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となりのスタートライン  作者: リンダ


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50/58

高校最後の一年

第50話「高校最後の一年へ」


 高校二年生の季節は、驚くほど速く過ぎていった。


 春。


 夏。


 秋。


 冬。


 そして、また春。


 その間も、大石早苗と川端莉央は何度も同じスタートラインへ立った。


 最初は0秒03。


 次は0秒02。


 さらに。


 0秒01。


 ある日の校内タイムトライアルでは。


 早苗、11秒35。


 莉央、11秒35。


 同タイム。


 映像を確認しても、肉眼ではほとんど分からない。


「……僕?」


 早苗が電光時計を見る。


 莉央も見る。


「……僕も?」


 直樹。


「また『僕』が感染しとる」


「今そこ!?」


 有馬監督が写真を確認する。


「大石がわずかに先だ」


 莉央。


「どれくらいですか?」


「タイムでは同じだ」


「じゃなくて、距離」


「数センチだな」


 莉央が早苗を見る。


「数センチ……」


 早苗。


「怖っ」


「次、抜きます」


「逃げる!」


「逃がしません」


「100メートルで追いかけっこすんな!」


 直樹のツッコミが飛んだ。


 もう二人は、世界一の先輩と後輩というだけではなかった。


 同じ学校で。


 同じトラックを走る。


 本物のライバルだった。


直樹と海斗


 男子長距離も同じだった。


 森山海斗。


 一年前。


 直樹と最後の400メートルを走っただけで、完全に置き去りにされた後輩。


 その海斗が。


 一年かけて、着実に距離を縮めていた。


 5000メートル。


 14分台。


 13分台後半。


 そして。


 13分30秒台。


「海斗」


「はい」


「速くなったな」


「まだ田中先輩まで十五秒以上あります」


「一年でそこまで来たんだろ」


「はい」


「じゃあ次の一年で、もっと来いよ」


 海斗は笑った。


「行きます」


「待ってる」


 そこへ早苗。


「いいねぇ、青春だねぇ」


 直樹。


「おまえも青春の真ん中じゃ!」


「僕は梅ジュース飲んで見守る係」


「走れ!」


高校三年生


 そして。


 早苗と直樹は高校三年生になった。


 教室が変わる。


 教科書が変わる。


 進路希望調査の文字も、これまでとは重さが違う。


 大学受験。


 早苗は保育・幼児教育。


 直樹は交通・鉄道。


 二人とも、最初に決めた鹿児島の大学を第一志望に据えたままだった。


 競技も続ける。


 だが。


 高校生として走る最後の一年。


 その最大の舞台。


 インターハイが近づいていた。


全国から集まる


 全国大会。


 女子100メートルには各地の強豪が集まった。


 大石早苗。


 川端莉央。


 林田舞。


 高瀬美羽。


 さらに各地方大会を勝ち抜いたスプリンターたち。


 早苗はエントリー一覧を眺める。


「すごいね」


 莉央。


「はい」


「舞ちゃんもいる」


「高瀬さんも速いですよ」


「うん」


「緊張します」


 早苗は莉央を見る。


「僕もするよ」


「先輩も?」


「するって何回言わせんの」


 早苗は少し考えてから。


「莉央」


「はい」


「インターハイでワンツーフィニッシュ目指そうや」


 莉央の目が大きくなる。


「ワンツー?」


「うん」


「どっちが一位ですか?」


 早苗。


「そこは勝負」


 莉央が笑った。


「じゃあ僕、一位狙います」


「僕も」


「譲ってくれないんですか?」


「譲るわけないじゃん!」


 二人は拳を合わせた。


「決勝で会おう」


「はい」


女子100メートル予選


 早苗。


 11秒38。


 組一着。


 莉央。


 11秒40。


 組一着。


 林田舞。


 11秒41。


 高瀬美羽。


 11秒44。


 全員、順当に準決勝へ。


 準決勝。


 早苗。


 11秒32。


 自己ベスト。


「……32?」


 早苗自身が驚いた。


 莉央も別組で。


 11秒34。


 自己ベスト。


 舞、11秒38。


 美羽、11秒41。


 決勝。


 役者がそろった。


全国高校最速決定戦


 スタンドが静まる。


 女子100メートル決勝。


 4レーン。


 大石早苗。


 5レーン。


 川端莉央。


 6レーン。


 林田舞。


 3レーン。


 高瀬美羽。


 早苗が隣を見る。


 莉央も見る。


 言葉はない。


 でも分かる。


 勝つ。


 お互い。


 本気で。


「位置について」


 スターティングブロック。


「用意」


 静寂。


 号砲。


 早苗が飛び出した。


 完璧に近い。


 10メートル。


 早苗。


 20メートル。


 早苗。


 莉央が追う。


