはずだ」
その言葉どおり、美来、リック、上総、北くん、ガーティ、そしてアランさんが入ってくる。
でも上総とアランさんは今一意識がはっきりしてないみたいだ。大丈夫かな……。
気になるものの、まずはシンザキさんの話を聞くことにした。
「ことは成功した」
少しほっとする。
「だが、あやつが完全に停止することによって起こる、ここの爆発をとめることはできない」
一気に叩き落される。
いいかげんにしてよねぇ!
「ここから脱出するんだ」
そう言ってシンザキさんはスイッチを押す。すると壁の一部が開いた。
「移動用のポットだが、爆発の範囲外には出られるはずだ。さぁ早く」
「はい」
「きゃーっ!」
えっ?
「アラン、アラン!」
ガーティが叫びながらアランさんにしがみついている。
えっ、何? どうしたっていうの?
小さな悲鳴が聞こえ振り向くと、いつのまにか目の前の壁が消え、メイン・コンピュータが見える。そして、そこにはふわっと浮かんだ「彼女」がいた。
切ないほど哀しい顔をして、そっと「彼女」は手を差し伸べる。
アンナ……。
声にならない声がつぶやく。
シンザキさんの記憶を思い出す。
やめて、そんな顔をしないで。
記憶を共有してしまったために、同じように痛む胸。
「アンナではない」
苦しいシンザキさんのつぶやき。
「さあ、早くポットへ」
でも足が動かない。
他人の記憶なのに……。ううん、もしかしたら、だからこそ、胸が痛むなんてものではなくて……。
「か、体が勝手に……」
北くんたちが「彼女」から離れるようにポットのほうへ押し出されていく。
まるで邪魔をするなとでもいうように。
「彼女」は多分判断できないでいる気がした。
同じ記憶を共有してしまったあたし達の、一体誰が本当に求めるものなのか、それがわからないでいるのを感じる……。
『一人にしないで』
心に響く「彼女」の言葉に胸がずきんとする。
取り残された女の子。
気持ちが重なってしまう……。
あたしの横をシンザキさんが二歩三歩と「彼女」のほうへ進み、懸命に足を踏ん張って頭を振る。
「違う、お前は違う!」
神聖なものを汚された悲しみ。
後ろで何かをたたく音がする。
「早く脱出しろ!」
シンザキさんが「彼女」をにらみつける。
「お前はアンナじゃない」
瞬間、彼はすごい勢いではじかれ、ぐしゃっといやな音がした。
『来て』
差し伸べる手に、アランさんと上総が「彼女」に近づいていく。
あたしも二人に続こうとして誰かに押さえられた。
「や…はなして!」
一人になんてしない。あんな思いはさせない。
「マリノ!」
「彼女」のそばに行かなくちゃ。
「もう二度と約束を破らないから」
体がびくんと震える。
「頼むから行くな」
何度も瞬きをする。
あたし、また「彼女」に飲み込まれかけた……。
あたしを抱きしめるリオンの腕をぎゅっと握ってしっかりと立つ。
あたしは行かない。
『そう……』
「彼女」がつぶやくのとガーティが叫んだのは同時だった。
「アラン、帰って来て!」
そして美来が走り出し、「彼女」とここを阻む見えない壁をたたく。
「上総!」
「彼女」はふんわりと微笑む。
『ダメよ。わたくしのそばにいるの』
幸せそうな顔。
「冗談言わないで。アラン、アラン!」
ガーティが恐いぐらいの勢いで叫ぶ。
「上総を連れて行かないで!」
会って一日しかたってない上総を、美来は必死に呼んだ。
「上総!」
でもアランさんたちはもう少しで「彼女」の手を取り……
「だめぇ」
「上総。いや、だめ! 兄さん!!」
ピクン……とアランさんがその動きを一瞬止める。。
あたしは呆然としていた。
兄さんて……美来?
