66
アランさんは驚くほど正確にそれらを操っていった。
上総は―――怒ってるみたい。
別に上総を裏切ってるわけではないんだけど、上総にはあたしの行動が理解できないんだろうな。
ただ、シンザキさんの手で混乱停止の働きかけがこっそり終わってるのを確認した今、次の段階に入る前にメインコンピュータのプログラムをいったん白紙にしないで細工するのは、この場合命取りになることをお互いわかってるって確信してるから、あたしとシンザキさんとアランさんはこの奇妙な共同作業を続けていた。
上総は、入り口の近くを陣取ってむすっとしている。この部屋から出ればブレスレットが爆発するし、かといって協力する気もないしで、ただ座っている。
説明するのは難しい。
勝負はプログラムを白紙にした直後なんだけど、上総にそれを伝える術はなく、仕方がないから放っておく。
北くんか美来が来てくれるといいんだけど……。
小さくため息……。
だめだな、あたし。甘い期待はしないほうが身のためだよね。ここは自分の力で切り抜けなくちゃ。
それでも、いざとなったら助けてくれることを願いつつ、上総にごめんなさいと心の中でつぶやく。
「こっち、準備終わりました」
最後のボタンを押して振り返る。
「よし、それじゃ君、その青いボタンを押してくれ」
シンザキさんの言葉に従って、アランさんがカチッとそれを押した。
「さて、それじゃ送るぞ」
ウィウィウィ…と部屋中のコンピュータが活動を始める。
「何が起こってるんだ?」
驚いたらしい上総が、まだ少し不機嫌な顔をしたまま聞いてきた。
「ああ、これ? 今準備したことをメイン・コンピュータに送り込んでるの。白紙の状態に戻してるのよ」
長い沈黙。
実際は三十秒くらいだろうか。やがてパネルにOKのサインがでて、あたしはヘタヘタと座り込んだ。
よかったぁ。
もし万が一……と思ってた。
もしも「彼女」がこのこと対して、何らかの細工をしてたらって、気が気じゃなかったんだから。
そうして、心底安心した途端、異変が起こった。
チカチカと部屋中が点滅し始める。
「何これ」
「アラン、お前か」
「しまった」
あたしと上総、シンザキさんが同時に叫ぶ。
「シンザキさん、これどうゆう……!……やだ、地震?!」
体験したことのない振動に、思わず上総にしがみつく。
その中をアランさんがバチバチとコンピュータのキーをたたき、シンザキさんはかすかに悲鳴をあげた。
「なんてことだ」
「シンザキさん?!」
「あやつ、二重プログラムを作っていた」
……ってことは……
「月ごと吹っ飛ぶの?!」
叫んだあたしに上総がギョッとし、必死にデータを読んでいたアランさんが頭をふった。
「いや、事態はもっと厄介だよ」
「え……。じゃあ、まさか地球が?」
沈黙は肯定を示してた。
「一体どうゆうことなんだ」
わけのわからない上総がイライラとして言った。
「メイン・コンピュータのプログラムが二重になってたのよ」
ごくんとつばを飲み込んで言葉を続ける。
「表のプログラムは消したんだけど、それに裏のプログラムが反応して、地球があぶないって」
上総が混乱してたおかげで、かえって落ち着いた。
「シンザキさん、具体的にはどうなってるの?」
「妙なプログラムになってる。何なんだこれは」
シンザキさんは頭を振った。
パネルには小さく点滅する「オリジナル」の文字。
なに? オリジナルって何のこと?
「とにかく、あやつを完全に白紙にできなかった今、外部へ信号が送られている」
「なんの?」
「わからん。だが、地球へ信号がいってるのは確かだ」
「彼女」は何を地球に送っているの?
「地球は簡単に地獄と化す……。――トップの誰かに、ただ一言「戦え」と囁くだけでね」
そんな……。
「だが、二十一世紀のように大きな兵器がないのが不幸中の幸いだな」
え?
「大量殺人という意識のパーツを消してある。一瞬にして何億という人間が消え去る兵器なんて、君たちは知らないだろう?」
あたしは知ってる。学校で習った。
でも、二十三世紀人は知らないの?
「そんな武器があってたまるか」
上総が言った。
あたしは一生懸命乏しい記憶をかき集める。
アマカーテアが支配してた時代。小さないさかいがたくさんあった混乱期。そこに大きな兵器が使われなかったのは地球の七不思議の一つだって、先生が雑談で言ってた気がする。それは「彼女」の力だったの?
「人が手に持てる武器しかないってことよね……?」
じゃあ、最悪の事態は回避できる??? まだ何とかなる?
「言っただろう。あやつは元々平和のために作ったんだと。戦意を消すことはできなくても、最終兵器なんて知識は……っ」
シンザキさんは言葉を途中で途切らせた。
どすっとデスクから落ちる。
「シンザキさん?!」
揺れる中を、必死で走ってシンザキさんを抱き上げる。
背中に銃で撃たれたような黒い跡。
「どうして?」
キッとアランさんを睨みつける。
どうしてここでシンザキさんを撃ったの?!
「シンザキさん!?」
シンザキさんはピクリとも動かなかった。――死んじゃったの…?
