44
maki
「土だらけじゃないだろう。本当に大丈夫だろうな」
「もう、リックは心配しすぎよ。全然平気」
といって美来は、起き上がって体を動かした。それを見てリックはほっとため息をひとつ。
「やっぱりお前は連れてくるべきじゃなかった」
それを聞いて美来はむっとした。
「どうしてよ! だから、どこも平気だってば」
「怪我をしただろう。お前は女の子だぞ。俺が怪我をするのとお前がするのじゃ、全然違
うんだ」
リックはムスッとした顔で、美来の腕に自分のポケットから出したハンカチをくるくると巻いた。
「あたし、そんなにヤワじゃないわよ」
そう言った美来の顔は赤くほてっていた。
トニーの咳払いで二人ともはっとしてトニーを見る。
「ああ、そうだった。トニーも怪我をしてたんだ」
「そうよ。左足、どうにかしないと」
わざとらしく話題を変える二人だが、顔の赤みだけは残っていた。
「トニー、その足じゃこの先はムリだ。ここからは俺一人で行く」
リックはすぐにまじめな顔に戻って、そして少し顔をしかめた。
「え?!」
美来は驚き、一瞬怪我をしたトニーとリックを見比べる。
美来は自分も行くと主張したが、
「足手まといになるだろう。困るのは俺なんだよ」
美来はリックの言葉に驚いて目をみはるばかりだった。
トニーは呆然とする美来を連れて立ち上がり、
「わかった。ココからはシークレットホームよりシェルターのほうが近い。ミキと二人でシェルターに行く。そこでロティと合流するよ」
と言った。
そして放心状態の美来を連れて立ち去った。その後ろ姿は力強く、左足の負傷など感じさせないほどだった。
リックは瓦礫の山を一つずつ片付けて、自分が通れるほどの穴を作り、まだまだ先の長い地下道へと一歩踏み出した。
美来はまださっきの言葉がショックだったようで、泣き出しそうな顔をしていた。
「美来、リックがさっきああ言ったのは、本心からじゃないよ。そんな顔するな。大丈夫だから」
必死に涙をこらえる美来の額に、トニーはそっと優しく口付けた。
side★ret&dan
アマカーテア軍基地に偵察として潜入していたレットとダン。
今はケイと同様、軍服を失敬して正規兵に成りすましている。
「おい、新顔。武器庫に用があるから付き合え」
「はい」
もちろん新顔と言われたのはレットである。さすがにダンは、むこうには上官として映ったらしく、見知らぬヤツから敬礼されるほどだった。
「武器庫にはどんな用があるのですか?」
レットは背中を向けていた、少し年上に見える正規兵に尋ねた。
「武器を取るために決まってんだろう。俺たちゃ、もうすぐ戦場へ向かうのさ」
余計なことを言って自分のことがばれたら身もふたもないと思ったレットは、それ以後はまったく口を開かなかった。
隙を見てはレットとダンは情報を交換し合った。
「やばいぞ。俺たち戦場へ飛ばされちまうぞ」
それに対し、レットは落ち着き払った態度で応答する。
「俺もさっき聞いた。ちょうどいいさ。敵の中に入っていたほうが、情報は多く正しくキャッチできる」
「リックには連絡しておいたほうがいいな」
と言って、ダンは小型無線機を取り出し、リックに発信する。
「リック、俺とレットはこれから戦場へ向かうことになりそうだ」
「ダン……俺、トニーに怪我をさせちまった…」
そこには、リックのか細い声が聞こえてきた。それを聞いていたレットはダンから無線機を引っ手繰り、力いっぱい怒鳴りつけた。
「馬鹿野郎。そんなことで一々落ち込むな。トニーは無事なんだろう?」
「ミキと一緒にシェルターへ行かせた」
「冷静な判断だ。リック、しっかりしろよ。俺にもしものことがあったら、お前がリーダーなんだからな」
「レット」
「もしもの話だよ」
と言ってレットは微かに笑った。
side★Marino
あたしは目の前に現れた軍服のかっこいい人の思わず見とれた。
「ケイ! どうしたの、それ」
「なんだよ、俺だってわかるのか」
と言って、ケイは軽く舌を打った。
「普通はわかんないと思うけど……ケイってば、本当によく似合ってる」
あたしは、瞬間ケイの顔が緩んだのを見逃さなかった。
その軍服には妙なバッチがついていた。
あたしがその事を聞くよりも早く、ポチが上総に尋ねる。
「アマカーテア軍の紋章に少し手を加えたものだよ。色は階級を示していて、ケイのはただの正規兵のものだ」
変わり飴で作った高い声で上総が教えてくれる。
