予定調和
今、講堂に来年入学予定の貴族や豪商の親子が集まっている。この中の多くは、来年から学園長に就任する人物がどういった者なのか見定めるために来ている。
当然、ハロルド・マックイーンや孫娘のシャルロッテ・マックイーンも新たに就任する学園長に注目している。
「お待たせしました。来季より、学園長に就任するレニエ・クラドックより皆様にご挨拶があります」
魔法拡声器を使った声が講堂に響き渡る。それから、講堂の舞台袖から年若い女性が姿を現すと講堂のあちらこちらから、驚きの声があがった。
ここに居るほとんどの者が事前に来年から学園長が就任する情報を知っていた。しかし、どういった人物かについては理事以外に知る者は極少数の人間のみ。
殆どの者がこんなに年若い女性が就任することに驚きの表情を隠せていない。
「初めまして、魔導士候補生とその保護者の皆さま。ご紹介に預かりました、来年より当学園の学園長に就任します。レニエ・クラドックと申します。本日は見学会にお越しいただきありがとうございます」
貴族の子弟やその保護者の前にしても、堂々した振る舞いで話続ける姿は聞くものを引き付ける魅力があった。これだけでも彼女が非凡でないことを証明するには十分だった。
それに彼女の顔と名前である程度、彼女の出自を理解した者もいる。ハロルド・マックイーンもその内の一人。
「少し驚きはしたが、なるほど」
ハロルドは顎を摩りながらなるほどと一人納得する。
「お爺様はあの方を知っているのですか?」
「ああ、シャルロッテを聞いたことはあるだろう。彼女は先の戦争で活躍したノールソンの若鷲獅子達《グリュプス》の一人だよ」
「では、あの方が後方支援のスペシャリスト言われる女傑ですか?あんなに綺麗な方だったのですね」
「シャルロッテも頑張れば十年後は彼女匹敵する魅力をつけれるよ」
「むぅ~それは難しいかもです」
確かに、今まで多くの美女を見てきたハロルドから見てもかなり上位に入るほど壇上のレニエは美しい。しかし、隣に座って壇上のレニエに憧れの目線を向ける自身の孫は、十年後きっとそれ以上に美しくなるとハロルドは予感している。
再び、ハロルドが舞台に目線を戻したところで新学園長がこれからの学園方針に口を開こうとしているところだった。
「今日、王国は大戦の後遺症で重大な魔導士不足に陥っています。これは、国政に深く関わっている皆さまなら周知の事実。本来なら復興に大きく貢献できるはずの王国魔導士団も辺境の警備や魔物の討伐に回すだけで精一杯。近年では帝国も不穏な動きを見せ始めています。そのため、当学園は今まで以上に優秀な魔導士を多く輩出しなければいけなくなりました」
誰もが沈痛な面持ちで彼女の声に耳を傾けている。昨今、貴族でもお抱え魔導士を雇っているのは裕福な貴族や力ある貴族だけ。
「そして、今までの学園の制度では大幅な改善は見込めないと私は判断しました。そのため、来年度より一般王国民にもこの学園の門を開こうと考えております。他にも―――」
「ふざけるなッ!!」
レニエの言葉を遮るように怒声が響いた。
「もう一度言うッ! ふざけるのも体外にしろ! この伝統と格式高い魔法学園に平民如きを入れると言うのか!? 只でさえ商人風情がこの学園の門を通っているのに我慢ならんというのに、さらに平民をこの学園に入れるというのかぁ!」
如何にも選民思想に凝り固まった意見を口にした貴族の男にレニエは見覚えがあった。
ガローニ伯爵、新入生の保護者の中では際立って選民意識が高く、王国が建国から存続している歴史も長い家系だ。
この場に居る幾人かの商人の敵意にも気づいていない様子でさらにガローニ伯爵は罵声を続ける。
