初デートは何をする?
第24話 初デートは何をする?
正式に付き合い始めて、数日。
大石早苗と田中直樹には、思わぬ問題が発生していた。
「デートって、何すると?」
昼休み。
一年三組の教室で、早苗が真剣な顔をして聞いた。
直樹は弁当の箸を止める。
「俺に聞くな」
「彼氏じゃん」
「彼氏になったら急にデート指南書が頭に入るわけじゃなか」
「役に立たんなあ」
「採用したのおまえじゃろ!」
前園健吾が後ろから笑う。
「映画とか行けばよかじゃん」
上原美月も会話へ加わる。
「ショッピングとか」
川畑莉奈も言う。
「カフェとか、景色のいいところとか」
早苗は指を折りながら考える。
「でもさ、映画は前にも一緒に見たことあるし」
「買い物も行ったことある」
直樹も続ける。
「平川動物公園も行った」
「ホークス戦も一緒に見る」
「鉄道も一緒に乗る」
「梅ジュースも一緒に飲む」
美月が二人を交互に見る。
「じゃあさ」
「うん」
「今まで全部デートだったんじゃない?」
二人が固まった。
「……」
「……」
健吾が吹き出す。
「気づくの遅っ!」
早苗が慌てる。
「いやいや、あれは幼なじみとしてじゃん!」
「今ならデートになるってことじゃろ」
直樹も腕を組む。
「確かに、付き合う前と付き合ったあとで、行く場所自体は変わらんかもしれんな」
莉奈が笑う。
「じゃあ、今まで行ったことないところにすれば?」
早苗が身を乗り出す。
「例えば?」
「プラネタリウムとか」
早苗の目が輝いた。
「それよか!」
直樹は少し嫌な予感がした。
「何で急にテンション上がった?」
「ロマンチックじゃん。星空。音楽。暗い空間。彼氏と彼女」
「最後だけ急に意識しすぎじゃろ」
「行こうよ」
「まあ、よかけど」
こうして。
二人の正式交際後、最初の「これはデートです」と本人たちも認識している外出先は、鹿児島市内のプラネタリウムに決まった。
初デート当日
土曜日。
早苗はいつもより少しだけ時間をかけて髪を整えた。
鏡を見る。
「よし」
前髪。
問題なし。
寝ぐせ。
なし。
サイヤ人。
今日は不在。
「完璧」
玄関へ向かうと、母・美紀が娘を見る。
「あら」
「何?」
「今日はずいぶん髪、気合い入っちょるね」
「普通だよ」
「デート?」
早苗の足が止まる。
「……うん」
言ってから顔が赤くなる。
美紀は少し笑った。
「直樹君?」
「他に誰がおっとよ」
「分かっちょるよ」
兄・翔太がリビングから顔を出す。
「初デート?」
「一応」
「今まで何回二人で出かけたん」
「そいは幼なじみ時代!」
「境界線が分からんな」
「僕も最近分からん!」
弟・陽斗まで笑う。
「付き合ったら全部初デート扱い?」
「今日が正式な一回目!」
早苗は逃げるように玄関を出た。
田中家の前へ着く。
直樹はすでに外で待っていた。
「おはよう」
「おはよう」
早苗は直樹の服を見る。
「今日ちょっとちゃんとしちょるね」
「初デートって聞いたから」
「僕も」
二人は少しだけ照れる。
しかし。
五秒後。
「直樹、髪そこハネちょる」
「え?」
「右」
「どこ」
「そこじゃない」
「分からん」
早苗は背伸びして直樹の髪を直そうとする。
「高っ!」
「早苗が届いてないだけじゃ」
「しゃがんで!」
「はいはい」
直樹が少し膝を曲げる。
早苗が髪を整える。
「よし」
「彼女っぽいな」
直樹が何気なく言った。
早苗が止まる。
「……今さら言う?」
「何が」
「そういうこと急に言うの反則」
「俺、普通のこと言っただけじゃが」
