一章 8 美月のパンティが世界を救う
「ここは?痛っ……」
よくわからない機械から管が繋がっている。
ティッティッティッ——
永遠に同じリズムで鳴っているなにかの音。
タタタタッ
誰かの足音が聞こえる。
ピンク色のカーテンに僕は包まれた部屋に寝ている。
「あらっ?目を覚ましたわよ?看護師さん?獅子丸ちゃんが目を……」
(ママか?どっか行っちゃった……?)
「獅子丸がねぇ、こんなにワンパクだったとはねぇ……」
(パパの声……なんか寂しそう?)
ゆっくりと目が開いていく……
慌ただしく誰かが動いている……
「パパ……」
「今日はパパかっ!最近はパパって言ったり、ゆるふわ親父って言われたり、色々だったからなぁ」
(龍馬さんめ)
相変わらず口が悪いことだけはわかり、お陰で意識がハッキリしてきた。
パパはそっと僕の髪を撫でた……
「獅子丸は……結構慕われてたんだな」
(えっ……僕は……)
「さっきまでクラスメイトかな?ああ、豪樹くんもロビーにいてくれてたよ、幼稚園から友達だった」
「担任の先生はまだ下に——」
パパが言いかけたその時、看護師さんのような人が入ってきた。
「お父さんですか?獅子丸くんの状態の説明をしたいと、先生が呼んでます、一度こちらへ」
そう言うと、パパは僕の髪を撫でていた手が、名残惜しそうに離れていく。
「父さんは、少し嬉しかったんだ、不謹慎だけどね」
「男の子に……なったんだね——」
「!?」
「えっと、看護師さん私はどちらへ?あっはい。伺います、それで容態は——」
身体?動く……起き上がれる……
「僕は……なにも……」
次に意識が追いついた時には、病院の屋上に立っていた。
スマホを開くとそこには、僕の知らない『僕』がいた。
【獅子丸、大丈夫なの?】
【芝岡ざまぁ、変態を退治した】
【あいつ、一人でこの作戦?神すぎね?】
と、グルチャは彼の噂で一杯になっている。
ピカピカと点滅を繰り返す大きな建物。
たまに通る車。
そして死刑囚だった龍馬さん……
「ここにいたんだ?」
「!?」
振り向けない。先生だ……
身体に力が入っているのが、わかる。
「下は大騒ぎよ〜?」
「君を探して」
近づいてくる……僕は……なにも
「!?」
柔らかい感触。
腕?違う。
暖かい。
抱きしめられてる?
「君は今回……」
「凄いことをしたのかも……」
「騙されちゃったよ。いきなり視聴覚室へ連れて行かれたから」
「でも、先生にも……私、にも」
「今度は先に教えて……ねっ!獅子丸くん」
僕の手にゆっくりと、先生の手が移動していく。
「さっ、戻ろうか」
手を引かれ、病室へ戻った。
◇
五月十三日 土曜日。
「おっ?梨恵ちゃん、今日も可愛いねぇ、どう?二階の食堂で一緒にコーヒーでも飲まない?」
「あなたはまだ、子どもでしょ?看護師をナンパしまくらないで下さい!」
「いやいやいや、もう自分大人っすよ?それをわかってもらうための食堂じゃないですか〜」
「もう、寝てなさい!あとで先生来ますから!」
そう言うと、梨恵ちゃんは、出ていってしまった。
スマホのボイスメモを見ると、一件の録音があった。
『龍馬さん!痛いのは僕の担当ってことで、いいですか?』
「あら〜怒ってるねぇ、早速」
『なにをしたかも、だいたいラインで確認しましたよ、ニュースも芝岡が流れまくってます』
それから獅子丸の文句が永遠と続いたが、やがて止まった。
『僕は今……あなたのような、力が欲しい』
そこで録音は途切れた。
スマホを持つ親指が、削除ボタンの上で止まる。
「力ねぇ……」
数秒間画面を見つめたあと、録音を消した。
◇
同日 午後一時
一階デイルームには、数名の患者、家族や、看護師が、所々に点在している。
目の前には大きな庭園が丁寧に手入れされ、美しさを保っていた。
「尊、悪いな」
「あれ?盗撮魔って呼ばないの?」
「もう仲間だし、今回のプランは尊ありきだったしな」
「そうか、割と気にっていたんだけどな。盗撮魔」
「なっ、変わってんな」
尊はソファへ腰を下ろした。
「それで?」
「あと三十分待て、あと例のものは?」
「バッチリだよ!」
尊は膝に置いた鞄を二度叩き、得意げにニヤついてる。
顔だけ見れば、証拠品を隠し持つ立派な懲役者だな。
◇
午後一時十五分。
「獅子丸くん」
澪が静かにやって来る。
「呼び出して悪かったな」
「ううん」
澪は獅子丸の向かいへ座った。
尊は何も言わず、スマホをいじっている。
「身体大丈夫?」
「ああ、頭は他の場所より血が大げさに出やすいんだ」
「今回の事件、あの、なぜ?」
(澪……そう、もう一つの呪縛、ほどいてやる)
澪は膝の上で両手を重ね、俺様の目を窺っている?理由を聞くことさえ、迷惑なのではないかと遠慮している顔だった。
「ガッハッハッハ!事件?まだ終わってないから呼んだんだ」
「俺様の凄さを今日も見せてやろー!」
「ちよっ!獅子丸くん!」
澪は目を驚き辺りを一瞥すると、皆こちらを見ている。
奥にいた看護師が、口に人差し指をあてていた。
◇
午後一時五十五分。
デイルームの入口で、一人の少女が立ち止まった。
「水樹!こっちだ!」
澪の表情が強張る。
水樹は空いている席を見回したあと、一度だけ澪の横へ視線を向けたが、迷いを振り切るように歩き出し、その隣へ勢いよく腰を下ろす。
澪は水樹のいる反対へ視線を落とした。
「水樹、一つ聞くぞ」
「……なに?」
澪と水樹が互いを見ようともしないことを確認し、俺様はわざと声を張った。
「澪から聞いたぞ。お前、パパ活やってるらしいな」
「は?」
「ちょっと、私、そんなこと言ってないよ!」
怒りに任せて立ち上がった水樹の隣で、澪も必死に首を横へ振っている。
二人とも、互いの言葉を確かめるより先に俺様へ食ってかかった。
パァンッ!
