二章 3金持ち基本喧嘩しない
八月十一日 金曜日
「起きたか、澪」
「うん、おはよう、獅子丸くん」
「飯、出来ているぞ」
「あれっ?作れるの?」
「ああ……?いや、簡単なやつはな」
澪は、リビングの椅子へ腰を掛けて、皿に小さくまとめたパスタをフォークで巻いて口に入れた。
「美味しい……」
「そうか」
俺はそれだけ言ってベランダへ向かい、煙草に火をつけた。
煙草を吸い終わる頃、水樹も起きてきた。
「お〜す、獅子丸、はわぁぁあ」
まだ眠いのか欠伸をして部屋を出てきた。
「はは、まだ寝てても良かったんだぞ?」
「なんか匂いだけは美味そうだったからねぇ」
水樹にも食事を用意し、冷凍庫を確認した。
(タンパク質が足りないか……)
◇
澪と水樹とは夕方頃まで、話をしてノンビリ過ごしていた。
俺はたいして動いていないが、コイツは隔日で慣れない生活と訓練に明け暮れているのは痛みから分かり、休みが必要だとも考えていた。
水樹が便所に行っている時に澪が謝ってきたのも意外だった。
『あの時、なんか大人の人に髪を撫でられた気がしてね、なんかあの時は色々あったし……』
俺が無意識に父親である雰囲気を醸し出していたのだろう。
「よし、そろそろ行くかな」
「どこに?」
「食料調達だ」
「えーマジッ?見たい!」
「危なくないの?」
「さあね、秘密の特訓中なものでね コイツは」
そう言い、自分の胸を指した。
(流石にコイツらを連れてあまり奥にはいけないか)
◇
夕日は山の稜線へゆっくりと沈み始め、昼間の強い日差しは嘘のように和らいでいた。
杉林の隙間から橙色の光が差し込み、足元には長く伸びた木々の影が重なっている。
山道の脇には背の低い笹が風に揺れ、その先には草がまばらに生えた小さな開けた場所があった。
耳を澄ませば、渓流のせせらぎがかすかに聞こえ、ヒグラシの鳴き声だけが山の静けさを包み込んでいる。
昼間は姿を見せなかった生き物たちが動き始める時間。
草むらはどこか落ち着きなく揺れ、落ち葉を踏む小さな音が、ときおり夕暮れの森へ溶け込んでいった。
「ここで止まれ」
俺は小さな声で二人に伝えると、ゆっくりと二人も頷いた。
(あと二メートル近寄れれば)
枝を踏まないようにゆっくりと進んだ。
(あと一メートル)
その時、草むらから耳が飛び出した。
すかさずナイフを投げた。
『キュッ……』
微かな鳴き声が聴こえると、周りにいた野ウサギが草むらへ消えていった。
「獅子丸、なんか、やったの?」
水樹はそう言って近づいてきた。
俺は答えずに、仕留めた野ウサギに駆け寄ると、ナイフは刺さっている野ウサギを見下ろした。
(まだ呼吸がある)
すぐにもう一本のナイフで心臓を貫き、即死させた。
「うわ〜ひくわ〜」
水樹はそう言い近づいてきた、澪は、少し離れたところで震えながら黙って見ていた。
俺は野ウサギの前に座り、数秒手を合わせ、その場で捌いた。
「獅子丸くん……ここで、そのお肉?取るの?」
澪の声が震えている。
「土に還すのが喰らう者の責任だと勝手に思っている」
◇
「と、言うわけで、俺様特製、野ウサギの塩焼きだ!」
別荘へ持ち帰り塩もみにして焼き、皿に乗せた野ウサギの肉をテーブルへ置いた。
澪と水樹が顔を見合わせている。
「流石にアタシも、うさちゃんは料理したことないわ〜」
「獅子丸くんの朝ご飯が、懐いよね……」
「まぁ鶏肉みてーなもんよ」
俺は肉を一口食べて、噛み締めビールで流した。
「くぅ〜!最高!」
「私、食べてみる」
「ゲー!澪行くの?ウチ兎飼ってたことあるから、トラウマになるわぁ」
澪は目を瞑り野ウサギの肉を口に入れたが、すぐに目を開けた。
「……また、初めてじゃない気がする」
「ええ?まさかの美味い不味いじゃなく〜?」
(ハハハ、身体かわすために、山に籠もった時、よく食わせてたからな!)