「悪かったな、ただの正規兵で。少尉のバッチも手に入ることは入ったんだけど、俺ぐらいの年でつけたら返って目立つだろう」
「若いのに中尉の位を持つ男だっているぜ」
皮肉な口調でそういう上総に、ポチが「それって知り合いですか」と尋ねる。
ポチの聞きたがり。すぐなんにでも興味を示すんだから。
「ああ。育ての親が一緒だからな。もっとも、あいつは早くから自立してたけどな。五才にして銃を扱って、すでに人を殺してた。今でもその残酷さは変わってないだろうな」
いつのまにか上総の声が元の声に戻ってた。
「あ、そうでした。これには制限時間があるんでした」
上総は今度はピンクの飴を口に放り込んだ。
side★Miki&Tony
美来はトニーの突然の行動に驚くしかなかった。
「あ、ごめん。なんだかミキが似ていたものだから」
トニーは赤くなって顔を伏せた。美来の顔がまともに見られないようだ。
「誰に、似てるの?」
美来はなんとか平常心を取り戻した。
「俺の恋人。と言っても、もうずっと会ってないけど。レットと一緒だよ。突然いなくなったんだ。生きてることを信じてるけど」
「ん、生きてるといいね」
美来は相槌を打って微笑んだ。
シャイなトニーの恋人ってどんな人なんだろう。
少し意外な感じがして、美来は少し年上のトニーを凝視する。そして、一言一言区切るように言った。
「トニー、あたしね、リックのこと見てると胸騒ぎがするの」
「それは胸騒ぎじゃないだろう。恋だよ」
トニーはクスッと笑って続けた。
「ミキはリックのことが好きなんだよ。いつもリックのこと気にかけてるじゃないか」
「違うわ。あたしリックのことなんて……」
美来はトニーから視線をずらした。
「見てればすぐわかるよ。意地なんか張るなよ。正直になってみなよ。今、リックに会いたいって思ってないか。もしかしたら二度と会えなくなるかも知れないのに」
「トニー!」
知らないうちに美来は叫んでいた。
そして、美来は怒っているのか笑っているのか泣いているのか、さっぱり見当のつかない表情をしていた。
「それが答えだ。行けよ、ミキ。俺のことはいいから」
トニーの声に背中を押され、美来は今きた道を反対に走っていった。
この気持ちが恋なのか、よくわからない。
ただトニーの言葉が頭の中を駆け巡り、リックに会ったらなんて言おうとそればかりだった。
「あーあ、俺ってジジくさいよな。今ガーティがそばにいたら絶対そう言われてる」
トニーは、妹のあきれたような表情を思い浮かべながらモゴモゴと一人事を言うと、左足をかばうように歩きながらシェルターを目指した。
☆
リックが美来たちと別れて三十分ほどたった頃…。
『リック、俺は前線に指定された。これで、リーダーは本当にお前になりそうだな』
内容のわりに冷静なレットの声が、リックの持つ無線機に響く。
「馬鹿言うな。絶対死ぬなよ、セーラが待ってるだろう」
「わかってるよ」
そこでノイズもレットの声も聞こえなくなってしまった。
「おいおい、壊れるにはまだ早いぞ」
リックは必死になって無線機をたたくが、それはうんともすんとも言わない。
「冗談じゃないよ。まだお前には役に立ってもらわなくちゃならな……!」
思わず息を呑む。
目の前に、息を切らしながら美来が立っていた。
あと少しでアマカーテア軍基地のドアを開けるところだった。
「なんだよ、何で戻ってきた」
リックは美来をしかりつけた。でも、美来の上気した顔を見て、不思議と次の言葉が出てこなかった。
「やっぱり一緒に行く。離れるの、嫌よ」
美来は涙を浮かべてそう訴えた。
強い意志を持った瞳で訴えに、リックはため息をついて美来に歩み寄った。
「わかったよ。……死んでもしらねぇからな」
美来の頭を軽くこづいて、嬉しそうな顔をする美来に不機嫌な顔をしてみせる。
「でも、リックはあたしのこと助けてくれるでしょう」
そう言いながら、守られるだけではないだろう意思をひしひしと感じ、急に大人びた表情を見せる美来に、リックは妙な感覚を覚えた。
美来は、いずれ戻るであろう未来の火星を思い、自分の気持ちが勝手に大きくなっていくのはいやだったが、それでもこの気持ちがもうどうしようもないことを自覚していた。
あとで辛い思いをするのは目に見えてる。でも、だからこそ、今は自分の気持ちに正直にいこうと決心した。ずっとリックのそばにいる!
「いきましょう。絶対あたし達は勝つよ」
「――そうだな。勝利の女神もついてるしな」
リックと美来は、どちらからともなく、自然に手を握り合った。