「いったぁ!」
水樹の平手が獅子丸の頬へ飛んだ。
「おいおい!俺、怪我人なんだけど!」
「獅子丸にだけは、そんなこと言われたくない!」
獅子丸は赤くなった頬をさすりながら笑う。
「まあまあ、話をきけ」
「じゃあ何なのよ!」
「聞くより見るほうが、中学生には早い、尊!」
「用意出来ている」
尊は携帯用のモニターデッキを開いた。
「本当は墓場まで持っていこうと思ってたんだけどな」
「なんで?」
「見りゃ分かる」
尊がモニターデッキをテーブルの中央へ置く。澪と水樹は距離を空けたまま、同じ小さな画面へ顔を向けた。
動画が再生されると、女性のスカートから見える下着が映像に現れる。
「ちょっ、おまっ、なに見せられてんだよ」
水樹が恥ずかしそうに目を逸らした。
「シッ」指を口元へおき、黙らせた。
『どっちが割った?』
「!?……芝岡?」
澪は目を背けたまま、じっとしている。
『……分かりません。ティックトックの動画を撮っていて咄嗟だったので、でも、水樹だけが悪いわけじゃありません。私かもしれません』
水樹のテーブルの上で、握られていた指がゆっくりとほどけた。
『外で待ってろ、次、水樹さん呼んで』
「失礼しまーす」
『澪は、お前が勝手に騒いでガラスを割ったと言ってるが、どうなんだ?』
水樹の顔から血の気が引いた。画面と澪を交互に見たあと、掠れた声が漏れる。
「……嘘」
澪は顔を上げられないまま、制服の裾を握っている。
「澪、一度も……私を裏切ってなかったの?」
『あの子はさっきも言った通り、死刑囚の娘だからなぁ』
芝岡が話終わったそこで、尊に合図し、再生を止めさせた。
「——芝岡はな、取調べでよく使う手口を使ったんだ。共犯を別々の部屋へ入れて、『相手はもうお前のせいだって話したぞ』と嘘をつく。すると人間ってのは不思議なもんで、『あの時様子がおかしかった』『もしかしたら本当に俺を売ったのかもしれない』って、自分で勝手に辻褄を合わせ始めるんだ……それは大人でも抗うことが難しいんだよ」
「心理学では、記憶や思い込みを利用した誘導の一種!」
「芝岡は、その思い込みを利用した。お前らは裏切られたんじゃない。裏切られたと思わされたんだ。だからあいつは、お前らを絶対に二人きりで話させなかった」
水樹は俯き震え、澪も黙っている。
開いた窓から暖かな風が入り、止まったモニターの横に置かれた紙コップを小さく揺らした。
「だから、二人とも悪い!」
二人の視線がこちらへ集まる。
「どっちが正しいと、自分の正義をぶつけるより、お互いが悪者になると、人は手を取り合える」
「水樹は、腹いせで一軍の立場を利用して吹聴」
「澪も他人任せで、自分で誤解を解こうとしなかった」
水樹は唇を噛み、膝の上で握った拳を見つめていた。澪も俯いたまま、制服の袖口を何度も指でなぞっている。
水樹は何度か口を開きかけたが、そのたびに言葉を飲み込んだ。やがて一度だけ深く息を吸い、澪へ身体を向ける。
「澪……ごめん」
水樹は震えながら、俯き言った。
「私の方こそ……信じられなくなっていた……ごめんね、水樹ちゃん」
澪は膝の上から手を持ち上げ、二人の間へそっと置いた。水樹はその手をしばらく見つめていたが、やがて震える指を重ねる。二人は何も言わず、離れていた時間を埋めるように手を握った。
そのやり取りを腕を組んで、ニヤついて見ている俺様と、安堵して見ている尊がいた。
◇
しばらくして、水樹は澪の手をそっと離し、目元を拭いながら尊へ向き直る。
ゴンッ!
「いってぇ!」
水樹が尊の頭を叩いた。
「つーか、こんなの持ってんなら、もっと早く出せ!」
「無茶言うな!」
尊も負けじと怒鳴る。
「美月先生の下着盗撮してた映像なんだぞ!?こんなの出せるか!」
「……それは」
獅子丸が腕を組みかえる。
「まぁ、ごもっともだな!盗撮魔に罪はねえな」
「ごもっともじゃねーし!」
水樹が即座に突っ込み澪は思わず吹き出している。
笑い声につられ、水樹も少しだけ笑う。
「ところで」
澪と水樹は獅子丸を見る。
「これ……あんたも見たの?」
「いや」
獅子丸は一瞬だけ視線を逸らした。
「まぁ……調査でな」
「いや、調査だからいいだろ?」
「「良くない!」」
「こんなどスケベ放っておいて、行こ!澪」
「うん。じゃあね。獅子丸くん」
二人は手をつなぎ、デイルームを出ていった。
俺様の知らない、澪の大切な友達。
「尊!」
尊の肩をガッチリ掴む。
「男同士、他のも見るか!」
「えぇ!?」




