一章 3 ゆるゆる家族とナイフ
「そろそろ朝ごはんにするわよ、準備して」
そう言われたので、俺様は冷蔵庫に向かい、飲み物を取り、ソファに座った。
プシュッ
ゴク、ゴク、ゴク
「くぁ〜、十年以上ぶりだーーー!」
「もう一本持ってくるか」
そう言い、冷蔵庫へ向かうと愛羅が叫んだ。
「獅子丸!あんた、なに飲んでんの!?」
「ママ!獅子丸がビール飲んでる」
「ええ?」
コイツの母親が駆け寄って、ビールの空き缶を確かめている。
「獅子丸……」
部屋の時間が止まる。
俺様としたことが、当たり前のように飲んでしまった。コイツは十三歳だった。
「大人になったのね〜」
「はっ?」
もう、ちょっと前まで小ちゃかったのに、ビールなんて飲めるようになったのねー。
「いや、あの、すまん」
「いいのよ。沢山あるから」
「あっそっすか」
「ママ!獅子丸に甘すぎ!」
愛羅は母親に文句を言いまくっているが、知ったことではない。
そうだ。コイツの親は、そうなのだ。
「ホント、ママはいつも獅子丸に甘いんだから」
愛羅は納得がいかないような顔でソファに、ドサッと座りテレビのリモコンをいじっている。
『今日からたけみっちーなお前』
「そういえば獅子丸ちゃん」
「昨日買ったブルーレイ、こんなやつだったわよね」
コイツの母親が作った料理を並べながら、こちらを向いて言った。
「ん?」
「ほら、それ」
姉もテレビの画面を見た。
「えっ、東リベ」
「そうそう。昨日ブック・オフで買ったやつ」
「……え?」
「全部買ったの?」
「そうよ」
「いくらしたと思う?」
「知らない」
「十六万くらい」
「はぁっ!?」
姉の声が家中に響いた。
「正気!? アニメだよ?」
その声を聞きつけた父親が階段を降りてきた。
「まぁまぁ」
「でも、お父さん!」
「ファンっていうのは、そういうものなんだよ」
父親は笑う。
「配信で見られても、手元に置きたい人は結構いる」
「昔はなぁ」
少し懐かしそうに天井を見た。
「お父さんだって昔、DVD BOXとか初回限定版とか欲しかったしな」
「へぇ……」
姉はまだ納得していない顔だ。
「っていうか獅子丸」
「なに」
「あんたテレビじゃなくて、部屋でスマホ見てることのほうが多いじゃん」
「……」
その一言で、ビールを飲む手が止まった。
昨日?一昨日は部屋しか調べていない。
学校の鞄も、制服も、机の中も。
そして──スマホ。
今の時代、十三歳の情報が一番詰まっているのは、あの小さな板だ。
「獅子丸!」
驚いた顔で、コイツの父親が俺様を見ている。
「成長したんだなぁビールなんて!」
「パパ!」と愛羅がまた怒っている。
「うるさい!そのくだりはお前の嫁で一度やった」
そうだ。スマホってのは、今時は小学生でも持っていると拘置所のテレビで見たことがある。
澪も3歳頃から、俺様のスマホをちょこちょこ触っていた。
カバン……にはない。持っている?隠した?
本棚を調べると昨日のナイフが出てきた。
「……うむ。突っ込みたいことは山々ではあるが、今はナイフではない」
とりあえずナイフは戻して、スマホを探すのだ。
「何故ない……」
とりあえず、ベッドへ腰をかけると突然アラーム音のようなものが聞こえた。
時計を見ると午前七時を指している。
音から場所を感じる。枕の下?
調べるとスマホがあった。
よくわからないが、適当に画面をスライドさせると音は止まった。
そうすると画面に
【指紋認証が出来ません】
と、出てきた。
「指紋認証?」
とりあえず闇雲に何度か試すと、認証は解除された。俺様にかかれば、指紋認証の解除など、容易いことなのだ。
スマホを見ているとラインがあった。
まだ、ラインか。拘置所のテレビでは詐欺集団はテレグラムを使っているとテレビでいっていたのにな。
ラインを開くと大量の未読。
スライドさせると未読の中に、【阪本澪】の名前があった。
「澪とラインをしているだと?」
早速開くと澪のライン内容があった。
【今日はありがとう】
【でも……獅子丸くんがあんな感じになるとは、知らなかった】
獅子丸?俺様が送ったのか!?
俺様の記憶にないラインのスタンプは
【テヘッ】
というような兎のスタンプであった。
なんだ!俺様はこんなよくわからんスタンプなぞ、押さんぞ!
誰だ!こんな恥ずかしいスタンプを俺様になり変わって押す奴は!
——ん?なり変わっているのは俺様だ。
その時刻は○時三十五分と記されている。
「!?」
澪から続きが、あった。
【今日は大丈夫だった?】
【溝口くんから、殴られたの?】
【私は、パパのこと言われても大丈夫だから】
ラインはそこで終わっていた。
なにをしているのだ。兎スタンプの奴。
澪が心配しているではないか。
ん?殴られた?
鏡、鏡は、ここだ。
クローゼットを開けると備え付けの鏡があることは、天才ナイス・ガイの俺様はもちろん把握している。
鏡に写ったモブ男、つまり俺様の顔がパンダになっていた。
俺様は一階へ走って行った。
「おい、コイツの母親と父親、愛羅!」
コイツの家族は、俺様を驚いた顔で見ている。
「なぜ、こうなっている」
自分の顔を指して聞いた。
「何故って……」
家族は顔を見合わせている。
「獅子丸ちゃん、自分で大丈夫って言ったでしょ? それに、顔のことを聞いたら怒ったから、触れないほうがいいのかなって」
母親は悪びれもせず、いつもの調子で笑っていた。
「いや、僕も、聞いてはいたんだけどさ」
「中学生だからわんぱくなこともあるのかなーと思ってな」
「だってあんた、学校で同級生蹴飛ばしたんでしょ?こっちにまでグルチャ回ってきたよ」
下着の愛羅もそう言った。
「そうか」
うむ。自由だ。コイツは、底抜けに自由であり、この家では神のような扱いだ。
しかし、俺様が眠っている間に、コイツが起き、学校へ行き、情けないことに同級生からボコボコにされたのは分かった。
ん?コイツの多重人格の一人に俺様はなったのか?
とりあえず……ビールだ。
冷蔵庫を開け、ビールを取り出すと、
「獅子丸ちゃん、まだ飲めるの?お酒強いのねー」
「うるさい!」
そう言い、部屋に戻った。
ラインを調べる必要がある。
◇
しばらくLINEを漁り、コイツについて少し分かってきた。
友達と呼べそうなのは、おそらく澪だけ。期待していたエロい何かは一切なく、並んでいるのは澪からの相談ばかりだった。
コイツは澪を助けることこそできなかったが、少なくとも話し相手にはなっていたらしい。俺様が蹴飛ばした溝口はクラスでも幅を利かせており、ほかにも何人か取り巻きがいる。
そしてコイツが隠していた、第二次世界大戦中にイギリス特殊部隊向けに開発された短剣。
フェアバーン・サイクスを隠し持っていること。
なんのために……
机の上にはスマホ。
本棚には、研ぎ澄まされた短剣。
「明日も俺様は、俺でいられるのか?」
缶ビールをあおり、もう一度スマホを開いた。クラスのグループLINEから溝口のアカウントを探し出し、個別の画面を開く。
「溝口……」
メッセージを打ち始めた。
「明日も俺様は俺でいられるのか?」




