一章 7 本能寺の変態
五月十一日 五時間目
黒板には大きく『安土桃山時代』と書かれている。
教室の窓から吹き込む五月の風が、カーテンをゆっくり揺らした。
「今日の安土桃山時代は中間に出すからな。ちゃんと復習しとけよおー」
先生の声もどこか上の空だった。
そしてチャイムは鳴り一斉にクラスメイトが話し出した。
「ねーなんか今日ドラマの撮影あるらしいよ」
「マジ?どこで?」
「ちょっと見に行かね?」
「よっしゃ、みんなちょい見に行こうぜ」
椅子が一斉に引かれ、教室が騒がしくなる。
クラスメイトが次々と教室を飛び出していく中で、
水樹だけが一度こちらを見た。
ほんの一瞬、小さく頷く。
五分後、クラスメイトは戻ってくる。
「なんだよ〜、ガセかよ。見たかったな〜アイドル」
「誰だよ?AKBいるって言ったヤツは!」
「チッ、時間返せって」
文句を言いながら、クラスメイトは次々と席へ戻っていく。
教室は、いつも通りの六時間目へ戻っていった。
放課後、俺様は盗撮魔のライブ映像を開いた。 画面の中では、水樹が一人、視聴覚室で待っている。
やがて、そこに一人の男が、入ってきた。
「初めての時もここだったね!」
そう言うと男は、水樹の胸を鷲掴みにし、学校机の上に押し倒した。
「今日も撮影させてもらうよ……水樹」
そういうと、立ち上がり、視聴覚室の端にから、一眼レフカメラを三台持ってきて、水樹の周りに設置した。
◇
「美月、今日はおりいって話がある」
「獅子丸さん?美月先生ね!」
「——マジの話だ」
腕時計を一瞥した。あと二分……
美月の顔に近づき、俺様の百五万ドルの顔で見つめる。
「ちょっと……こら、獅子丸さん……やめて」
美月先生は視線を逸らした。
「本気だ。ちょっと来い」
「えっ?獅子丸さん、どこ行くの!」
「防音設備のあるところで、聞いてもらいたい」
「獅子丸さん?」
俺様は、ゆっくりと歩いていく。時間を合わせる。
「あーそうだ!ちょっと気になる友達がいてな。電話するわ」
「こら、校舎の中でスマホは……」
「やめてー」
小さな声が聞こえる。
「えっ?誰の声?」
「おやっ!なんか悲鳴が聞こえたな?美月、こっちだ」
そして無言でドアノブに手を掛けた。
ガチャ――
ドアを開けるとそこには、素っ裸になった芝岡が、手足を縛られた水樹の服を脱がそうとしていた。
美月は息を飲み、 水樹は涙で顔を濡らし、 芝岡だけが、信じられないという顔でこちらを見ていた。
「おや?まあ?あらららら」
俺様は華麗なステップで近づき、芝岡の前に立った。
「これはこれは、ロリコン先生!ご機嫌は如何ですかな?こんな幼気な少女にいたずらしちゃって」
「芝岡先生……何をし……」
美月は跪き、芝岡は、唖然とし動けないでいる。
「あらあらあら水樹ちゃん、今、A級あ……じゃなかった、えっと……僕?僕が助けてあげよぉ」
次の瞬間、十数名のB組とE組の女子生徒が、入り口に集まった。
「きゃー変質者だ!」
「芝岡なにやってんだよ!」
「マジ、変態、キッショッ!」
と、女生徒達の罵詈雑言の雨あられが容赦なく降り注がれた!
「こっこれは……水樹さんが……あの……」
「美月!やることやること!通報は?」
「あっ、はい!すぐに」
美月は、ハッとし、スマホを取り出し通報する。
「嵌められたんだ……私は……嵌められ……」
芝岡は腰から砕け落ち、跪いた。
(ようやく、通報したか、想定より三十秒遅い、誤差?)
「「「マジ、死ーねっ死ーねっ死ーねっ!」」」
女生徒たちの死ね死ねコールが始まった。
止まらないコール。次の瞬間!
ジリリリリリリッ!
ヤバい、誰かがノリで非常ベルまで押した?
バカっそれ以上刺激をすると……
「やめろ!」
咄嗟に言ったが、遅かった。
「うぉぉぉぉぉぉ!」
ガツンッ!