「苦しまずにはすんだはずだ」
短く言い放つアランさんを見て、胸がズキッとした。
冷たい表情の中で、目だけが違った。
こんなことをして、どうしてそんなに哀しい目をするのよ。
ずるいじゃない! そんな目をされたら、責めることばが出て来ない。
どうしてこの人はこんなに目の色が変わるの?
そう思ってハッとする。
もしかして? でも……まさか……。
その時バチンと音がして振り向くと、上総が壁にもたれずずっと倒れこんでいた。
あたしはシンザキさんを抱きかかえたまま走り寄ろうとして、アランさんに引き戻された。
一体これ以上何を!?
そう思って睨むあたしに、アランさんは何かの破片を投げて見せた。
バチンッ
大きな音を立てて破片は部屋の中央で跳ね返り、あたしの頭すれすれに飛んで落ちた。
「な、に?」
「見えない壁か何かができてるみたいだな」
私を守るかのように肩を抱き寄せるアランさんを見て、あたしはさっき浮かんだ考えの確信を強くする。でも同時に胸が苦しいぐらいにバクバクして、ぎゅっとシンザキさんを抱きしめた。
アランさんは、彼であって彼じゃない。
アランさんは一人じゃない。
それはあたしの想像だったけど、同時に確信でもあった。
どうしよう、恐い……。
ぎゅっと力をこめて、思い切って彼の目を見る。――深いアクアマリン……。
ほっと力が抜ける。
これは、ナンパなほうのアランさんだ。
そっとシンザキさんを床に横たえ、背筋を伸ばして立ち上がる。
心臓はさらに激しくバクバクしてるし、無理やり作った笑顔もヒクヒクしてる。
でもまっすぐに立つ。まっすぐに彼を見る。
きっと大丈夫。見分けることができる。
冷淡な彼とナンパな彼……。
他のことは、できるだけ頭から追い出す。
チラッと上総を見て、生きてることだけは確認する。すぐに意識は戻るだろう。
あたしが感情のまま行動すると、必ず誰かに迷惑をかける。
「揺れは止まったな」
アランさんが言った。
「問題はどうやってアレを抑えるかだ」
あたしは黙ってただ頷いた。
何かいったら、ぱっと彼が変わってしまいそうで……。
そんなあたしを見て、彼は苦笑した。
「大丈夫。俺は女に手を上げない。手を出すことはあってもね。それに――しばらくは「あいつ」を抑えてられそうだし……」
ビクッ
「気付いてるんだろう?」
どう答えていいか迷う。
でもまっすぐに見つめられ、仕方なく頷いた。
「やっぱりね。お前、最初から変わってたしな……」
そうかな?
「でも、あいつも俺なんだよ……。間違いなくね」
かすかに顔をゆがめて言う。
「うん」
頷くと彼は不思議そうにあたしを見た。
恐くないっていったら嘘になる。でも、あたしは無意識に、素直に頷いていた……。
認めて欲しい……。
そんな声が聞こえたような気がしたから。
「ま、とにかく。時間がないんだったな」
そう言って、彼は腕を組んで難しい顔をした。
「もう一つのプログラムってやつも消すことはできないのかな」
あたしも眉根を寄せてつぶやく。
地球で、血で血を洗うような……そんな事態はどうしても防ぎたい。
ケイのあざやかな血の色を思い出し、血の気が引きそうになる。
『地球の歴史は、戦いと共にあった』
母性史学のガイド文を思い出す。
あのときは単に、昔の人ってばっかみたいって思ってた。頭の痛くなるような歴史の上に自分が立ってることはわかってるけど、繰り返される「争い」の歴史を勉強するのはどうしても好きになれなかった。
『死んだら地球で眠りたい……』
そう言ってたおじいちゃん。
破壊の中から甦った。それが地球。
あたし達はおじいちゃんの願いをかなえるため地球に行って――
地球に行って???
あたしまだ地球に行ったこと……。
「おい、しっかりしろ!」
肩をゆすぶられてはっと気がつく。
あたし、何してた?
「大丈夫か?」
「えっと……」
なんだか遠いところに行ってた気がする。
「気をつけろ。あいつの影響が出てきてるようだ」
えいきょう?
「記憶をかき混ぜられてるみたいだ。気を抜くと記憶の中に飲み込まれるぞ」
そう言ったアランさんの顔は青白く、生気がほとんどなかった。
「記憶に飲まれたら、きっと戻って来れない。しっかりしろよ」
彼の顔色はますます悪くなり、冷や汗がにじみ始め、胸元が何度もグッと持ち上がる。
「アランさん」
あたしは思わず背中をさすり始めた。
「吐いちゃって。がまんしなくていいから」
顔面蒼白で、手を口元に当て、彼はまるで頼りない幼い子供みたいだった。
こんなになるような記憶を持ってるの?!
そう思った瞬間、パシッと手を払われた。
何事もなかったような、冷ややかな目をした彼を見て確信した。
この人は、弱い心のアランさんが作った影だ……。
精神を壊さないために作った、もう一人の彼。
彼はふいっとコンピュータに向かい、なにやらキーをたたき始めた。




