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死刑囚、中二になる  作者: 凛1129
腕に書かれたWxY
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二章 11いちご色のベスパ


「このあたりだよ—獅子丸くんの言ってた住所ぉ」


 イチゴさんのスピードメーターのスマホは目的地にかなり近づいていた。


 イチゴさんのベスパは一気に加速した。

 身体が後ろへ持っていかれそうになりシートの端を握る手に力が入る。


 エンジンの振動が足元から腹へ伝わり、風が容赦なく僕を叩いた。

 住宅街を抜けると、景色は一変した。

 左右に広がる森林が太陽に照らされ、黄金色の波のように揺れていた。

 センターラインのない山道を、景色だけが後ろへ吸い込まれるような速さで駆け抜けていく。


 今朝龍馬さんの下書きを読んだあと、イチゴさんに昨日の動きをこと細かく聞いていた。

 本棚から本をいくつか出しては、しまっていたと聞き、調べた所、本のページの間から住所が書かれたメモ紙を見つけることができた。


(龍馬さん……子ども帰ってこないなんて、今の時代、事件なんですよ)


「獅子丸く〜ん、帰りはどうすんの〜」


「一応、お金は持ってるし、豪樹くんと優希さんに会ったら考えるよ」


「まあねえ、警察も親も使いたくない事情があるんだろうしね〜」


 スマホの地図を見ると、目的地まではあと二キロほどだった。


「イチゴさん、この辺で止めて」


「えっ? まだあるよぉ?」


「うん。でも、ここから先は歩いて行く」


 豪樹くんも龍馬さんも、スマホを持って行かなかった。

 理由は分からない。

 だけど、それだけ慎重になる必要がある場所なのだろう。

 それに、ここまでバイクで乗りつければ、エンジン音で気付かれるかもしれない。

 イチゴさんは少しだけ僕の顔を見つめ、小さく頷いた。


「りょ〜かい」

 

 道の脇へベスパを寄せる。

 僕はバイクから降り、メットを外してイチゴさんへ返した。

 イチゴさんはそれを後席へ引っ掛ける。


「ありがとうイチゴさん。ここまで送ってもらって」


「優しい方の獅子丸くんよ」


「えっ……優しいほう……?」


「事情はわかんないけどぉ……」


 イチゴさんはそこで言葉を切り、少しだけ笑みを消した。


「ちゃんと明日……帰ってこいよ」


「……うん」


 僕が頷くと、イチゴさんは僕の髪をくしゃくしゃと撫でた。


「無茶だけはすんな」


 ベスパのエンジンが静かに唸る。


 イチゴさんは一度だけ手を振ると、そのまま来た道を引き返していった。

 遠ざかるエンジン音が山道に吸い込まれる。

 その音が完全に聞こえなくなると、辺りは鳥の鳴き声と木々を揺らす風の音だけになった。

 僕は一度だけ深呼吸をして、住所が示す山の奥へ歩き出した。


 ◇


 山道を抜けると、木立が開けた。

 そこには平屋の木造建築が建っていた。

 ウチのの別荘ほど大きくはない。

 けれど、手入れは行き届いていて、いかにも別荘という雰囲気だ。

 

(ここが……あの校長先生の?)

 

 学校で見ていた、あの校長の顔が頭に浮かぶ。

 スーツ姿で職員室を歩いていた人と、この山奥の別荘がどうにも結びつかない。

 僕は息を潜め、木の陰から様子をうかがった。


「すいませ〜ん」

 僕は入り口の前で、二度呼んでみたが、返事はなかった。


(おかしいな……車はあるのに……)


 駐車場にある黒のワゴン車を見た……


(学校にこんな車あったっけ?)


 玄関脇の窓はカーテンがかかっていたが、隙間から覗いても、豪樹くんと優希さんの姿は見えなかった。


 しばらく待ってみたが、誰も出てこない。

 玄関の前に立ったまま、もう一度、駐車場のワゴン車へ目を向けた。誰もいないなら、どうして車だけがあるのだろう。

 

「豪樹!優希さーん」

 さっきより少し大きな声で呼んでみた。

 返ってきたのは、木々の向こうから聞こえる鳥の声だけだった。

 

(裏にいるのかな……)

 

 勝手に家の周りを歩くのはよくない気もしたが、このまま帰るわけにもいかない。

 建物の横へ回ると、玄関前よりも草が伸びていた。壁際には薪が積まれ、長靴や汚れた道具がいくつか置かれている。ウチの別荘とは違って、遊びに来るためというより、山で何かする人が使っている家に見えた。

 足元の小石を踏むたびに、じゃり、じゃり、と音がした。

 

 静かなせいか、その音がやけに大きい。

 

 窓があれば中を確認したが、どこもカーテンが閉まっていた。

 

(本当に誰もいないのか?)

 

 家の角まで来て、少しだけ顔を出す。

 裏側には、物置と狭い空き地があった。

 そして、その奥。

 通りからは見えないように、建物の陰へ寄せて一台のバイクが停められていた。

 

「……なに、あれ」

 

 思わず声が漏れた。

 普通のバイクとは違う。やたらと高いハンドルに、後ろへ長く伸びたシート。細かいことは分からないが、見るからにガラが悪い。

 こんなのに乗っている人を、僕は一人しか知らなかった。

 

(豪樹くんの……?)

 

 実際に豪樹くんが乗っているところを見たことはない。

 でも、あの人なら乗っていてもおかしくない。

 そう思った途端、さっきまで何も感じなかった家が、急に静かすぎるように思えた。

 

 豪樹くんがここまで来ている。

 それなのに、呼んでも返事がない。

 僕はバイクから目を離し、閉まったままの窓を見上げた。


 ◇


 何も起きないまま、日が暮れてしまった。


(……何時間いたんだろう)


 一度、イチゴさんと別れた場所まで戻ってみた。


 そこからさらに山道を先まで歩いてみた。


 それでも、この別荘以外に人が住んでいそうな建物は見当たらない。


 鳥の声も消え、聞こえるのは風が枝を揺らす音だけだった。


(腕時計くらい持ってくればよかった……)


 スマホを置いてきたことを、何度後悔したか分からない。


 今が夕方なのか、夜なのか、それさえ曖昧だった。


(でも……)


 別荘の前には黒いワゴン車。

 裏には、豪樹くんのものかもしれない、あのバイク。

 誰かがここにいる。

 そう思えるものだけが、僕を帰らせなかった。

 木にもたれ、何度目かのため息をつく。

 気付けば、瞼が重くなっていた。


  ◇


 ――ゴトン。

 どこかで、何かが転がる音がした。


「……ん」


 目を開けると冷えた空気が肌を撫でた。

 どうやら僕は、バイクへ寄りかかったまま眠ってしまっていたらしい。


 慌てて辺りを見回す。

 真っ暗だった。

 別荘にも明かりはない。


(今の音……)


 立ち上がり、裏手の窓へ近付く。

 窓の下に置かれた木箱へ静かに足を乗せた。

 背伸びをして中を覗くが暗くて家具の輪郭すら見えない。


(誰も……)


 ガサッ。


 背後で枯れ葉を踏む音がした。

 振り返ろうとした、その瞬間、銀色の光で視界が覆われた。


 頭に鈍い衝撃が突き抜け、僕の身体が崩れ落ちていくのがわかる。


 遠くで、誰かが静かに呟く。


「ハンターは確実に仕留められるまで動かんのだよ……」


 その声を最後に、意識は闇へ沈んでいった。

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