 舞も来る。


 30メートル。


 早苗が先行。


 40メートル。


 莉央との差は半歩。


 50メートル。


 トップスピード。


 60メートル。


 ここから。


 莉央。


 後半型のスプリンターが伸び始める。


 70メートル。


 差が縮まる。


 80メートル。


 早苗の視界に莉央が入る。


 来た。


 いつもの莉央。


 だから。


 早苗も知っている。


 ここで力めば負ける。


 肩を上げない。


 前へ。


 前へ。


 90メートル。


 ほぼ並ぶ。


 スタンド総立ち。


「大石!」


「川端!」


「林田も来てる!」


 最後の10メートル。


 莉央が伸びる。


 早苗も伸びる。


 フィニッシュ。


 電光掲示板。


 数秒。


 そして。


1位 大石早苗 11秒29


2位 川端莉央 11秒31


3位 林田舞 11秒36


4位 高瀬美羽 11秒40


 早苗。


「……29?」


 自己最速。


 初めての11秒2台。


 莉央も。


 11秒31。


 自己最速。


 そして。


 鹿児島高校。


 ワンツーフィニッシュ。


 早苗が振り返る。


「莉央!」


「先輩!」


 二人が抱き合った。


「やった!」


「ワンツーです!」


「やったぁ!」


 早苗は莉央の背中を叩く。


「でも危なかった!」


「あと0秒02!」


「また0秒02!」


「次は勝ちます!」


「卒業まで負けん!」


 表彰台。


 一位。


 大石早苗。


 二位。


 川端莉央。


 三位。


 林田舞。


 舞が二人を見る。


「鹿児島高校、強すぎ」


 早苗。


「舞ちゃんも速かったじゃん」


「次は負けないから」


 莉央。


「僕もです」


 舞。


「なんで川端さんまで僕っ子なの?」


 早苗。


「僕のせいらしい」


「感染症みたいに言わないで」


 三人が笑った。


男子5000メートル


 そして。


 男子。


 直樹と海斗。


 全国から強豪が集まった。


 直樹にとっても簡単なレースではない。


 スタート。


 序盤。


 集団は大きい。


 1000メートル。


 2分43秒。


 2000メートル。


 5分25秒。


 直樹は先頭集団。


 海斗もいる。


 直樹が横目で確認する。


 いる。


 3000メートル。


 8分07秒。


 まだ海斗はいる。


 全国の強豪も落ちない。


 4000メートル。


 10分47秒。


 直樹が動く。


 集団が縦に伸びる。


 海斗。


 食らいつく。


「来い……!」


 直樹が心の中でつぶやく。


 残り600。


 五人。


 残り400。


 三人。


 直樹。


 海斗。


 そして全国屈指の長距離選手。


 残り300。


 直樹が上げる。


 海斗が追う。


 残り200。


 全国の強豪が遅れる。


 残ったのは。


 鹿児島高校。


 二人。


 スタンドが沸く。


 残り100。


 海斗が直樹へ迫る。


「田中先輩!」


「来い!」


 直樹も最後のギアを入れる。


 ゴール。


 電光掲示板。


1位 田中直樹 13分13秒88


2位 森山海斗 13分15秒72


 直樹。


 自己最速。


 海斗。


 大幅自己ベスト。


 鹿児島高校。


 男子5000メートルも。


 ワンツーフィニッシュ。


 海斗がゴール後、トラックへ倒れ込む。


「先輩……」


「何?」


「遠かった……」


 直樹も息を切らしている。


「めちゃくちゃ近かったわ!」


「勝てなかった……」


「13分15秒だぞ」


「でも」


「海斗」


 直樹が手を差し出す。


「次だ」


 海斗はその手を握った。


「はい」


四人の写真


 大会終了後。


 早苗。


 莉央。


 直樹。


 海斗。


 四人が並ぶ。


 女子100メートル。


 一位、二位。


 男子5000メートル。


 一位、二位。


 鹿児島高校。


 男女ワンツー。


 記念撮影。


「もっと寄って!」


 早苗。


「直樹、そっち行って」


「おまえがこっち来いよ」


「僕、莉央の隣!」


「俺は海斗の隣!」


 莉央。


「そこ争うところですか?」


 海斗。


「写真撮れなくなりますよ」


 後輩二人に止められる世界王者二人。


 撮影。


 そして。


 早苗が保冷バッグを持ってくる。


 直樹。


「まさか」


「当然!」


 梅ジュース。


 四本。


 莉央。


「出た」


 海斗。


「インターハイでもやるんですか?」


「ワンツーフィニッシュ記念!」


 直樹。


「何でも梅ジュースで祝うな」


「嫌なら直樹の分も僕が飲む」


「飲む」


「飲むんじゃん!」


 四本を合わせる。


「乾杯!」


 早苗。


「ぷはぁ〜!」


 直樹。


「全国大会でもオヤジ飲みすんな!」


「最高!」


 莉央。


「これが全国一位の飲み方……」


