二章 6恋という字は下半身に心
九月二日 土曜日
朝起きると、珍しく龍馬さんからボイスメモが入っていた。
優希さんが高確率で家に帰っていない。
豪樹くんを監視しろ。
コレだけだった。
(なんでこんなザックリとした報告……)
◇
ビルの壁際には地雷メイクの少女が何人も座り込み、そのすぐ横では若い男が胃液を吐いていた。
制服姿の少年がコンビニ袋を枕に眠り、救急隊員が意識の朦朧とした少女へ声を掛けている。
それでも通行人は誰一人立ち止まらない。
「すげえな、テレビで見るよりカオスだな」
豪樹くんは、観光に来たかのように、楽しそうに辺りを見回していた。
「ここで、ホントに優希さんを尊くんは見たのかな?」
「そうなんだろ?誰かに聞いたらわかんのかな?」
「どうだろぉ……」
僕たちが住む町とは違い、人の流れに飲み込まれそうだった。
「ねー君たち、買いに来たの?」
人混みの中から、僕たちよりかなり年上に見える男が進路を塞いだ。視線は豪樹くんではなく、最初から僕へ向いている。
「は?なにを?」
豪樹くんは明らかに不機嫌な態度で男に凄んで答えた。
「いや、違うならいいんだよ、じゃな」
男は立ち去ると言いながら、まだ僕たちの反応を待っていた。
「いえ、そういうのが手にはいるって聞いて、電車でここまで来たんですけど」
「おい!獅子丸!」
僕は、凄んでいる豪樹くんの背中のシャツを引いた。
「実は僕たち初めてで……アレ買いたいのですが、どうしたら良いですか」
男は人差し指を立てた。
「一だけど?」
「高いなぁ」
「知ってるねー、じゃあ、アッチに行こうか」
男はニコリと笑い、建物の隙間へ手招きした。奥まで十数メートル。行き止まりではなく、反対側の通りへ抜けられる。
僕は豪樹くんの位置を確かめてから、男の後を追った。
「おい……獅子丸どういうつもりだ」
豪樹くんがコッソリ耳元で僕に言ったが、黙って男についていった。
「少年、となりのアンちゃんより普通に見えるけど、商売は君のほうが良さそうだな」
「初めてなんですよ。どう使えばいいんですか?」
「ワンシート五千」
「じゃあそれを二つ」
「ははっ君、多分中坊だろ?」
「わりと親のスネかじってるタイプですよ」
「いいね。友達になれそうだ」
財布から一万円札を抜くと、男は僕の手から奪うように受け取った。代わりに渡されたのは、銀色のシートが二枚。どちらにも白い錠剤が十粒ずつ並んでいる。
「お兄さん、これの使い方は?」
「本気で言ってんのか?」
男は路地裏の外を指さした。
「これがほしい可哀想な女の子が沢山いるさ」
そういうと男は僕の背中をポンッと叩き、
「今日は思い出作ってきな」と言い去った。
「おいおい、獅子丸?そんな得体の知れねぇヤク買いに来たのか?正気かよ?」
豪樹くんは、結構な勢いで僕に言った。
「君はこの人だらけの中で、どうやって優希さんを探すの?」
大通りへ目を向けても、制服も黒い服も同じような顔も、いくらでも人波の中へ紛れている。
「いや……それは……」
「目的があるなら、そこに入らないと」
「あ……うん、すまん」
(前の僕じゃこんなこと……)
「でも、獅子丸よ?これどうすんの?」
「普通に調べようよ」
シートの裏に印字された薬品名をスマホへ打ち込んだ。
◇
「なるほどなぁ〜こんなのが流行ってんだな?」
「うん……なんかヤバいね、これ」
「豪樹くんは優希の画像とかないの?」
「んっ?ああ、なんか何人かで撮った画像はあったような……あった」
「まずは聞いてみようよ、このサイレースって薬が欲しい女の子たちに」
僕たちは片っ端から声を掛けて回った。
地雷メイクの少女、路上に座り込む少年、コンビニ前でたむろする若者――誰に画像を見せても、返ってくるのは首を横に振る仕草だけだった。
優希さんに繋がる情報は、一つも見つからない。
途中、いかにもな男たちに何度か声を掛けられたが、豪樹くんの鋭い目つきを見ると、「悪い悪い」と笑って離れていく。それ以上揉めることはなかった。
だが、日が傾き始めると空気が変わった。
制服姿の若者に混じって、仕事帰りらしいスーツ姿の男たちが目立ち始める。少女へ耳打ちする男、腕を掴んで人気のない方へ歩いていく男、路地裏では小声で何かを交わす影も見えた。
昼間の雑踏とは違う。 この街は、夜になるほど別の顔を見せ始めていた。
「やっぱ尊の見間違いじゃね?」
「うん、そうかもね……」
「ねー君達?人探してんの」
後ろから女の人の声がして振り返った。
赤いアイシャドウに大きな涙袋。黒とピンクの服を着た、小柄な女の子だった。
(みんな同じようなメイクだから、さっき声をかけた人かどうか分かんないよー)
「あっ……うん、この人を探してるんだ」
少女は豪樹くんのスマホ画面を覗き込み、小さく目を細めた。
「優希ちゃん?」
「お前、知ってんのか!?どこにいる?」
豪樹くんが少女の肩を掴んだ瞬間、その小さな身体が押される力に吸い込まれるように向きを変え、豪樹くんの懐へ背中から入り込んだ。
次の瞬間、大柄な身体が宙を返り、路上へ転がっていた。
「急に触られたらビックリしちゃうなぁ」
(僕と同じくらいの背しかないのに、大柄な豪樹くんを投げた?)
豪樹くんはすぐに立ち上がったが「いやぁ、悪かった」と少女へ頭を下げた。
「俺達の学校の仲間なんだけど、八月頃から連絡とれなくなったんだ、知っているなら教えてほしい」
「投げても、頭は悪くて草」
「あっいや、どうすれば教えてくれる?」
豪樹くんがそう言うと、少女は僕の方を振り返り指差した。
「この子に教えとくよ」
「いや、俺達」
「ほら大男、これ以上は野暮だよ」
少女は豪樹くんを追い払うように手を振ると、僕の前に来た。
「君、名前は?」
「獅子丸」
「竹輪が好物?」
「多分一万回くらいそのイジりは聞いてますね」
「ははっそりゃ失敬!私はイチゴ、じゃあシャワーでも行く?」
「シャワー?」
「ほら行こ!」
振り返ることもなく歩き出す。黒とピンクの服は人混みに紛れそうで紛れない。
◇
【HOTEL 蚊羅】
(……なんで教室があるんだ)
イチゴさんが『ここ、面白そー』と選んだ部屋は、教室のような部屋だった。
いつも見ている机と椅子と黒板。
習字が貼ってあるが
【本番】
【自慢の息子】
など、変な言葉が並んでいた。