「獅子丸くんの言うとおり、鶏肉ね」
「マジか、トラウマ級っしょ!?」
そう言いながらも水樹もしぶしぶ食して、二人も食べ終わると手を合わせた。
◇
八月十二日 日曜日
トンッ……トンッ……
(なんだろう……この音……)
外から聞こえる?
玄関のドアを開けると獅子丸くんが、ナイフを投げていた。
箱の中のナイフがなくなると拾いに行き、また的に向けて投げる。そして拾いにいく。何度も何度も繰り返している。
私はそれをずっと見ていた。
「あれ?澪、起きたの?おはよう」
汗をタオルで拭きながら私を見て言った。
(今日は……優しい、獅子丸くん)
「おーい!今日はアタシが飯作ったよぉ〜」
「あれ?澪もいなし、獅子丸もいない?」
「お〜い」
水樹ちゃんの声が聞こえた。
「水樹、外、外にいる」
獅子丸くんがそう言うと、足音が聞こえて、玄関が開いた。
「ちょ〜飯出来たって……あれ澪もいたの?」
水樹ちゃんがそう言うと暫く私と目が合った。
「うん、すぐ行くよ、作ってくれたんだ。ありがとう」
「朝からまた、ウサギが出てきたら事件だからよ」
「ウサギ?……あぁ」
◇
ご飯、おみそ汁、お魚が綺麗に並べられてる。
「いただきます」
そう私は頭をちょっと下げ、一口おみそ汁を飲んだ。
優しい味。
「羨ましいなあ」
「なにが?」
「私、作れないから」
「施設だと作らないの?」
「うん、職員の人がやってくれて、高校生になると、だんだん自分でやるようになるの」
「ふ〜ん。じゃあたまにウチ来なよ、作りに」
「良いの?」
「おけだよ〜」
◇
夜になると水樹ちゃんに浴衣を借りて、花火をすることになった。
「ちょっと、獅子丸、火をつけてきて」
「ええ!?俺がぁ?……火は?」
「いや、あんた持っとるがな」
「——あぁ、そうだったね」
獅子丸くんは部屋に戻りライターを取りに行った。
「水樹ちゃん……この花火、大きくない?」
「そう?なんかジジイに花火買ってこいって言ったら特大のきた。ウケるっしょ?」
「そうなんだ……」
施設では見たことがなかったけど、こういうのもあるんだ。
獅子丸くんが火を導火線に点けると、火花が大きく出ていた。
「アチッ」
獅子丸くんは慌てて私たちの所にきた。
「獅子丸くん大丈夫?」
「いやぁ火花が予想以上にでてきてね」
「最近こんな大きいのも売っているんだね?」
「えっ?」
ズドーン
「うわあ」
思わず私が獅子丸を掴むと、一緒に倒れてしまった。
ヒュルルルルル
ドッパーーーン
花火は大空へ巨大に広がった。
「「「ええーーーー」」」
「水樹さん……これ……マジのやつ?」
水樹ちゃんは首と手を振って
「アタシも知らんかった、ジジイに買ってこいって言ったらコレ」
と、花火を指した。
「俺も初めて見たよ……こんな家庭用」
「家庭用なの?これ?」
私も驚き言った。
「澪っ!」
水樹ちゃんが慌てた感じで胸元を指した。
「あっ」
獅子丸くんも目を逸らした。
「うわー」
私も胸元が開いてしまっていたので、慌てて隠した。
暫く、とんでもない空気が私たちを襲った。
「ど、どうしよっか?このガチ花火?」
水樹ちゃんが突破を試みたその時。
「おや、ここでさっきの花火を?」
獅子丸くんの言ってた近くの別荘の人だろうか。
優しそうな老夫婦が近寄ってくると、うしろにおばさんとかも集まっていた。
「あ〜、なんかお父さんに頼んだら〜ガチのやつきちゃったー……みたいな」
◇
ドッパーーーン
パラパラパラ……
「おお〜」
「凄い花火ねぇ」
「別荘に来てこんなイベントになるとは、思わなかったよ。ありがとね。お嬢ちゃん!」
その後十発くらいあった、水樹ちゃんが持ってきた大っきい花火は、そのおばちゃんが火を点けてくれて、みんなで花火を見ることになった。