「しかも、なぜ貴様のような小娘がこの学園の学園長に選ばれたのだかわからん。何がノールソンの若鷲獅子達《グリュプス》だッ! 少し戦争で商売がうまくいったぐらいで調子に乗るな。この件は学園の理事を通して抗議させてもらう」
ガローニ伯爵に同調するように取り巻きの貴族達や反対派の貴族達が立ち上がり非難の声をあげる。
前学園長の時は学園長と王国の繋がり強かったため、殆ど貴族が学園運営に関与することができなかった。
しかし、この2年で状況は変わった。学園長不在間は学園の理事が学園運営することになり、貴族が介入しやすい環境になっていた。
講堂の空気が変わったことに伯爵は口角をニヤリとあげる。
「この声を聞いて分かっただろ。わかったならさっさと先ほどの提案を撤回して、辞職することだな」
この反対派の意見が占める中、レニエは冷笑を浮かべながら言葉を告げる。
「先ほどの案は提案などではありません。すべてが決定事項です。私の方針に納得がいかないのならば、当学園に入学をやめてもらって結構です」
一瞬にして講堂の空気が氷ついた。
「はぁッ!? 正気か、もしそんなことになったら今私が行っている支援を打ち切るぞ。それでもいいのか!」
ガローニ伯爵は思っていた反応とは真逆の反応に慌てずにいられなかった。
「はい、結構です。元々支援金というのは学園から催促したものではありませんから。それと支援金は元々善意で納めて頂いたのが始まりです」
「はッ! 強がりを言うな。今、この学園の資金不足だということはわかっているんだぞ」
「それについて問題ありません。伯爵もおっしゃってたじゃありませんか、私は魔法よりお金を扱うこと方が得意の魔導士です。それに先程言ってお喋っていた理事に抗議することは無駄になると思います」
「な、なぜだ!」
「私が学園長に就任次第、現在の殆どの理事にはやめてもらいます。そして、新しい理事の方々も大方いい返事をもらっています」
その言葉は何とか学園運営に絡もうと理事に多大な賄賂を工面していた伯爵には効果覿面だった。
「ば、ばかな、理事をそんな簡単に辞めさせることなど……」
「私は陛下より、学園の関する人事権の一切を取り仕切れる許可書を賜っている」
先ほどの口調とは変わって少し男勝りな口調で言い放つと、王家の紋章が入っている許可書を掲げながらさらに声をあげる。
「この私が学園長になったからには旧態依然といした学園に大幅な改革を行う。まず、試しとして来年より一般市民の生徒を一クラス分募集する。そのクラスに必要なのは魔法の才能ただそれだけだ。一般教養も人種もお金も問わない」
ここでまたしても問題発言がレニエの口から飛び出した。
「それは人間種以外の者の入学を認めるということか!! そんなことは断じて認められん」
これに関しては、今まで傍観者を貫いていた貴族達もが騒ぎ出した。口々に他種族の危険性についてレニエに訴えかける。
王国では、隣国の帝国に比べれば他種族に関して多少寛容だが、支配階層の特に貴族達の多くは獣人や森妖精《エルフ》といった他種族を差別する傾向にある。
「確かに、保護者の方々懸念も重々承知しております。種族の違いから多くの問題が起こることがあると考えられます。そのために私はこういった他種族に詳しく、実戦経験が豊富で荒事のエキスパートを担任に据えようと思います。では紹介します、Aランク冒険者のユウキです」
彼女はいまだ騒然といている講堂内を無視しユウキを呼んだ。
「なぜ、こんな最悪のタイミングで……」
「早く、行ってきてください」
ユウキは癖になりつつある溜息を一つ吐くと頼りない足取りで舞台の袖から歩き出した。
「……」
舞台の中央についた時には保護者からの誰だそいつはとかどこの馬の骨の冒険者だとか罵声がなりやまない。
この原因を作った人物にユウキはうらめしい顔を向けるがウィンクで返され、殺意を覚えずにはいられなかった。
