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chie
「あれはまだ美来が生まれる前のことです……」
佑美は雪乃と敬の前にティーカップを置くと、自分も座って少し思案しながらゆっくりと話し始めた。
西暦二四四〇年七月十六日。
その日はいつもどおりよく晴れ、昨日の雨のおかげですがすがしい日だった。
佑美は夫を見送ると、一生懸命朝ご飯に取り組んでいる一人息子の前に座った。
満三才。可愛い盛りだ。
「今日は公園にいこうね」
汚れた口元をぬぐってやりながら佑美が言うと、息子は喜びながら早速支度をはじめた。昨日外に出られなかったので、外に出たくて仕方がないのだ。
そしていつもどおり公園へ行き、息子が遊ぶのを見守りながら同じように公園に来ているママ友達と他愛のないおしゃべり。
いつもと変わらない平凡な一日のはずだった。
☆
「お茶はとっておきのを出したし、お菓子も上出来。あら、もう三時? そろそろ来るころね」
佑美は楽しげな足取りでお茶の用意にいそしむ。
子供はお昼寝タイムで、後一時間は起きてこないはず。
「何年ぶりかしらね。大学卒業して以来だから五年ぶりかぁ。なつかしいなぁ。電話で見たときもきれいになってたし。結婚間近だからかな」
久々の友人の訪問に、子どものようにはしゃいでいると玄関のチャイムが鳴った。
「はーい、いらっしゃい。ひさしぶりねぇ」
☆
ふっと目がさめた。
「ままぁ?」
目をこすってあたりを見回してもママがいない。
あれぇ?
「ままぁ」
もう一度読んでみてもママがこない。
ベットから下りてさがしてみると、大きなテレビのあるお部屋に、ママと知らないおばちゃんがいた。
ママって呼んでみようとしてやめる。
わくわくする計画を思いついたのだ。
ママがいつも行っちゃダメって言ってる下のお部屋に行ってみよう!
わーい、探検だ。おじいちゃんが買ってくれたおもちゃも持っていこう!!
そして裸足のまま、下の部屋―――地下室へと向かっていった。
その手にはしっかりおもちゃを握って。
☆
佑美が子供がいなくなったのに気づいたのはそれからしばらくしてからだった。
外に出た気配はない。
まさか!
走って地下室へと走る。
地下室の扉のドアロックの前には台が置いてあり、扉は開いていた。
「どうしたって言うのよ、佑美」
ただならぬ様子に友人が駆け寄る。
「あ……あのコ……地下へ……」
「地下? 地下室ってこの? 探しましょう。きっとかくれんぼうでもしてるつもりなのよ」
必死で探した。
お願い、ここにいて。
でもその思いはむなしく、子どもはどこにも見当たらなかった。
やっぱりあのコ、地下の奥へ!!
★
「私たちはできるだけ探しました。でもダメだった……」
佑美はそういって息をつき、戸惑う雪乃たちを実際に地下室へと案内した。
階段を下りて、ごく平凡な地下室に入る。
奥の扉は少し開いていた。
そこから先に進んでいくと、程なく同じような扉に出くわし、佑美がそこを開けると……。
「やあ、来ましたね……」
男性の声がし、そこには真幸の両親、北健一と千尋が立っていた。
「この地下室はうちにつながっているんですよ」
健一の言葉に、雪乃と敬は狐にでもつままれたような気分に陥る。
「私たちが、あなた方をからかっていると思ってるんでしょうね」
そのまま北家のリビングに通され、敬達がソファに座ると、千尋が困ったような顔をして笑った。
「無理もないと思います。僕もはじめは半信半疑でしたからね」
コーヒーを持ってきた北健一が、雪乃たちににカップを渡しながら言った。
「これは一体どうゆうことなんでしょう」
「ええ、その説明をするためにわざわざ来ていただいたんです」
そして千尋はコーヒーを一口飲むとゆっくりと話し始めた。
「あれは私が三歳の頃でしたから、もう三十年以上も前のことです。あの日は両親共出かけていたので、留守番をしていた私と姉の佑美はかくれんぼうをしていました。ちょうど姉が鬼で、私は絶対に見つからないように考えた末、地下室に隠れることにしたんです」
「今私たちが通ってきた地下道のことですか?」
雪乃の言葉に千尋はこっくりとうなずく。
「ええ。主人、つまり健一さんと私たちは幼馴染で、この頃私たちはよくこの地下室を利用していたんです。私はいつもと同じように扉をあけ、その後ろ側に隠れようとしました。ところが、そこはいつもと様子が変わっていました」
「?」
「そこには階段があったんです。――私は好奇心も手伝ってその階段を下りていきました。――長い、長い階段でした。。その後の記憶ははっきりしませんが、気がついた時には私が地下室に入って六日がたっていたんです……」
「彼女がいなくなったときは大騒ぎでした」
健一が千尋の後を引き継いで話し始める。
「管理網も今のように発達しているわけではなく、誘拐や神隠しなんて言う人まで出てくる始末。そんな中、私が再び地下室をのぞくと彼女がボーっと立っていたんです」
「私が見た階段のことなんて、大人は誰も信じてはくれませんでした。きっと、何か大きなショックを受けたのだろうと病院につれていかれたり……。でも、どこか違うところに行っていたという感覚だけが残っているんです」
「違う世界……」
「過去か……未来でしょうか……」
千尋は曖昧に笑った。
「あそこは昔祖父がタイムマシンがあるといってたところなんです。誰も信じてはいないんですけど」
