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となりのスタートライン  作者: リンダ


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ただいま、鹿児島

 第41話「ただいま、鹿児島」


 アトランタ・ユースオリンピックが終わった。


 女子100メートル。


 大石早苗、11秒39。


 金メダル。


 男子5000メートル。


 田中直樹、13分17秒62。


 金メダル。


 林田舞。


 女子100メートル、銅メダル。


 三浦拓海。


 男子5000メートル、銅メダル。


 日本代表選手団は、大きな成果と、それぞれの思い出を抱えて帰国の途についた。


 もっとも。


 大石早苗の場合。


 思い出以外の荷物も、かなり増えていた。


 帰国便


 機内。


 直樹が隣の早苗を見る。


「なあ」


「何?」


「荷物、アメリカ来た時より重くなってない?」


「気のせいじゃない?」


「いや、絶対重い」


「金メダル増えたから」


「金メダル一個で何キロ増えるんじゃ」


 早苗は窓の外を見る。


「思い出の重さ」


「便利な言葉で逃げんな」


 前の席から舞が振り返る。


「早苗、お土産何買ったの?」


「いっぱい」


「例えば?」


「梅ジュース」


 舞。


「また!?」


 直樹。


「アメリカまで来て、なんで日本由来の飲み物増やして帰るんじゃ!」


 早苗。


「アメリカで買ったからアメリカ土産」


「理屈がおかしい!」


 三浦が後ろから笑う。


「田中、もう諦めた方がいいぞ」


「何をですか?」


「梅ジュースとの共存」


「そこまでの問題になってるんですか!」


 日本到着


 長いフライトを終え、日本代表選手団が空港へ到着した。


 到着ロビー。


 ものすごい数の報道陣。


 テレビカメラ。


 記者。


 ファン。


 金メダルを首から下げた早苗と直樹が姿を見せると、シャッター音が一気に鳴り響いた。


「大石選手!」


「田中選手!」


「おめでとうございます!」


 早苗は目を丸くする。


「うわぁ……」


 直樹。


「すごいな」


「僕、どこ見ればいい?」


「前」


「カメラいっぱいある」


「全部見なくていい!」


 早苗は右。


 左。


 また右。


 完全に挙動不審。


 舞が笑う。


「100メートル決勝より緊張してない?」


「走る方が楽!」


 直樹。


「またそれ言っとる!」


 帰国会見


 日本代表選手団の帰国会見。


 早苗。


 直樹。


 舞。


 三浦。


 それぞれが席へ着く。


 記者から最初の質問。


「大石選手、世界一になって何か変わりましたか?」


 早苗は少し考える。


「荷物が増えました」


 記者。


「金メダルですか?」


 早苗。


「梅ジュースのお土産です」


 直樹。


「そっち!?」


 会見場。


 どっと笑い。


 記者。


「金メダルよりですか?」


「いや、金メダルもちゃんとあります!」


「念のため確認しますが、アメリカへは競技に行かれたんですよね?」


 早苗。


「もちろんです!」


 直樹。


「そういう確認される時点でもうおかしいじゃろ!」


 舞が横で肩を震わせる。


 三浦。


「帰ってきても変わらないな」


 直樹にも質問


 別の記者。


「田中選手、決勝の最後の100メートルで抜け出した瞬間、何が頭にありましたか?」


 直樹。


「ゴールです」


「なるほど」


「あと」


 早苗が横を見る。


「あと?」


 直樹。


「早苗の声がでかすぎて、早くゴールしたかったです」


 早苗。


「また言った!」


 会見場。


 爆笑。


 記者。


「つまり、金メダルの原動力は大石選手の声援?」


 直樹。


「一部は」


 早苗。


「ほら!」


「ただし音量は半分でよかった」


「なんで!」


 記者席。


 さらに笑い。


 鹿児島中央駅


 そして。


 鹿児島へ。


 新幹線が鹿児島中央駅へ滑り込む。


 ドアが開く。


 ホーム。


 巨大な横断幕。


「早苗! 直樹! 世界一おめでとう!」


 早苗。


「うわぁぁぁ!」


 直樹。


「すげぇ……」


 家族。


 クラスメート。


 先生。


 陸上部。


 保護者。


 大勢が待っていた。


 前園。


「世界一ー!」


 上原美月。


「おかえり!」


 迫田。


「金メダル見せろー!」


 福留千鶴先生。


「二人とも、おかえりなさい!」


 早苗は照れながら顔を隠す。


「恥ずかしい!」


