二章 4 母ちゃん!もう勘弁!
八月十三日 日曜日
(四日目になってしまった)
時計を見たらまだ四時半だし……
(とりあえず飯でも炊くか)
シャコシャコシャコシャコ
『おらっ、フォロワー集めるチャンスだぞ〜』
『きゃっ、アタシのフォロワー五百増えてるよ?』
『ガッハッハッハ!俺様にかかれば——』
(あの時の獅子丸……超イケてたなぁ)
あーもう、思い出しただけでニヤける。
って何ニヤけてんのアタシ?キモっ。
……はっ?なんで涙?
目元を拭ってアラ汁の準備を始めた。
ガチャッ……
「えっ?誰?」
少しだけ、怖かった記憶がフラッシュバックする。
(芝岡?いやもう震えないよ、今のアタシ……)
「おお、水樹!起きてたのか」
「獅子丸かよぉ?ただいまとか言えよぉ」
「いや、水樹こそどうした?横モレして起きたか?」
「今日はチゲーし」
「てか、なんだよ?その袋」
「あっこれ?鹿だ」
「はぁ〜?」
「この身体には必要でな」
獅子丸が俺様ーって感じで自分の胸を指してる。
ドサッ
鹿の肉は置かれ、肉塊となった鹿がキッチンに置かれた。
アタシはその肉塊に手を合わせた。
(手を合わせる?マジかよ……)
獅子丸は黙々と肉を分けて、冷凍庫へ入れたり、冷蔵庫に入れたりしている。
どうでもよくなっていたアタシが、今好きになった人は、ただただ、肉を分け、アタシの作ったアラ汁を少し見ると、ネギを刻み、鍋に入れた。
いつもちょっとエッチなことを言ったりしてる獅子丸。
『俺様はー』と自信過剰な獅子丸。
たまに『水樹さん』と言う獅子丸。
そして今……パパとママが、朝ごはんを一緒に作っているだけのような普通なアタシたち。
「あっ水樹ちゃん早いね〜。おはよう」
咄嗟に鍋のアラ汁に視線を向けた。
(逃げたの?)
「おはよー!澪、おこしちゃった?」
何故か澪を見れない……
「獅子丸が今度は鹿なんて取ってくるからさ?」
「鹿?獅子丸くん、夜中に行ったの?」
「いや、夜中っつーても三時頃だぜ?」
「一人で?」
「誰だと思ってる!鹿が俺様に勝てるわけねーだろ!?ガッハッハッハ!」
◇
「鹿って……美味しいんだね?」
澪はそう言うと、また一口頬張った。
「ジビエって言うんだよ」
「へ〜」
「水樹ちゃんはお料理名人だ」
「あっ……いや……」
(こんな純粋な子にアタシは……)
「毎日、毎日修行っての?して、飯食って!これ何モクなん?」
そう。アタシはすぐに誤魔化す。
「ん?知らん」
「知らんってー、アッハッハ」
(そう……誤魔化すんだ)
◇
澪は寝ている。
子どものような……綺麗な横顔。
ゆっくりと……音を立てないように……
ドアを開ける。
(どうしよ……わかんない)
隣の部屋のドアの前に行く。
その距離が永遠と思えるほど遠く感じる。
(このノブを下ろしたらなんて言えばいい)
心臓の鼓動がこんなに聴こえて感じるのは生まれて初めて。
(無理だ……なんて言ったら良いかわからない……)
「どうした?」
「!?」
ドアの向こうから声が聞こえた。
(逃げる?気づかれた?ムリー!)
ノブをゆっくりと下ろすと獅子丸は、ナイフを見ている。
「おお?鹿さんをやっつけたナイフの手入れでもしてんのか?ナハハハハ」
「ん?まあそんなところだ」
(こっち向いてよ)
「毎日、毎日食べてたら、この山に動物居なくなっちゃったりして?」
「そしたら、俺様は地球最強の生物になってるな」
(アタシを見て!)
ナイフを丁寧に机に置かれた。
そして次のナイフを取って、また布で拭いている。
「なんだ?寝れないのか?」
(見た!)
「いや……そういうわけじゃないんだけどねぇ〜」
(どうしたらいいかわかんないよ)
えっ?獅子丸がアタシを見ている?ナイフは?
近づいてくる。どうした。なにか言わなきゃ。
「あのねっ……!?」
抱きしめられている?
固い?暖かい……
こうされたかった……?
いや、ハズい!
でもっ!
「んっ……」
「——獅子丸」
◇
八月十四日 月曜日
「ええっと……」
(なんだ……このあけすけな空気は……)
澪と水樹さんは黙々と朝ごはんを食べている。
恐らく龍馬さんが取ってきた肉を食べながら、そう……言葉は見つからないが黙々とだ。
「獅子丸くん、お茶取ってもらえる」
「ん、ああ、はいはい」
お茶を澪に渡すと澪はコップについで飲んだ。
「獅子丸、どう?今日のご飯!」
(なんだ……明らかにテンションが変だ……なんか笑ってるし)
「えっと……普通に美味いよ」
「普通?」
水樹さんがめちゃくちゃ眉をひそめているぞ……
「いや、美味しい……です」
「そっか」
急にニコッとして、ご飯を水樹さんが食べている。
(また龍馬さんか……)
◇
昼前に水樹さんのお父さんは大きいベンツで迎えにきた。
水樹さんは相変わらずそんなお父さんに悪態をついていたが、お父さんは水樹さんの荷物を「ごめんねぇ」と言いながらトランクに入れてくれていた。
「獅子丸!次は学校かな?修行がんばれー」
そう言って後部座席に乗り、またお父さんになにか言っているようだった。
澪も玄関から荷物を持って出てきた。
「獅子丸くん、色々ありがとう」
「いや……なにも出来なかったけどね」
(澪のお父さんなのに、やらかしてないよな……)
澪が僕の袖をそっと引き、僕の顔を真っ直ぐに見ていた。
数秒だったと思う。僕は澪と見つめ合っていた。
そして澪は車へ向かい歩いてゆき、ベンツのドアの前で振り向いた。
「待っているからね」
微笑みながら僕へそう言い残し後部座席に乗った。
◇
九月一日 金曜日
「はぁ?優希が連絡取れない?」
「いや、何回か夏休み中におめーに連絡したべよ」
豪樹は呆れた顔で俺に言ってきた。
「俺様は夏休み前から、どこまでも真っ白な部屋で修行してくると言っておいたろ」
「はあ?」
「俺にとっては一日も進んでない」
「……なに言ってっかわかんねーけど、八月の頭頃は、ライン来てたんだけどよ、それ以降既読もつかねーのよ」
そう言うと豪樹は優希とのラインを見せてきた。
豪樹がケツを出して、指を口に咥えている悍ましい画像が未読だった。
「これは豪樹のケツが汚いから二度と開きたくないと思ったのだろう……」
「えー、優希とはいつもこんな感じだぜぇ?」
「アタシも別荘から帰って優希に相談しようと思ってライン送ったんだけど、既読なし」
水樹も俺の席に来てラインを見せてきた。
◇
ホームルームが終わると、緊急で全校集会が開かれた。
なんでも校長が変わり、新しい校長が来たという話だった。
理由はお決まりの『体調不良』であったが、横に並んだ教師たちの顔は、深刻なことが起きていると、顔を見て感じた。
「多分、あの件の責任が校長にきたんだと思うよ、獅子丸くん」
隣にいた尊が俺に小さな声で呟いた。




