一章 9 番台のアルバイター溝口
五月十五日 月曜日
「ってわけでな?俺のところにも刑事が二人来たってわけよ」
パイナップルこと豪樹が前のめり気味に話していた。
「まぁ私は張本人だからその日だったけど、めっちゃ時間かかった、獅子丸は?」
「あ?おお、昨日来た!とりあえず知らねって言って終わった」
そう答えながらも、今朝の獅子丸のボイスメモが頭をよぎる。
【龍馬さん、今度は警察の対応は僕ですか?】
【一応必死で捕まえようとして覚えてないけど刺そうとはしてませんと言われた通り言っておきましたけど、事前に言って下さい!じ・ぜ・ん・にー!】
(あは〜めっちゃくちゃ怒ってたなー獅子丸)
「全部映ってからね〜水樹はカットされてたけど」
優希は、椅子を後ろへ傾けながらガムを噛みながら言った。
「あっそうだ!みんなコレ」
尊は周囲を確認してからみんなへ封筒を渡した。
中を見ると、二十万くらい入っている。
「え〜!あんたコレどうしたの?」
水樹が立ち上がって、尊に言い、続けて澪も、「こんなのもらえないですよ、尊さん、私、施設だし」と言っている。
「いや、映像の使用許諾でもらった……あっ大丈夫だよ。僕らが関わっているってバレないように海外のサーバー経由で流していたから」
「……ってことは?」
澪の机を囲むように集まっていた五人が、一斉に尊を見た。
尊は小さく頷く。
「うはー!超俺ら金持ちじゃん!」
豪樹が封筒を掲げて立ち上がった。
「任天堂買えるぞ!」
「アタシ、欲しい服あったんだよねー」
優希は封筒を胸に抱え、その場で軽く跳ねた。
「澪、澪の分は施設に持ち帰れねーなら、俺様が預かっておいてやるよ。使う時は言え」
「えぇ……もらっちゃっていいのかなぁ、私は——」
「はいはい!それ以上言わない!」
水樹は澪の封筒を押し返した。
「これで、私たちも一緒に服でも買いに行こ!」
「うっ……うん」
「あれ〜?私もらってないけど?」
教室の入口では、美月が出席簿を片手に、その輪を横目で見ていた。
「えっ?」
「うわっ先生!」
いつの間にか、美月が、封筒を一つ摘まみ上げていた。
「こらっ、こんな大金持ってきちゃダメでしょ?」
「放課後まで、預かりますっ!」
「はあ?」
「ドロボー」
「はいはい」
「人でなし!」
「うふふっ、はい」
「ヤラせてくれ!」
「ん?なんだってー!!」
教室からクスクスと笑い声が聞こえる。
おっ? なんだ?
全員こっち見てるぞ。
「あはっ」
その時、廊下から怒声が聞こえてきた。
「溝口ぃー!返事もらってねーぞ!こらぁー」
他の教室のドアや、壁を蹴飛ばす音が聞こえる。
「やべぇ……」
机の上に座っていた溝口が青ざめていく。
「お前……悠真くんとまだ付き合いあんのかよ……」
「仕方ね〜だろ……」
バァンッ
廊下にいた生徒が慌てて左右へ避けていく。
B組のドアが荒っぽく開けられ、緊張感が教室を支配した。
悠真は気にせず、二人の仲間とズカズカ入ってきた。
「おめぇ昨日までに返事なかったら殺すっつったよな?」
悠真は溝口に歩いていき、胸ぐらを掴んだ。
「いっ、あの……その……」
溝口は美月を見て助けを求めるような目を送った。
呆気に取られていた美月の目に力が入った。しかし、その手が震えている。
(あ〜これ、美月ちゃんには、無理な件だ……)
「き、君、は三年生の朝倉さんね、いきなり教室にきて、な——」
「うるせぇ!てめぇも殺すぞぉ!」
悠真は怒鳴り散らし、美月は止まってしまう。
「死ななきゃわかんねーなら今ここで殺してやるよ!」
悠真はポケットからバタフライナイフを出し、クルクル回して溝口の頬にあてた。
「キャー」
誰かが後退りして机が引きずられる音がする。
「はいっ、そこまで——」
一瞬の出来事だった。
机を飛び越えて、滑るように対象へ踏み込む、犯人の右手首を下からすくい上げ、刃先を溝口の肌から数センチ外側へ泳がせる、それから引き戻そうとするより早く、右手で手首を内側へねじ切る。体幹の回転に連動し、指を強制的に開かせて、骨盤の鋭い回転とともにナイフの柄が男の手の中でクルリと回して、主導権をひっくりかーえすっと……
(あっぶねー、覚えてた……ちょいちょい怪しいとこあったけど……)
あとは、手のひらの付け根を対象の胸骨に押し当てて、斜め上へと突き出すように「重心」を後ろへ押し流すと……
悠真は後ろへバランスを崩し、よろよろとロッカーへ押し出された。
(こっちは完璧——やはり俺様は天才!ブランク関係なし!)