「真似しなくていい!」


高校陸上の、その先


 インターハイが終わった。


 もちろん競技をやめるわけではない。


 練習も続く。


 記録も狙う。


 しかし。


 早苗と直樹には、次の大きな勝負が待っていた。


 大学受験。


 保育・幼児教育。


 交通・鉄道。


 二人が選んだ大学。


 自分たちの原点である鹿児島から、未来へ進むための場所。


 図書館。


 早苗の机に積まれた参考書。


 英語。


 国語。


 数学。


 理科。


「……」


 早苗。


「直樹」


「何?」


「インターハイより怖い」


「問題集が?」


「うん」


「全国一位だろ」


「100メートルではね!」


「じゃあ勉強も頑張れ」


「100メートル走って合否決めてくれんかな」


「大学入試の制度を変えるな!」


元素記号、集団失踪


 そして。


 期末試験。


 化学。


 早苗は問題用紙を開いた。


「……」


 H。


 O。


 Na。


 Cl。


 C。


 Ca。


 Fe。


 次々と元素記号が現れる。


 早苗の頭の中。


 Hが立ち上がる。


 Oも立ち上がる。


 Naも。


 Clも。


 そして。


 全員。


 走り出した。


「待って!」


 早苗の脳内。


 元素記号たちが教室から逃げる。


「どこ行くの!」


 H。


 逃走。


 O。


 逃走。


 Na。


 逃走。


 Cl。


 逃走。


「集団で家出すんなぁ!」


 現実。


 早苗は無言で答案を見ている。


 試験終了。


 廊下。


「直樹」


「今度は何が遭難した?」


「化学」


「今度は教科ごとかよ!」


「元素記号が集団で家出した」


「捜索不能じゃ!」


「HとOは途中までいた」


「水作れそうじゃん」


「NaとClもいた」


「塩も作れる!」


「でも全員逃げた」


「どこに!?」


「分かんない」


「家出だからって行き先まで設定すんな!」


 早苗。


「三平方の定理は桜島フェリーで帰ってきたのに」


「その設定まだ生きてたの!?」


「古文はまだ捜索中」


「受験までに全員連れ戻せ!」


 早苗。


「捜索本部、田中直樹」


「俺!?」


「現場指揮、僕」


「遭難者本人が指揮すんな!」


 図書館へ向かう廊下に、二人の笑い声が響いた。


最後の受験生生活へ


 夕方。


 図書館の窓から、鹿児島の街が見える。


 早苗は参考書を開いた。


 直樹も隣で問題を解く。


「直樹」


「何?」


「僕たち、受かるかな」


 珍しく。


 ボケではなかった。


 直樹も鉛筆を止める。


「分からん」


「そこ『受かる』って言ってよ」


「適当なこと言えんじゃん」


「まあね」


「でも」


 直樹は早苗を見る。


「受かるためにやるんだろ」


「うん」


「インターハイも、アトランタも同じだったじゃん」


「結果は分からない」


「そう」


「でも準備はできる」


「そういうこと」


 早苗は問題集を見る。


「じゃあ」


 鉛筆を持つ。


「やりますか」


「おう」


「元素記号捜索作戦」


「普通に化学の勉強って言え!」


 早苗が笑った。


 高校最後のインターハイ。


 女子100メートル。


 早苗と莉央。


 ワンツーフィニッシュ。


 男子5000メートル。


 直樹と海斗。


 ワンツーフィニッシュ。


 高校競技生活で、大きな結果を残した。


 そして。


 次のスタートラインには。


 スターティングブロックも。


 トラックも。


 号砲もない。


 あるのは。


 机。


 鉛筆。


 問題用紙。


 二人にとって高校最後の大勝負。


 大学受験が始まる。


次回予告


第51話「合格へのスタートライン」


 インターハイが終わった。


 早苗と直樹は、競技練習を続けながら受験勉強を本格化させる。


 朝。


 授業。


 放課後の練習。


 夜の勉強。


 早苗の英語は、アトランタでの経験もあって大きく伸びる。


 数学も。


 三平方の定理が、ようやく錦江湾から完全帰還。


 化学では、家出した元素記号の捜索が進む。


 そして迎える模擬試験。


 早苗。


「直樹!」


「何?」


「元素記号、帰ってきた!」


「よかったじゃん」


「でも今度は日本史の年号が家出した」


「一教科帰ってくるたび一教科消えるのやめろ!」


 それでも。


 判定は少しずつ上がっていく。


 そして、二人が最初から目指してきた大学の出願時期が近づく。


 同じ大学。


 違う学問。


 同じ鹿児島。


 早苗。


「一緒に受かりたい」


 直樹。


「うん」


「受かったら?」


「何?」


「梅ジュースで乾杯」


「そこはもう分かった!」


 次回、第51話「合格へのスタートライン」。


 世界一になった二人が挑む。


 タイムでは決まらない、もう一つの勝負。

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