視界が真っ白になった。
足元が消える?床が近い?うっ、コイツ。
しまった、想定外だ、通報を待てばそれで……
ん?力が入らんぞ?おわっ、頭が血だらけだ。
(女子の共感は想像以上に連鎖したか……)
(予定では逃げ出すはずが、コールと警報で冷静さを……うっ)
「どけぇーっ」
芝岡は、半狂乱で怒鳴り散らし視聴覚室の入り口に走り出した。
(そして……俺の役目を果たす!)
「あー胸触られた!」
「いやっ、芝岡が触ったぁー」
「どけっ、お前ら、どけぇー」
裸の芝岡を女生徒が邪魔をする。
危険が大きいぞ。パイナップル……
「行かなくてはならんぞ……」
力の入らない足をバンバン叩き、立ち上がり走って追いかけた。
女子生徒の間を抜けると、さらに逃げていく。
「ちょい、すまん、避けてくれ」
そう言うと、女生徒たちが端に避ける。
(まだ画角だ)
「獅子丸、大丈夫?」
「ああ、問題ない」
『獅子丸くん、あとニメートルくらいで、画角から外れるよ』
耳に付けたワイヤレスイヤホンに盗撮魔から入った。
白い手袋を走りながら左手にはめ、足のもつれた芝岡に飛びかかった。
ぐわぁぁぁ……
ボールペンを左眼に突き刺し、芝岡の耳元で囁いた。
「ほら……お前の名誉を守るためには、鞄のデータを捨て、自害することだけだぜ……どの道もう貴様は、助からん」
「お、おまえ……か……?」
芝岡の肘が左頬へ直撃し、小さな身体はその威力に耐えきれず壁まで吹き飛ばされた。
「痛っ……小さな身体は不便だな……」
全力で逃げていく芝岡を走って追いかけている生徒がいる。
「つっかま〜えた!」
男が飛びかかり、芝岡の上に乗り、力づくで抑えている。
「よくやった……豪樹」
親指を立てて、合図すると、パイナップルも親指を立てると、警察が二人、四人と増えていき、駆けつけて芝岡は逮捕された。
(間に合ったか)
「獅子丸ぅ〜?あんた大丈夫?」
優希が駆けつけてきた。
「おまえパンツ見えてるぞ?みんな履いている黒いの履け」
「あ〜あたし、あれ苦手なんだよねぇ〜大丈夫、大丈夫、見てるの獅子丸だし」
「フィナーレ……見せてあげねーとな?」
「あーね、煽っとくよ!みんなを」
「おいおい、獅子丸、おまえ殴られたのか?」
警察へ引き渡したパイナップルも駆け寄ってきた。
「約束だからな……ちと肩を貸せ」
「ん、ああ良いけど、マジ大丈夫か?」
「ああ、連れてけ」
「また、言い方!」
そう言うと、パイナップルは、そっと抱え上げてくれた。
「みんな〜!最後だよぉ〜芝岡に、エールを送っちゃお〜」
「「「お〜!」」」
校門の前には都合よくマスコミが駆けつけ、既に数十台のカメラが待機し、どんどん増えていった。
「あっ?アタシら映っているよ?」
「えっ?マジ?すごっ!」
「なんか文化祭とかみたいに盛り上がっているね」
「よしっ!最後の仕事しよっ」
「芝岡に極刑くだせー」
「私達の人生返せー」
「こんな非道な先生を世の中に出すなー」
「マジで映っているよ?すごいすごい」
「きゃっマジ?見せて」
「未華子アップじゃん」
芝岡に対する抗議とも言えない罵詈雑言は続いている。
「あっ、言われてたサイトも凄いよ?」
「二百万再生じゃん!まだ伸びてる」
そして得意の百五万ドルの顔を作り、みんなへ言った。
「おらっ、フォロワー集めるチャンスだぞ!」
「自分のも更新したり、動画アップしとけー」
そう言うと、皆一斉にスマホを出した。
「獅子丸すげーじゃん!」
「きゃっ、アタシのフォロワー五百増えてるよ」
「ガッハッハッハ!俺様にかかれば——」
おっ?前が白いぞ?なんだ?コレ
「獅子丸さんっ!」
ムニッ……
ん?柔らかい……?
薄っすらと目を開けると、美月が俺様を優しく……
「思ったより……近くで見ると……いい女……」
「獅子丸さん!獅子丸……獅子丸さん!」