タイムマシンという言葉に、敬と雪乃は顔を見合わせる。
それを見て、濱田佑美は申し訳なさそうに言った。
「そんなものが存在するとは考えられないんですけど、息子が消えた後、妹がそれを思い出しまして、いつか妹のようにひょっこり帰ってくるのではないかと待ちつづけてるんです……。でも美来はいつの間に知っていたのか……。兄を探しにいったのでしょう。マリノちゃんたちまで巻き込んでしまって、本当になんてお詫びしてよいやら……」
深くうなだれる佑美を前に、雪乃と敬は再び顔を見合わせる。
敬は少し考えて、口を開いた。
「千尋さん、あなたは帰ってこられたわけですよね」
「あ、はい」
「時々現れるなぞの階段。おもしろいですね」
「あの、私は冗談を言っているわけでは……」
「わかってますよ」
と、敬はにっこりと笑った。
「この世には信じられないようなことがたくさん起こります。時代を経れば経るほど増えるばかりです。そんなものを僕はたくさん(・・・・)見てきました。――マリノはまたとない経験をするチャンスに恵まれたわけです」
雪乃もうなずいて
「だいじょうぶ。あの子達はみんな無事に帰ってくるわ。。ポッセリアムもついていることですし」
そして生来の楽天さを発揮して雪乃は言った。
「なんといっても、マリノは私たちの娘ですもの♪」
三人は早瀬夫妻の予想外の自信と笑顔に一瞬戸惑ったが、不思議と自分でも根拠不明の安心感が広がっていくのを感じた。
不安がないといえばうそになるが、彼らの笑顔を見ているとなぜか大丈夫という気にな
ってくる。
……そうね、大丈夫だわ。きっと、きっと。
一方雪乃は内心そっとため息をついた。
今はただあの子達が無事帰ってくることだけを祈ろう。
五年前、そうしたように……。
そして家に戻った早瀬敬は、五年前に知ったある場所へと連絡をした……。
side★MARINO
「ごちそうさまでした」
配給された、意外なほど豪華なご飯をしっかりおなかに詰め込んで大満足。
「おまえってたいしたやつだな」
上総が少し目を細めてあたしを見ていった。
なにがだろう?
「俺らみたいに訓練を受けてるならどこにいても睡眠はとれるけど、マリノはそうゆうんじゃなくて、思いっきり熟睡だったよな……」
そ、そうだったかな~。
「大いびきかいてたし」
「うそー」
思わず大声をあげると、上総はにやっと笑って「う、そ」といった。
ぷんっ。
上総って結構意地悪だな!
「でも、安眠してたのは事実だろ?」
うん、確かに。緊張感は申し訳ないほど、まったくなかった。
「だって、今すぐどうこうされるってわけでもないみたいだし、きっと助かるから……」
「きっと……ねえ……」
「上総もいるしさ」
にっこり笑ったら、上総は心持赤くなった。
「会ったばかりの男をそう簡単に信じるもんじゃないよ、マリノ。もし俺が本物の俺じゃなくて罠だったらどうするんだ?」
うーん……。
言われてみれば確かにそうなんだけど、耳まで赤い顔して言われても説得力にかけるような気がするわ。
でも、心配して忠告してるんだろうから、一生懸命考えて答える。
「上総は、上総だよ……。たとえ、本当はそうでなくても、あたしはきっと上総を信じると思う」
上総は首をかしげる。
「本当は上総って名前じゃなくても、俺は俺?」
あれ? なんか不思議なニュアンス。
「うん……。あたしの前にいる上総が上総じゃなくても、あなたはあなた自身なわけだし……。うーん、おばかだから追求されてくと困るんだけど……。あ、そうか、目だ!」
「目?」
「うん! 上総の目って安心できるんだ!! 上総って、まっすぐ目を見て話すでしょ。あたしに合わせて少し低めにして。それがポチみたいなのよね」
「ぽち?」
「うん。五年前パパが突然連れてきたあたしの家族。その頃あたしの周りってごちゃごちゃしててね。あたし、事故にあって一定期間の記憶がすっぽりぬけちゃってるのよ。……なんかすごいことだったような気もするんだけど……。でもそれは誰もわからないみたいだし……。でも、なんかドキドキワクワクハラハラって感覚が残ってるの」
そして、かすかな切なさを残して……。
「それが少し落ち着いた頃にきたのがポチでね。……その時あたしの目線に合わせるようにまっすぐあたしを見て、にっこり笑ったの。すごく優しくて、あたしがその抜けた記憶のことを気にしてたら、『たとえ一生忘れたままでも、きっとお嬢さんの中で素敵な大人になるための要素になってるはずですよ』って」
あたしは、随分長いこと思い出すことのなかった当時を振り返って話した。
あの時、ポチの少し悲しそうな笑顔。
あれはなんだったのかな……。
当時のポチとほぼ同じ年になった今でも、それは聞けなくてわからないまま……。
「ポチは今は浅黒い肌なんだけど、元々は白くて、金色の髪がすごくきれいで、いつもは頼りない感じがするんだけど、本当はとっても強いんだ。――あたしの周りの人ってみんなそうでね、北くんなんかはもう、文武両道だし、ハンサムだし、すっごく人気があるんだよ。何であたしと仲がいいのか不思議なくらい。北くんのいとこで、あたしの親友の美来も、性格はちょっときついんだけど、しっかりしてて、すごい美人なんだぁ。――あたしね、そんなみんなに追いつきたいってがんばってるんだけどね……」
落ち込みかけた気分を振り払って、にっこり笑う。
「ま、そんなわけで、あたし頼れる人に対する目は肥えてるんだぁ」
「そっか」
上総はそう言うと、なぜかクスクスと笑いつづけた。