「乙女心に不意打ち入れるな」
「おまえの乙女心、どこに地雷あるか分からんな」
「踏んだら爆発するよ」
「そいは知っちょる」
二人は笑いながら歩き出した。
プラネタリウム
館内へ入ると、早苗はすぐにテンションが上がった。
「直樹、見て!」
「まだロビーじゃっど」
「ポスター!」
「星の写真じゃな」
「綺麗じゃん」
「確かに」
上映時間が近づき、二人はドーム型のホールへ入った。
照明はまだ明るい。
早苗と直樹は中央寄りの席へ並んで座る。
早苗は落ち着かない。
「これ、暗くなるんだよね」
「プラネタリウムじゃっでな」
「ロマンチックじゃん」
「今日何回目ね、その言葉」
「デートだから」
「分かった分かった」
やがて。
館内の照明がゆっくり落ちていく。
天井いっぱいに夜空が広がった。
早苗の声が小さくなる。
「うわぁ……」
鹿児島の街中では見えにくい、無数の星。
ゆっくりと流れる静かな音楽。
解説員の穏やかな声。
「綺麗……」
早苗は天井を見上げたまま、自然に笑った。
隣に直樹がいる。
そのことまで、少し特別に感じる。
「直樹」
小声で呼ぶ。
返事がない。
「直樹?」
早苗は横を見る。
直樹は目を閉じていた。
「……」
早苗は少し待つ。
「直樹」
反応なし。
呼吸が規則正しい。
「まさか」
上映開始から、まだ三分ほど。
直樹。
完全に夢の中だった。
早苗の眉がぴくっと動く。
「おい」
小声。
反応なし。
「直樹」
もう一度。
反応なし。
早苗は唇を尖らせる。
「初デートのプラネタリウムで寝る彼氏がおるか」
直樹は眠ったまま。
早苗は起こそうか迷った。
しかし、周囲は静か。
さすがに大声は出せない。
「……まあいいか」
早苗は再び星空を見る。
数分後。
直樹の頭が少しだけ傾いてくる。
こつん。
早苗の肩へ乗った。
「……」
早苗の顔が赤くなる。
「何これ」
怒るべきか。
喜ぶべきか。
悩む。
結局。
「まあ……これなら許す」
小さくつぶやき、そのままにした。
天井では天の川が流れている。
直樹は爆睡。
早苗は星空を眺める。
初デートらしいのか、らしくないのか。
微妙なところだった。
上映終了
約四十分後。
照明がゆっくり明るくなる。
直樹の目が開いた。
「……」
早苗は腕を組んでいる。
「おはようございます」
「……寝てた?」
「開始三分」
「そんな早く?」
「僕が一番聞きたい」
直樹は顔を押さえる。
「静かな音楽と暗さが……」
「最高の睡眠環境だった?」
「めちゃくちゃ気持ちよかった」
「感想それ?」
「星、綺麗じゃった?」
「僕に聞くな!」
周囲の観客がちらっと二人を見る。
早苗は声を抑える。
「僕さぁ、今日ちょっと期待しちょったんだよ」
「何を?」
「星見ながら、『早苗、綺麗じゃな』とか」
「うん」
「『でも星より早苗のほうが』とか」
直樹が真顔になる。
「そげな台詞、俺が言うと思っとった?」
早苗が止まる。
「……思ってない」
「じゃろ」
「でも少し夢見させてよ!」
二人はホールを出た。
ロマンチック終了、漫才開始
ロビーへ出た瞬間。
早苗は完全にいつもの調子へ戻った。
「直樹」
「何ね」
「初デートの採点する」
「また査定?」
「百点満点」
「はい」
「待ち合わせ。十点」
「満点?」
「まあ」
「髪ハネてたから減点?」
「そこは僕が直したからプラス」
「彼女補正?」
「そう」
「次は?」
「プラネタリウム入場。十点」
「普通に入っただけじゃ」
「問題はここから」
「はい」
「上映開始三分で寝る」
早苗は大きくバツを作る。
