二章 14 空理空論 DAD TALK
◇
九月十三日 水曜日 午前八時半
優希は母親のコネと父親の弁護で、今朝、児相から出てきた。
しかし家へ戻ってから一度も部屋を出てこず、あろうことか俺様とイチゴ、それにバカな豪樹を呼び出した。
両親とはあれから一言も話していないらしく、俺たちに間を取り持ってほしいとのことだった。
昨日ぶん殴った優希の父親から、
『今回のことは不問にするから、来てもらえないか』
と電話があったので、一度は「結構で〜す」と言って切ってやった。
すると、すぐにまた掛かってきた。
『いや……お願いします』
そこまで言われ、渋々向かうことになった。
(弁護士をぶん殴るとは、コイツも少しは男になったな!)
◇
「優希ちゃん、言われた通りお友だちが来たわよ」
(うわ〜、典型的な猫っ可愛がりだぁ)
「優希、パパ仕事休んじゃったぞ! 心配だからだぞ!」
(逆だ! 逆っ! それを言うな!)
「……」
「優希! 出てこないと、母ちゃんのスカートにもぐって、バター犬ごっこしちまうぞ!」
「ギャハハ! 獅子丸くん、マジッ? イチゴも手伝う?」
「ちょっ! 君っ何を――」
優希の父親がマジで怒り出したところで、ドアの向こうから声がした。
「キモッ!」
ゆっくりとドアが開き、隙間から優希が顔を出した。
「アハハッ! 普通にメイクしてんじゃん! ウケるぅ」
「いや、みんないるならするっしょ」
口ではいつものように返したが、優希の目は誰とも合わなかった。
◇
「みんな、お紅茶でいい?」
テーブルへ湯気の立つ紅茶が並べられた。
誰も手をつけない。
優希は俯いたままソファの端へ腰掛け、豪樹は落ち着かない様子で何度も膝へ手を置き直している。
イチゴだけは壁に飾られた家族写真を眺め、「へぇ〜、優希ちん小っちゃ」と呟いていた。
その空気を断ち切るように、優希の父親が口を開いた。
「今回のことは、親としても本当に申し訳なく思っている」
母親は黙ったまま、小さく頷いた。
「なぜ繁華街へ行くようになったのかも、無理に聞くつもりはない」
「何か困ったことがあれば、遠慮せず言ってほしい」
「今後は止めたりしない。ただ、どこへ行くのか報告だけはしてもらいたい」
要約すると、十分ほどそんな話が続いた。
豪樹は背筋を伸ばしたまま一言も喋らず、イチゴは退屈そうにティースプーンをくるくる回している。
優希だけは、一度も両親を見なかった。
「じゃっ! 俺たちはこれで」
俺が立ち上がると、豪樹とイチゴが同時にこちらを見た。
「えっ? なんで?」
その日初めて、優希が自分から声を出した。
「ん? 俺様たちは、このバカの演説を聞くために呼ばれたんだろ?」
「違う、違うよ」
「だろうな。途中から、このまま何も言えずに終わるって気づいて焦った」
優希の肩がぴくりと揺れた。
「……なんで……それを」
「演説って……君――」
「ストーップ」
口を挟もうとした優希の父親へ片手を向け、そのまま身体だけを優希へ向けた。
「優希。続きを言ってみろ」
「獅子丸……」
「今言わねーと、何も変わらねぇぞ」
優希は俺と両親の顔を交互に見た。
何度か唇を動かしたあと、ゆっくりと口を開く。
「『演説って……君。私はそんなつもりじゃない。まず娘に謝りたかった。それに、我々親が何か重荷になっていたのなら、少しでも寄り添おうと――』」
優希はそこで言葉を止めた。
父親の顔から、さっきまでの勢いが消えていた。
「どうすか?」
俺が父親へ手を向けると、両親は何も言えず、優希の顔を見つめている。
「ほら〜、親になったからって、子どもより頭が良いって盲信してるから〜」
俺はこめかみを指でトントンと叩いた。
「子どもが何も考えてないんじゃねぇよ。考えてることに、大人が追いついてねぇだけだ」
優希がゆっくりと顔を上げた。
両親へ向けた目には、怒りとも悲しみとも違う、今まで飲み込んできたものが浮かんでいた。
「獅子丸……もういいよ……」
「えっ? どの辺から?」
「プッ……バター犬の辺りから?」
優希は口元を押さえながら、少しだけ笑った。
無理に作った笑顔ではなく、吹き出すのを我慢できなかったような顔だった。
「そりゃ、ずいぶん冒頭じゃねーか。明日、学校で待ってんよぉ〜」
「ああ、俺も待ってるぜ! 何も言ってやれなかったけど……待ってるからな!」
豪樹は優希を真っ直ぐ見て言った。
さっきまで俯いていた優希が、一瞬だけ豪樹と目を合わせる。
「……うん」
「優希ちんに久しぶりに会えてよかったよ〜」
イチゴは優希と両手を合わせた。
「イチゴちゃんも、ありがとう」
「私たちを呼んだのも、昨日、獅子丸くんがお父さんをぶん殴ったから、間を取り持たせようとしたんだね。優しい子〜」
そう言うと、イチゴは優希を胸元へ抱き寄せ、ブンブンと振り回した。
「イチゴさん! くるちー!」
「あっ、そうだ。これ、差し入れ」
俺は持ってきた紙袋を優希へ差し出した。
「なにこれ?」
「ボンシャペリーのクローバーパイ。われながら気の利いたギフトだ! ガッハッハ!」
優希は箱に描かれた四つ葉を見てから、俺の顔をじっと見た。
「……わざと?」
「さあなぁ〜」
俺は笑いながら玄関へ向かった。
「優希」
「なに?」
「頭が良いのは病気じゃねぇ。隠し続けて、息ができなくなる方がよっぽど病気だ」
返事は聞かなかった。
玄関の扉を開けると、後ろから小さな声がした。
「……明日、行くから」
「おう。遅刻すんなよ」