 直樹。


「昨日あれだけ世界中の前で梅ジュース叫んどいて、今さら何言うとん!」


 早苗。


「それとこれは別!」


 腹を押さえる人たち


 早苗はふと気づく。


 何人かが。


 腹を押さえている。


「……みんなどうしたの?」


 陽斗。


「姉ちゃんのせい!」


 早苗。


「僕!?」


 裕美。


「昨日みんな整骨院送り!」


 直樹。


「何したんだよおまえ!」


 早苗。


「アトランタにいたじゃん!」


 優樹菜。


「インタビュー!」


 早苗。


「インタビュー?」


 翔太。


「梅ジュース!」


 早苗。


「なんで梅ジュースで整骨院行くの!?」


 美紀。


「笑いすぎ!」


 早苗。


「えぇ!?」


 直樹。


「おまえ、競技より被害広げとるやん!」


 早苗。


「僕、走っただけだよ!」


 前園。


「走った後が長すぎたんだよ!」


 学校関係者。


 大爆笑。


 日常へ戻るはずだった


 帰国後。


 早苗と直樹は数日間、取材や学校での報告会をこなしながら、少しずつ日常へ戻っていった。


 しかし。


 まだ終わっていなかった。


 日曜日の朝。


 全国放送の人気スポーツ情報番組。


 一週間のスポーツを振り返り、活躍した選手へ「喝」や「あっぱれ」を送る名物コーナー。


 番組冒頭。


 司会者。


「今週は、まずこの二人でしょう!」


 大型モニター。


 大石早苗。


 田中直樹。


 金メダル姿。


 スタジオ。


「これは文句なしのあっぱれですね!」


「あっぱれ!」


 出演者が札を上げる。


 女子100メートル決勝


 映像。


 号砲。


 早苗。


 エマ。


 ケイラ。


 舞。


 100メートル。


 11秒39。


 実況。


「大石早苗! 世界一!」


 スタジオ。


「すごいですねぇ」


「高校一年生ですよ」


「11秒39ですか」


「これは本当に見事です」


 早苗の実家。


 大石家。


 家族全員で番組を見ていた。


 父。


「またやってるな」


 美紀。


「今度は普通に終わってほしいね」


 翔太。


「無理じゃない?」


 陽斗。


「絶対インタビュー流れる」


 全員。


 嫌な予感。


 その予感は当たった


 映像。


 レース後。


 早苗。


「ぷはぁ~! 走った後のこの一杯、たまらんねぇ」


 直樹。


「酔っぱらったオヤジかよ!」


 スタジオ。


 一瞬停止。


 司会者。


「……梅ジュースですよね?」


 解説者。


「はい」


「高校一年生ですよね?」


「はい」


 スタジオ。


 爆笑。


 大石家。


「来たぁ!」


 翔太。


「またこれ!」


 美紀。


「もう腹筋治ってないのに!」


 梅ジュースガール再放送


 続いて。


 決勝8人で梅ジュース乾杯。


 ケイラ。


「I'm the ume juice champion!」


 早苗。


「そこ誇るところ!?」


 スタジオ。


 ドカン。


 司会者。


「何の大会ですかこれ!」


 出演者。


「梅ジュース選手権になってますよ!」


 別の出演者。


「でも本当にみんなおいしそうに飲んでますね」


「世界へ梅ジュース広めてますからね」


 テロップ。


「新たな異名 梅ジュースガール」


 さらに。


「腹筋クラッシャーガール」


 スタジオ。


「異名増えすぎ!」


 優勝インタビュー


 そして。


 問題の映像。


 インタビュアー。


「What was your first thought after realizing you were champion?」


 早苗。


「……Ume juice.」


 スタジオ。


 爆発。


「ぶははははは!」


 司会者が机を叩く。


「金メダル取って最初に梅ジュース!?」


 解説者も笑いをこらえられない。


「でも、これが大石選手らしさなんでしょうね」


「レースは世界一、インタビューは自由すぎる!」


 続いて5000メートル


 男子5000メートル決勝。


 直樹。


 キプトゥー。


 三浦。


 ラスト100。


 直樹が抜け出す。


 13分17秒62。


 金メダル。


 スタジオ。


「あっぱれ!」


「これも見事ですね」


 だが。


 再び優勝インタビュー。


「最後の100メートル、何を考えていましたか?」


 直樹。


「早苗の声で耳を壊される前にゴールしたかったです」


 スタジオ。


 第二次爆発。


 司会者。


「彼女の応援から逃げて世界一!?」


 出演者。


「そんな金メダルの取り方ある!?」


