二章 17 真・山本
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【教師棒倒し】
『さあ! 今年から教師騎馬戦に代わって新設されました、教師棒倒しのお時間でーす!』
「安全性を考慮した結果が棒倒しって、誰が決めたのよ!」
美月先生が赤組側の陣地で頭を抱えている。
『ルールは簡単! 赤白に分かれた先生方が、自軍の棒を守りつつ、相手の棒を先に倒した方が勝ち!』
『なお、殴る、蹴る、関節技、故意の投げ技は禁止! 日頃の恨みは節度を持って晴らしましょう!』
「最後の一文いる!?」
生徒席から笑いが起こった。
校庭の中央には、赤と白の長い棒が一本ずつ立てられている。
赤組には美月先生、学年主任、それに見覚えのある教師たち。
白組には教頭を中心に、体育教師やら数学教師やらが並んでいた。
「美月先生ー! 教頭だけはやれー!」
「主任ー! 去年の宿題まだ恨んでるぞー!」
「体育教師つえーぞ! 逃げろー!」
完全に生徒側は祭りだった。
「……これ、教師の競技だよな?」
「そうだけど?」
豪樹は当たり前のように答えた。
その時、男子席の一角から別の声が上がった。
「山本ー!」
「山本先生、今年も頼むぞー!」
「覚醒しろ山本ぉぉぉ!」
「誰だ、山本って?」
「獅子丸、知らねぇの?」
豪樹が信じられないものを見るような顔をした。
「あそこにいる用務員の山本先生。去年の教師騎馬戦で六騎潰した伝説の男」
「用務員だろ!?」
「普段はな」
「普段はってなんだよ!」
赤組の棒の近くに、五十代くらいの小柄な男が立っていた。 生徒たちから名前を呼ばれるたび、困ったように頭を下げている。
「いやぁ、今年は棒倒しですからねぇ。私は後ろで守ってますよ」
「山本ー! 今年も伝説作れー!」
「無理ですよぉ」
どう見ても、その辺で花壇の手入れをしていそうなオッサンだ。
『それでは先生方、位置についてくださーいっ!』
美月先生がジャージの袖をまくった。
「ちょっとだけ本気出そうかな」
「先生、さっきまでやりたくないって言ってなかった?」
「始まるなら話は別」
(怖ぇよ)
向こうでは教頭が腕を組み、白組の教師たちへ何やら細かく指示を出している。
「美月先生、教頭がめっちゃ作戦立ててるぞ」
「ふーん」
美月先生は教頭を見て、にこっと笑った。
「じゃあ最初にあの人から潰そっか」
「教師の台詞じゃねぇ!」
パンッ!
『スタートォォォ!』
「「「うおおおおおおお!!」」」
笛と同時に、教師たちが一斉に走り出した。
体育教師が先頭で赤組へ突っ込み、その後ろから白組の教師たちが雪崩れ込む。
「美月先生! 右!」
「分かってる!」
小柄な美月先生は正面からぶつからず、乱戦の横をすり抜けていった。
「速っ!」
「先生、あんな動けたのかよ!」
教頭が慌てて前へ出る。
「三日月先生! お待ちなさい!」
「体育祭で待つヤツいる!?」
その横を抜け、美月先生が白組の棒へ向かう。
「三日月先生!」
一人の男の教師が叫んだ。
「ずっと前から好きでしたぁぁぁ!」
「はあああああ!?」
美月先生の足が止まった。
なぜか校庭まで静まり返る。
「今!?」
「今しか言えないと思って!」
「なんで棒倒しで告白すんのよ!」
「「「うおおおおおおお!!」」」
今日一番の歓声が上がった。
『まさかの公開告白だぁー! 教師棒倒し、早くも競技の趣旨が崩壊しております!』
「美月先生ー! 返事はー!」
水樹が両手を口元へ当てて叫ぶ。
「あとで!!」
真っ赤になった美月先生が再び走り出した。
『おっと! その間に白組が赤組の棒へ殺到しているー!』
