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死刑囚、中二になる  作者: 凛1129
腕に書かれたWxY
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二章 1 虫は食べないって決めてるんすよ

六月二十二日 木曜日


 数日続いた雨は、まるで嘘だったかのように止んでいた。

 朝から青空がどこまでも広がり、眩しい日差しが街を照らしている。濡れていたアスファルトはすっかり乾き、むっとする熱気だけが立ち上っていた。

 教室の窓から吹き込む風はまだ弱く、遠くで鳴く蝉の声が、今年最初の夏を告げている。


 長かった梅雨は終わり、季節は静かに夏へと変わっていた。


「獅子丸!」


 校門の外から聞き覚えのある声がした。

 振り向くと、そこには悠真先輩と、両親と思われる二人が立っていた。


 悠真先輩は坊主頭になっていて、笑顔で手招きをしていた。


「良かったですね。保護観察でしたっけ?」


「ああ、全てお前達のお陰だ」


「わぁ」


 そう言うと、僕を力強く抱きしめた。


「ほらほら悠真、そのへんにしておきなさい」


 悠真先輩のお母さんが、笑いながら言った。


「おお、悪りい」


「噂で聞きました。親と暮らすんですよね」


「ああ。獅子丸たちと別れるのは名残惜しいが、養護施設側も面倒見きれねーとか、色々あってね」


「獅子丸さん、良かったらこれを」


 悠真先輩のお父さんが、小さな紙袋を手渡してきた。


「なんですか? これは」


 そう言うと、お父さんは僕の右手をそっと包んだ。


「悠真を止めるため……大変な傷を負わせてしまった……」

「申し訳なかった」


 そう言うと一歩下がり、悠真先輩の両親は深々と頭を下げた。悠真先輩も、それに続く。


「いやいやいや、やめて下さいよ。なんか……」


 三人は顔を上げ、僕を見た。


「こそばゆい感じが、しちゃいます」


「ははっ、そうか。そうだよな、獅子丸は」


 悠真先輩はそう言うと、スマホを取り出し、


「ライン交換してくれ」


と差し出した。


「わかりました。是非」


 こうして悠真先輩とは別れ、姿が見えなくなるまで僕は手を振った。


 しかし、僕の中では何も解決できていなかった。


 僕ができたことなんて、ほんの僅かなこと。


 少し前まで僕には仲間もいなければ、悶々と澪を傷つけてきた芝岡を殺そうと考えていた。


 それが今では、生活がガラリと変わっている。


 (僕がやったことではないよ)


 綺羅羅さんも、やりたいことを貫いて生きている。

 尊くんも、悪いことを今は人のために使っている。

 優希さんも凄いギャルだけど勉強はできるし、豪樹くんだって足も速くて腕っぷしも強い。


 そして、あの龍馬さんですら、期末テストの英語と社会が満点だった。


 答案用紙に【使えない英語笑】まで書いたせいで、めっちゃ目をつけられたが……


 (だけど僕には、なにもない)


 ◇


 七月四日 火曜日


「腹……へったなぁ」

 今日で三日目、早くも心が折れそうだった。

 

 あれから龍馬さんとボイスメモでやり取りをし、今は郊外にある父親の別荘に来ている。


 山の中にある別荘地ではあるが、夏休み前なので、他に来ている人もほぼいない。

 隣の別荘を尋ねるにも約三キロは歩かなくては着かず、道路には熊や、イノシシなどに注意の標識が所々に立てられていた。


『水以外は自分で探せ』


 これだけが指示された。

 部屋に着くと、段ボールに大量のナイフがあった。


『まぁおぼっちゃま育ちのお前じゃ無理だろうけどな!ガッハッハッハ』


(そんな嫌味に苛ついていたのは、着いたばかりの頃だけだったなぁ)


 スマホは繋がるから山で食べれる物を調べて、朝から探した。


 桑の実、ヤマモモ、ナワシロイチゴなどがあれば洗って口にするがお腹はほとんど満たされなかった。


 しかし今まで思いつきもしなかったことを調べだす変化もあった。

『昔の人 食生活』や『必要な栄養素』などAIに聞いている時間も増えた。


(これだけ空腹ってことは龍馬さんの時も食べてないってこと?)