アランさんは「彼女」に何か囁く。
何を言ったのかはわからないけど、「彼女」は上総の手をとらず、アランさんが上総をそっとこちらへ押し出した。
リックと美来がそれを抱きとめる。
「兄さん……」
美来がほっと崩れ落ちた。
「アランさんも」
あたしが言うと彼は笑って首を振った。
「女神様のお相手は俺一人で十分さ」
おどけていうと、彼は彼女のほうへ行こうとする。
「アラン!」
ガーティが見えない壁に体を押し付ける。
「あたし、どこまでもいっしょについて行くって言いました」
ゆっくりと振り返ったアランさんは、残酷なほど冷たい表情をしていた。
「頼んだ覚えはないぜ?」
ガーティはビクッと肩を揺らした。
「アラン……愛してるの……」
「そんなこと、俺には関係ない」
この……と走りかける北くんをあたしは止めた。
「マリノ?!」
あたしは下を向いて頭を振った。
ガーティの涙声がする……。
「あなたのために、あたしはたくさんの事をしたじゃない。アルテミスの爆破もデータの入手も、セーラのことを申告したのも!」
「ガーティ……」
リックの驚いたような声が聞こえた。
「みんな、あなたのために」
他の人を裏切ったの……。
声にならない声。
北くんから力が抜ける。
あたしは驚かなかった。
だって、一部とはいえ記憶を共有してしまったから。
一緒に行くと真摯に伝えてきた少女がガーティだったことを知ってる。そのために何をしたのかも、あたしはもう知っていた。そして……。
アランさんの冷笑が響く。
すがるようにガーティは「愛してる」と繰り返した。
「俺はお前のことなんてなんとも思ってないよ。好きとも嫌いともね。なんとも思ってないんだ。第一、みんなお前が勝手にしたことだろう? 俺には関係ない。大体、こんなところにまでついて来やがって。迷惑だって意思表示はしたはずだぜ?」
ビクッとガーティはみぞおちを押さえた。
「まったく。たまには余興とガキに手ぇ出したのが悪かったんだな。俺は天使より女神のほうが好みなんだよ。じゃあな」
軽く手を振って、彼はガーティに背を向けた。
「アラン!」
なおも叫ぶガーティに「彼女」は眉をひそめた。
『うるさいコ…』
はっとして、慌ててガーティの後ろに回る。
案の定ガーティは見えない力に飛ばされそうになるのを受け止め、さらに北くんにとめてもらい、なんとか衝突をまぬかれたんだけど……。
「北くん、足!」
怪我してるのに!!
「大丈夫だよ」
そう言って笑うけど、無理してた足はすごく腫れて熱もってるし、今も肩をぶつけたらしく、顔色も悪い。
「全然大丈夫じゃないじゃない」
下唇をかんで決意する。
「美来、北くんの手当をお願い。リオン、ガーティとシンザキさんを頼みます」
意識を手放し、ぐったりしたガーティをリオンにゆだねる。
「マリノ、何をする気だ」
北くんがあたしの肩をつかんでいった。
「みんな、ポットで移動してて。場所はシップの置いてあるところね」
あたしは立ち上がって振り返る。
見えない壁は、普通の壁と化したかに見え、もう向こう側が見えない。
でもまだ引き寄せる力を強く感じる。
「あたし、アランさんを連れ戻すから」
とても放ってはおけない。
「無茶言うなよ。一人でどうする気だ。あいつは自分の意志で行ったんだぞ」
「そうよ。死ぬ気だわ。あたし達を助けるためにね!」
「まさか。あの男が? ガーティをこんなに傷つけるような野郎が」
「傷つけてまで守ろうとしたのよ!」
不器用な人だ。
冷たい瞳の彼を演じてた。でも、そうじゃなかったって知ってる。
ガーティの愛がどれだけ彼の心に光を与えてたのかも……。
「北くん、わかってとは言わない。でも、今はあたしの言うことを聞いてください」
彼はあたしでもあるの。
「――じゃあ俺も行く」
あたしは首を振る。
「今「彼女」に近づけるのはあたしだけだもの」
ごめんね。
心の中で謝って、一生懸命笑顔を作る。
「大丈夫だよ、ちゃんと帰ってくるから」
「当たり前だ」
吐き出すように北くんは言って、そっぽを向く。
あたしは一旦かがんでガーティの髪をなでた。
「ガーティの髪の色、アランさんのママにそっくりだよ……」
顔を上げてリオンを見ると、彼は左のピアスをはずしてあたしの手に握らせた。それは安全と運を呼ぶといわれてるターコイズ。
「ありがとう」
彼はただ笑った。
それだけで力が湧いてくるよ。不安が嘘のように消えていく。
美来達をもう一度見て、左手を壁に当てる。
「いってきます!」
あたしは一気に壁に飛び込んだ。