「マジかよっ……はやっ」
「獅子丸くん……どしたの?」
クラスメイトがざわついた。
「——バタフライナイフを使うなら、上下二択。順手で持って下から刺すか、下に刃を出し上から刺すか……」
「こんなのは、実践では所詮玩具——しかしっ」
悠真に投げつける。
ビィィィン……
「きゃっ」
クラスメイトの誰かが悲鳴を上げ目を逸らす。
ナイフは、悠真の横を掠め、ロッカーの上にあった掲示板に突き刺さった。
ゆっくりと近づいて、ナイフを引き抜く。
「うっ、てめっ……」
「ナイフはクルクル回すためにあるものではないぞ?しょーねん!」
「ちっ!」
そう言うと、なんか色々言って出ていった。
美月の元へナイフを持ってゆっくり歩き、右手をそっと持ち上げ、バタフライナイフをポンッと手渡した。
「はい、これも没収でしょ?」
「……えぇ」
「ガッハッハッハ!やはり俺様は天才だー!」
「ばかっ!危なかったじゃねーか!投げんなよ」
「まあまあ、そこは、ほらエンタメってやつ?」
「サーカスやん!どこで習ったの?」
クラスに笑いが戻り、溝口も「ありがとうございました、獅子丸さん」と感謝している。
美月は高笑いしている獅子丸の横顔を見つめた。
(獅子丸くん……)
◇
給食
「えっとー獅子丸さん?」
「うん」
「まず一つ……カースト最下層の尊がなんでここに?」
「ダチだから」
「みんな1個ずつの僕のコロッケを取った理由は?」
「そこにあったから」
尊は無言でコロッケの欠片を箸で集めている。
「あと、一番の謎なんすけど……」
「なんで、水樹の尻を撫でているんすか?」
水樹は尻を撫でる手を一度見下ろした。
「そこにあったから」
「えー水樹と獅子丸さんそんな関係だったんすかー」
「そんな関係?」
「いや、水樹もおかしいだろ?なんも言わねーの」
「アタシは〜良いけど……スル?」
水樹の言葉にその場の空気が凍りついた。
「ところで溝口、朝のアイツ誰なの?」
「いや、野菜炒めはおかわりあるから、取ってきて下さいよ……」
野菜炒めの文句は元気がなかった。
「実は、自分バイト誘われてんすよ……」
「おお、女の子の裸も見れるし、ロリコンのお前にピッタリではないか!」
「ロリ……って獅子丸さん、なんの話をしてんすか?」
「銭湯の番台のバイトだろ?」
溝口は教卓の前にいる美月を一度見ながら小声で話し始めた。
「ちっ、違いますよ……闇っすよ、闇」
「闇?あーあれか、金塊強盗みてーなのするやつだ」
「えぇ……そんな感じっすよ」
「あんなの包茎がやったら一発で捕るぞ?」
「えっ?溝口包茎なの?」
「包茎なんですか?溝口くん?」
水樹と尊が同時に聞いた!
「ほっ、違いますよ……まだ戻りますけど……」
「ぶっ」
思わず吹いてしまい、尊と水樹も大笑いした。
「勘弁して下さいよ、闇バイトの話でしょ?」
「そうそう、なんであんな計画性もないこと、やんの?」
「僕も犯罪だってことくらいわかりますよ」
「わかってんだ?」
「わかんないっすけど、悠真くんも上から言われて来てるんじゃないっすかね」
「ふーん」
溝口の野菜炒めを食べ終わり、椅子を傾けた。
「あー悠真くんのことなら澪の方が、知ってんじゃないっすか?」
溝口はそう言うと、立ち上がり、野菜炒めを取りに行った。
「あ〜ね!確かに!」
「ん?水樹も知ってんの?」
「だって白浦の子だもん。悠真先輩」
「白浦?ああ澪の施設の名前か」
「そそ、先輩は小さい時からいるって聞いたことあるし、澪は悠真先輩のこと悪く言ってたことなかったけどねえ、なりはあんなんだけどねぇ」
「尊、野菜炒め取りに行こーぜ」
「うん」
(闇バイトか……)