 全国規模の腹筋被害


 日曜朝。


 全国各地。


 家庭。


 喫茶店。


 スポーツジム。


 理髪店。


 病院の待合室。


 道の駅。


 ホテルの朝食会場。


 あちこちで。


「ぶはっ!」


「何この子!」


「梅ジュース!」


「彼氏も面白い!」


 笑いが広がる。


 SNS。


「朝から腹筋持っていかれた」


「世界一のスプリンターが一番好きな飲み物を世界に布教してる」


「田中君のツッコミ速度も世界レベル」


「早苗ちゃん、11秒39よりボケの初速が速い」


「腹筋クラッシャーガール、名前通りだった」


 そして。


 翌月曜。


 全国の整骨院。


 ある受付。


「今日はどうされました?」


「昨日テレビ見て笑いすぎて……」


 受付。


「もしかして大石選手と田中選手ですか?」


「はい」


 受付スタッフ。


「今週それ多いんです」


 患者。


「全国ですか?」


「全国だと思います」


 鹿児島の整骨院


 もっと深刻だった。


 なにしろ地元。


 患者A。


「パブリックビューイングで一回やって」


 患者B。


「帰国会見でまたやって」


 患者C。


「昨日の番組で三回目です」


 施術スタッフ。


「再発してるじゃないですか!」


 待合室テレビ。


 スポーツニュース。


「梅ジュースガールこと大石早苗選手は――」


 受付スタッフ。


「テレビ消して!」


 患者たち。


「間に合わん!」


 また笑う。


「痛い!」


「治療中!」


「笑わせんで!」


 整骨院スタッフ。


「もう院内で大石早苗禁止!」


 学校


 月曜日。


 早苗と直樹が教室へ入る。


「おはよう」


 一瞬。


 静か。


 前園。


「来たぞ」


 迫田。


「腹筋クラッシャーガール」


 早苗。


「誰が!」


 美月。


「全国規模になったらしいよ」


「何が?」


「腹筋被害」


 早苗。


「え?」


 直樹。


「ニュース見てないん?」


「寝てた」


「本人だけ知らん!」


 福留先生が教室へ。


「大石さん」


「はい」


「今週はあんまり面白いこと言わないでね」


「なんでですか!」


「先生もまだお腹痛いから」


 教室。


 大爆笑。


 早苗。


「僕、普通に生活しちょるだけじゃん!」


 直樹。


「それでこれなんじゃ!」


 放課後


 陸上部。


 久しぶりの鹿児島高校のグラウンド。


 早苗はスタートラインへ。


 直樹はトラックへ。


 有馬監督。


「今日は軽め」


 二人。


「はい」


 世界一。


 金メダリスト。


 全国区の人気者。


 梅ジュースガール。


 腹筋クラッシャーガール。


 いろいろな名前がついた。


 でも。


 グラウンドへ戻れば。


 ただの高校一年生だった。


 練習を終え。


 ベンチ。


 早苗。


「直樹」


「何?」


「梅ジュース飲む?」


「飲む」


 早苗。


「世界に広まったね」


「何が?」


「梅ジュース」


「そこなんじゃな」


 早苗は満足そうに笑った。


「やっと僕の使命が果たされた」


 直樹。


「おまえの使命は100メートルじゃ!」


 グラウンド。


 また笑い声。


 世界一になっても。


 鹿児島へ帰っても。


 二人の毎日は。


 やっぱり、いつもの調子だった。


 次回予告


 第42話「世界一でも、授業は待ってくれない」


 アトランタから帰国。


 金メダル。


 表彰。


 取材。


 全国放送。


 しかし。


 月曜日。


 福留先生が教卓へ置いたものは。


 大量のプリント。


 早苗。


「……何これ」


 福留先生。


「休んでいた分の課題」


 直樹。


「現実来た」


 早苗。


「世界一になったのに!?」


 福留先生。


「世界一でも高校一年生です」


 早苗。


「金メダルで免除とか」


「ありません」


 直樹。


「即答」


 さらに英語の授業。


 川原美咲先生。


「大石さん、アトランタで英語は役に立ちましたか?」


 早苗。


「はい!」


「何を一番使いました?」


 早苗。


「Ume juice.」


 直樹。


「単語一個やん!」


 教室。


 腹筋再崩壊。


 福留先生。


「だから今日は笑わせないでって言ったでしょ!」


 次回、第42話「世界一でも、授業は待ってくれない」。


 金メダルより重いもの。


 それは。


 休んでいた分の課題だった。

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