二章 7ほら、行くっちゃ! ピリオドの向こうたい!
「ところで獅子丸くん」
教室をぐるりと見回していると、イチゴさんが後ろから声を掛けてきた。
「サイレースでなにしよーとしてたのぉ?」
机に腰掛けたイチゴさんは、足をぶらぶらさせながら面白そうに僕を見ている。
警戒しているようには見えない。
でも、この人の本心もまったく読めない。
「敵視……されないためかな?」
「なるほどねぇ、それで優希ちゃんを調べようと思ったわけだ」
「優希さんのこと、教えてもらえませんか?」
「えーここまで来て優希ちゃんのはなしぃ」
(やっぱり簡単には教えてくれないか)
「んっ?まさか」
「いや、見たし、話したよぉ」
「コレ?いります?」
僕はポケットから銀色のシートを取り出し、机の上へ並べた。
「そんなダサいのしなーい」
イチゴさんはとなりの大きな部屋に行き、ステンレス製の煙草を入れる箱を持ってきた。
「一服するねぇ」
そう言うと煙草を取り出したが、いつも龍馬さんが部屋に隠している煙草とは少し見た目が違う。
イチゴさんが煙を吐き出すと、息を吸い込むのを躊躇うほどの濃厚なハーブの匂いが鼻を突いた。
安物のお香を焦がしたような、どこか甘ったるく、それでいて喉の奥がチクチクするような青臭い煙が、部屋の照明を白く霞ませている。
「出会ったことへ乾杯しよお!」
机に座ったイチゴさんが煙草を持った手を差し出してきた。
(これ吸うの? 龍馬さんの隠し煙草とは匂いが違う……)
(ここで断れば疑われる?)
僕は頭の中が混乱しながらも、変わった匂いのする煙草を受け取り吸い込んだ。
「ゲホッゲホッ——ゲホッ」
喉が熱くなり、息が出来なくなるかと思うほど咳込んだ。
「アハハハッ、ゆっくり吸わないと」
イチゴさんが笑って近づいてくると、僕が持っている煙草を手から取った。
楽しそうに笑っている……
それなのに、目だけはどこか遠くを見ているようだった。
(煙草ってこんな感じなのか?)
差し出されたイチゴさんの指に挟まれた煙草を言われた通りに吸い込んだ。
咽ないよう、ゆっくりと肺の中に。
◇
どれくらい時間が経ったのかわからない。
フラフラと経過時間を記しているテレビのモニターを見ると三十八分しか経っていない?
イチゴさんが目をキラキラさせて、となりへ座った。
(多分、今の僕はおかしい……)
スマホを取り出し録音ボタンを押した。
「この煙草……はは……フワフワしますね」
「ところで優希さんの……事は……」
「え〜……せっかくぅ〜」
「逆ナン成功したしぃ……今は楽しもぉよぉ〜」
イチゴさんは口に煙を含み、僕へ口移しでゆっくり吐いてきた。
◇
九月三日 日曜日
「苦っ!」
口の渇きと苦みで目を覚ました。
辺りを見渡すと、大きなベッドに、裸体の女、なにをしたかは想像つくが、異様な雰囲気に戸惑っていた。
スマホを探すと脱ぎ散らかされたズボンのポケットの中にあった。
ボイスメモを確認すると、まだ録音中だった。
しばらく確認すると、優希の手掛かりが、このイチゴって女が知っている所まで突き止め、あとは今に至るってことまではわかった。
HOTELの洗面所に行き、青臭い苦みを洗い流し、イチゴを起こした。
「どうしたのぉ〜、もっかい?」
「それも悪くねぇが、昨日の質問が知りたい」
「なんかきゅーに獅子丸ちゃん大人っぽくなったねー?」
「あっ……いや」
「イチゴのお陰かなぁ〜」
◇
「おっさんの車?」
俺は目玉焼きの黄身を崩しながら聞いた。
HOTELにあった教室の机に、ルームサービスで届いたトーストと目玉焼き、マグカップのコーヒーが並んでいる。
「うん、優希ちゃん?よく見かけた子だったから、ちょっと前から話するようになってたの」
「それで?」
「うん、それで連絡先交換しようかなぁって思ってたら車からおっさんが出てきてさ?」
イチゴはトーストを小さくかじりながら、思い出すように視線を彷徨わせた。
「あんまり楽しそうじゃなかったから、ちょっと気になってたんだよねぇ」
(おっさんねぇ……)
コーヒーを一口すすり、スマホをタップする。
『桜木優作』と検索すると、弁護士紹介のページに精悍な男の顔写真が出てきた。
「コイツか?」
「わーちょい優希ちゃんに似てるー」
ケタケタ笑いながら、ジュースを飲み干した。
「でも違うなぁ、もっとおっさん……ジジイに近いかも」
先に食べ終わった俺は、部屋のミニバーから、ビールを取って戻った。
「えーお酒飲むの〜?やめなよぉ、身体に悪いから」
一瞬ビールを吹き出しそうになった。
「お前だって——」
「イチゴちゃん!」
頬をぷくっと膨らませて、小さな人差し指を俺に突きつけてくる。
「イチゴも……」
「イチゴちゃん!」
「あー……オーケイ、イチゴちゃんだって、粗悪なグラスでキめてんだろ?」
「グラス?……あーね。でもお酒と煙草は身体に悪いからやめてね」
そう言って、イチゴは俺のビール缶を小さな両手で包むようにして、上目遣いで覗き込んできた。
◇
「色々、優希のことはありがとな」
「……」
「まあイチゴちゃんも、こんなとこフラフラしてないで早く帰れよ! じゃあな」
「……」
「?」
そうイチゴに言って、改札口へ向かった。
電車の中で、聞いた内容をグループラインへ共有する。さらに尊には個別で、優希が帰宅していないか自宅を見張ってほしいと頼んだ。
『どなたに聞いたのかな?』
電車が動き出すとほぼ同時に、水樹からグループラインへメッセージが届いた。
『目の赤い女だ』
『どこでかな?』
『教室?』
返信を送った直後、画面には『水樹が入力中…』の表示が何度か現れては消えた。
数秒後、一枚の画像が貼られる。
そこに写っていたのは、俺が泊まっていたホテルの教室だった。
『おー! ここ! ここ! よく分かったな!』
続いて、豪樹が『ごめんちゃい』と言っているスタンプを貼る。
(なんで謝ってんだ? コイツ……)
間を置かず、水樹からブチ切れているスタンプが返ってきた。
◇
昼頃、自宅へ戻ると、ちょうど門扉の前でコイツの母親と鉢合わせた。
「あらっ、獅子丸ちゃん、おかえりー」
今から買い物へ出掛けるところだったらしい。片手にエコバッグを提げた母親は、俺の姿を見るとぱっと表情を明るくした。
「ああ」
「——で、その子は、お友だち?」
母親が笑顔で指差した先を振り返ると、先ほどのイチゴが満面の笑みで立っていた。
「そーなんですよー! めっちゃ意気投合しちゃってー、『俺んとこ来ないか!?』って言われて、着いてきちゃいましたー」
「はあ? おまっ、何言って——」
慌てて否定しかけると、イチゴは俺を見て、小さく「イチゴちゃん!」と言った。
「あらー、そうなの? じゃあ上がってて? さあさあ」
そう言うと、母親はイチゴの手を引くようにして家の中へ入っていってしまった。