五人ほどの教師が赤組の棒へ一気に取りつき、棒がゆっくりと傾き始めた。
「赤組やべぇぞ!」
「守れー!」
「山本ー!」
「山本先生ぇぇぇ!」
赤組の棒のそばには、山本先生が一人。
「いやいや、私一人じゃ無理ですよぉ」
困ったように笑っていたが、白組の体育教師が赤い棒へ両腕を回した瞬間、その笑顔が消えた。
「…………」
ゆっくりと腰を落とし、首を左右へ傾ける。
コキッ――コキッ――。
「あっ」
豪樹が立ち上がった。
「入った」
「何が?」
「山本先生、入ったぞ!」
去年を知る生徒たちも一斉に立ち上がる。
「逃げろぉぉぉぉぉ!!」
「何からだよ!」
『出たぁぁぁ! 昨年度教師騎馬戦MVP! 用務員・山本先生が今年も覚醒したぁぁぁ!』
「「「山本! 山本! 山本!」」」
山本先生が白組の教師たちへ向かって歩き出した。
「……は?」
おかしい。
右にいたと思った山本先生が、次には左にいる。
その間にも白組の教師が一人、また一人と赤い棒から引き剥がされていく。
「ちょっ、待っ――」
「山本先生が分身したぁぁぁ!」
「するわけねぇだろ!」
俺にも何をやっているのか分からない。
ただ、山本先生が通った後には白組の教師たちが尻餅をついていた。
「なんだあのオッサン……」
「だから言ったろ! 去年は騎馬を六騎潰したんだよ!」
「用務員だろ!?」
「普段はな!」
最後に残った体育教師が赤い棒へしがみつきながら振り返る。
山本先生と目が合った。
「…………」
「…………」
体育教師が自分から棒を離した。
「なんで諦めたぁぁぁ!」
『赤組防衛成功ー! 山本先生、たった一人で守り切ったぁぁぁ!』
「「「山本! 山本! 山本!」」」
ところが、山本先生は白組の陣地をじっと見ていた。
「……まさか」
次の瞬間、砂埃を上げて白組へ走り出す。
「待て待て待て! 守備だろ!」
『山本先生、そのまま白組陣地へ向かったぁぁぁ!』
「速ぇぇぇぇぇ!」
走っている山本先生の姿が左右にブレて、何人もいるように見える。
「増えてる! さっきより増えてるぞ!」
「だから残像だって!」
「残像でもおかしいだろ!」
「山本先生! 守備! 守備です!」
学年主任が叫んでいるが、山本先生は止まらない。
「山本ー!」
「行けぇぇぇぇ!」
「今年も伝説作れぇぇぇ!」
白組の教師たちが慌てて棒の前へ集まった。
「来るぞ!」
「固まれ!」
「絶対通すな!」
十人近い教師が壁を作ったが、山本先生はそのまま突っ込んだ。
「無茶だろ!」
「「「うわぁぁぁぁぁ!」」」
「は?」
何が起きた?
教師たちが左右へ散ったと思ったら、山本先生はもう白い棒の前にいる。
「瞬間移動しただろ、今!」
「走ったんだよ!」
「走ってねぇよ!」
『山本先生、白組本陣へ到達ぅぅぅぅ!』
山本先生が白い棒へ両手を添えた。
「まさか……一人で倒す気か?」
「山本ぉぉぉぉぉ!」
全校生徒から山本コールが巻き起こる。
「「「「山本! 山本! 山本!」」」」
『傾いた! 傾いたぁぁぁ!』
「嘘だろ!?」
白い棒がゆっくりと傾いていく。
「山本ぉぉぉぉぉ!」
『白組の棒が――倒れたぁぁぁぁぁぁ!!』
「「「「うおおおおおおおおお!!」」」」
地響きのような歓声が校庭を包んだ。
倒れた白い棒の横で、山本先生が静かに両腕を組んでいる。
「……山本先生」
豪樹が呟いた。
「今年も勝っちまった……」
「何者なんだよ、あの用務員」
山本先生は何も答えず、空を見上げた。
「……あれ?」
ぐらりと身体が傾き、そのまま膝から崩れ落ちる。
「山本ぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「……来年は出場禁止にしろよ」