「えぇ~ご紹介に預かりました。Aランク冒険者のユウキと申します。栄えあるこの学園の教師に誘って頂いたこと大変感謝しております。若輩ものですが――」
「黙らんかっ! 冒険者風情が」 やはりというか、先ほどの勢いを取り戻したガローニ伯爵がユウキに噛付いてきた。
「こんなどこの骨の冒険者などが教師となっては安心してこの学園に学びに行かせられん」
実際ガローニ伯爵の意見は正しいと言わざるをおえない。無名のユウキでは、いくらAランクの冒険者といえど信用されないのは必然である。
ユウキがどう切り返そうか悩んでいると、
「その者は、マックイーン領の冒険者の者ですな」
騒然とした講堂が嘘のように静まりかえり、老紳士が失礼と言いながら背筋を伸ばして立ち上がった。
「突然申し訳ない。私はハロルド・マックイーン申します。ガローニ伯爵の疑問に少し私からお答えできることがあります」
「ハロルド翁か、」
ガローニ伯爵は舌打ちしながら、ハロルドに先を促した
「それでは……その者は私の領の冒険者で今回はこの王都まで一緒に同道して来ました。まさか、このような形で今日会うとは思っていなかったのですがな」
立ち上がった老紳士――ハロルドはほっほっと笑いながら和やかに語る。
「半月少々の付き合いだが、人間性は引退した身であるが私が保証しよう。実力も私が調べた限り単独でグリーンワイバーンを討伐できる腕前。それにこの王都に来る前も違法奴隷商人を捕まえるのに一役かってくれたりもした。もし、この依頼が終われば孫の家庭教師を頼もうと思っていたとこでした」
新興貴族筆頭とも言えるマックイーン前当主の人物眼は有名で、本人の優秀さと人を上手に使うことでマックイーン家を子爵まで押し上げた人物だ。
そんな人物からの称賛に先程とは別の空気が広がっていた。
「だからどうした。その理屈なら私が贔屓にしている冒険者でもいいはずだ。私の冒険者ならグリーンワイバーンより上のレッドワイバーンを倒せる冒険者チームだぞ」
ガローニ伯爵の発言を皮切りに他の貴族達も自分達にゆかりあるもの学園の教師にと騒ぎ始めた。いよいよもって収集がつかなくなったきたころ講堂内に手を叩いたような音が大音量で鳴り響いた。
「静まりなさい」
凛とした声が講堂に響き、その声がした方に会場中の視線が集まる。
そこには、タイミングを測っていようにソフィーア殿下が舞台袖から見目麗しいドレスを纏った姿で現れた。
先程までの騒いでいた貴族達も突然の王族の登場に面食らっていたが、皆一様に敬意を込めて頭を垂れた。
「レニエ学園長、お疲れ様です。ここからは私が引き継ぎましょう」
「感謝申し上げます。ソフィーア王女殿下」
レニエは厳かに頭を下げ、ソフィーアに感謝の言葉を返す。そして、一瞬視線をユウキに合わせると再び視線を下に向ける。
「皆、表をあげて下さい。先程のレニエ学園長の話ですが、多くの不安要素があることはガローニ伯爵がおっしゃって頂いた通り存在しております。一般生徒を受け入れることは、すでに陛下の許可が下りた確定事項として事が進んでおりますが、講師の件につきましてまだ再考の余地があると思っております。どうですかレニエ学園長」
「彼より優秀な人材ならばこちらからお願いしたいと思います」
はたから見ればソフィーアの突然の問いに戸惑いながら答えるレニエといった構図になっているが、今すぐこの場から逃げ出したい欲求に駆られているユウキにはレニエが笑いたいのを必死に我慢しているようにしか見えない。
(わざわざ火中の栗を拾うなとよく言うけど、一番辛いのは火中の栗自身だよな)
ユウキはそんなことを考えながら自身のこの状況を憐れみ、くせになりつつある溜息を大きくついた。