「マイナス五十点!」
「でか!」
「初デートだよ!」
「昨日練習きつかったんじゃ!」
「僕も練習した!」
「早苗は短距離じゃろ」
「短距離を舐めんな!」
「舐めちょらん!」
「しかも僕の肩で寝た!」
「そいは」
直樹が少し止まる。
「すみません」
「……」
早苗も止まる。
「そこは」
「何」
「プラス二十点」
「何で?」
「彼氏っぽかったから」
直樹が顔を赤くする。
「基準めちゃくちゃじゃな」
「乙女の採点は複雑なの」
「最終点数は?」
早苗は指を折って計算する。
「マイナス十点」
「結局赤点じゃが!」
早苗は笑う。
「追試ね」
「何すれば合格?」
「次のデートで寝ない」
「そこだけ?」
「あと梅ジュース奢る」
「結局梅!」
周囲を歩いていた人が思わず笑う。
直樹はため息をつく。
「ロマンチックなデート、どこ行ったとよ」
「プラネタリウムの中に置いてきた」
「星と一緒に?」
「直樹のいびきも」
「いびきかいてた!?」
早苗はにやりとする。
「ちょっとね」
「嘘じゃろ」
「ふごっ、って」
「やめろ!」
「星空の下で、ふごっ」
「再現すんな!」
早苗は腹を抱えて笑う。
「もう無理!」
「俺も恥ずかしか!」
二人はロビーの端で笑い続けた。
帰り道
プラネタリウムを出ると、外は夕方だった。
早苗はまだ時々思い出し笑いをしている。
「そんなに笑うことか」
「初デート開始三分爆睡」
「一生言われそうじゃな」
「もちろん」
「付き合ったの後悔しちょらん?」
直樹が冗談っぽく聞いた。
早苗は少しだけ歩みを緩めた。
「してないよ」
「即答じゃな」
「だって」
早苗は直樹の横へ少し近づく。
「寝るくらいなら、直樹らしいじゃん」
「褒められちょる気がせん」
「でも」
「うん」
「肩に頭乗せてきた時は、ちょっと嬉しかった」
直樹の顔が赤くなる。
「寝ちょったから覚えてない」
「そいが腹立つ!」
早苗は直樹の腕を軽く叩く。
「次は起きてやって」
「起きて肩に頭乗せるの?」
「僕が乗せるの!」
言ったあと。
早苗自身が顔を赤くした。
直樹は少し笑う。
「次な」
「うん」
二人は並んで歩いた。
正式に付き合ったからといって、急に恋愛ドラマの主人公になるわけではない。
ロマンチックな星空の下ですら、直樹は三分で寝る。
早苗は上映後に採点を始める。
そして最後は、いつもの漫才。
でも。
昨日までと違うことが一つだけある。
笑ったあと。
二人の距離が、少しだけ近い。
それで十分だった。
次回予告
第25話「世界へ行くための英語」
初デートを終えた早苗と直樹に、日本陸連の語学・国際マナー研修の日がやってくる。
東京には再び、舞、聡子、三浦をはじめとするユースオリンピック日本代表が集合。
英語研修では、空港、ホテル、競技場、選手村を想定した実践会話に挑戦する。
「Could I have some water, please?」
順調に進む早苗。
しかし飲み物の注文になると、
「Do you have ume juice?」
講師、沈黙。
舞、爆笑。
一方、直樹は鉄道好きの知識を発揮し、アトランタの公共交通について質問攻め。
「競技場へ鉄道で行けますか?」
「研修の目的変わっちょるが!」
さらに国際マナー講習では、他国選手との握手や挨拶を練習。
早苗と直樹がペアになると、なぜか周囲から、
「日本代表のカップル実演!」
と拍手されてしまう。
次回、第25話「世界へ行くための英語」。
言葉が違っても、笑顔とツッコミはたぶん通じる。