 ボイスメモを開くと一件入っている。


「ん?三秒?」

 データは三秒間と出ていた。


『——デリヘル呼びたい なう』


 (なうって……いつの言葉)

 僕はしばらくボーゼンとしていた。

 でも、龍馬さんなりに僕へ付き合ってくれていることだけは、なんとなく伝わってきた。


 身体を起こし、水筒に水を入れ、部屋を出た。


 しばらく山道を歩いていると、茂みの奥で何かが動いた。


 黒い塊?

 最初は岩かと思ったが、その塊はゆっくりと顔を上げ、小さな目が、真っすぐ僕を見ていた。


「ヤバい……」


 全身から一気に汗が噴き出した。


 テレビでは何度も見たことがあった熊やイノシシの映像を見ても、どこか他人事だった。


 (今は現実だ……)


 口の中の水分がなくなり乾くのをかんじる。


 逃げる場所なんてない、気に登るか?

 震える膝とは裏腹に、身体は石になったように動かなかった。

 

 イノシシは鼻を鳴らし、前足で土を掻いた。


 ザッ……

 その音だけで、心臓が喉まで跳ね上がる。

 もし、こっちへ走ってきたら。

 僕は——死ぬ?


 ゆっくりとしゃがみ、脛に巻いた鞘からナイフを引き抜いた。

 

「うぁぁぁぁぁぁ」


 ナイフを逆手に持ち、威嚇するとイノシシは咄嗟に逃げていった。


「あっ、合っていたのか?」


 暫く周囲を見回して他に獣がいないかを確認し、水筒を出して飲み干した。


 ◇


 七月六日 木曜日


 朝目覚めると既に気力はなくなり、食料を探しに行くこともしなかった。


 頭の中では「もう十分頑張ったじゃないか」「中学生が三日も山で過ごしたんだから誰も責めない」「親だって心配しているはずだ」と、自分を納得させる言葉ばかりが浮かんでは消えていく。


「うわっ」


 なんとか水で誤魔化そうと冷蔵庫を開けると肉が小分けにされ、冷凍庫を開けると大きな肉が凍っていた。

 冷蔵庫に入っていた肉が何なのかは、わからない。

 それでも別荘の備え付けのコンロにフライパンを置き、肉を入れた。


 肉を置いた瞬間、ジュッという音が静かな部屋に響き、立ち上る匂いだけで胃袋が暴れ出すようだった。まだだ、まだ焼けてないと自分に言い聞かせながらも、何度もフライパンを覗き込んでしまう。


 全身が焦りに震え『欲望』という知っていた言葉を五感全てで欲してしまう。

 

 塩を振り、そのまま食べるとこの世の物とは思えないほど、旨さを感じた。


 少し生の部分もあったが、夢中で食べ続けた。


 食べ終わり、暫く床に寝転んで、余韻に浸っていた。

 ふと気になってボイスメモを確認したが、入っていなかった。

 寝てたのかなと思いながら画面を閉じようとした時、ギャラリーの通知だけが一件増えていることに気付いた。


 動画を開くと、少し遠くの木の陰に僕が隠れていた。

 暫く動かない僕は突然木の横に飛び出し、ナイフを投げた。

 次の瞬間、僕は走って奥に向かってしゃがんでなにかをしていた。


 僕がスマホに戻ってくると、前を写しながら歩いていった。

 そこには小さめのイノシシが横たわり、心臓らへんにナイフが刺さっていた。


 首と心臓から血は流れ、スマホはまた置かれた。

 僕はイノシシをナイフで切っていく。

 その僕の顔は無表情で、黙々と捌いていった。


 布袋のようなものを何枚か出し、部位ごとに肉を分けて、入れていく。


 肉を袋へ詰め終えた僕は、その場で静かに手を合わせた。何も喋らず、ただ数秒間目を閉じ、それから荷物を背負うと一度も振り返らず歩き出した。

 

  

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