一章 25 時は来た。それだけだ!
六月十日 土曜日
『おう獅子丸、むちゃくちゃ怒ってるな、反省、反省!』
(怒ってますよ!隣に同級生が寝てたら!)
『気づいたと思うが悠真の母親から録音データ聞いたか?』
(はいはい、弁護士先生も嘘ついて最初から録音してたこともね!)
『あれが恐らく美月と悠真を救う鍵になる』
(……鍵?)
『これも見たと思うが、悠真の母親の気持ちだ』
『既に尊に送ったが、なにしろもう俺様はおやすみの時間だ』
『尊が編集して切り抜きの状態にしてある、里子へ渡しておけ』
(渡せって、僕が!?)
『美月は兎も角、悠真は時間との勝負だ、朝イチに渡して、こう言え。里子の感じたままに、投稿しろと』
そこで龍馬さんのボイスメモは切れた。
ボイスメモを削除して、悠真先輩のお母さんのラインを開いた。
『勝手ながら三代川先生と相談しました』
『この録音は、獅子丸さんが自由にお使いいただいて構いません』
『あなたの言った回帰のお役に立てば幸いです』
(回帰……会ったんだろうな、龍馬さん)
◇
六月十二日 月曜日 ホームルーム前
(やっぱ……緊張するなー……そうだ、尊くんについて来てもらおう!)
「尊くん……あのぉ」
プイッ
(えっ!?なぜ……)
尊くんは反対を向いてしまった。
ぬぬぬぬぬ
諦めずに席の反対側に行くと
プイッ
と、また反対を向いてしまう。
(なぜだ……データを渡してくれた時は普通だったのに……)
仕方がないので教室のドアへ向かった。
ふと、気になりもう一度尊くんへ振り返ると、
ニヤニヤした顔で僕へいつものように、親指を立て……てない!
人差し指と中指の隙間から親指を出す、あの下品なジェスチャーを見せてる!
(最悪だぁぁ、龍馬さんは誰にどこまで、話をしているか、わかんないよぉぉぉ)
◇
C組の前で綺羅羅さんを呼ぶとすぐに駆け寄ってきた。
「ちょっといい?」とだけ聞いて、屋上の入り口の前の階段まで行った。
「これ」
メモリーカードを綺羅羅さんに手渡した。
「なにこれ?まさかまた、ネタ持ってきてくれたの?神やん!」
「ネタと言えばネタかな」
「……」
「出所もはっきりしているし、聞けば誰からの録音か視聴者にもわかると思う」
「そんなヤバそーなの大丈夫なん?」
「弁護士さんの許可つきらしい」
僕は悠真先輩のお母さんから来たラインを見せた。
「えっ……ってことは、獅子丸、悠真先輩のお母さんに会って直接?」
「とにかく、これは綺羅羅に託す」
「……うん」
「これを聞いて、君の感じたまま、投稿してくれ」
「えっ?それって、それこそ優希とか水樹に相談して……」
「必要ないよ。多分ね」
そう言って僕は教室へ戻った。
◇ 午後八時五十分 自室
僕のスマホから一通の通知が入った。
【緊急 闇バイト少年の録音を公開します】
九時になり、僕はリビングへ降りて綺羅羅さんの動画をテレビで開いた。
「獅子丸ちゃん、珍しいのね、下で動画見るなんて」
「お前の部屋にもあんだろ、テレビ」
姉ちゃんが中指を立てながら僕へ言った。
「ごめん、でも多分……だけど」
「この件で僕ができることは最後だと思うんだ……」
「だからせめて、大きい画面で見てあげようと、思って」
『どうも、綺羅羅です、今、緊急で動画回してます』
『今日私にデータが渡されました』
綺羅羅さんはメモリーカードを画面に写した。
『闇バイト事件に関わった一人の少年の生の声!』
『少年のお母さんから許可をもらい、流すことに決めました』
『プライバシー保護で名前がわからないようにはしてあったけど、まず最後まで聞いて』
綺羅羅さんはパソコンで操作して、別のスピーカーから声が聞こえるようにこちらへ向けた。
『何に使うつもりだった?』
『母親のところへ行こうと思って……』
『電車で行こうとは思わなかった?』
『一人で電車に乗せてもらったことがなくて……。たくさんお金があれば、タクシーで帰れると思いました』
『もし、彼らや先生が想定した通り、日曜日にみんなで君の前に現れたら……君は止められたかい?』
『俺は!臆病だった』
『(ピーーッ)が必死に帰ろうと言ってた』
『ナイフが手を貫いた(ピーッ)を見て、震えていたんだ!』
『俺はっ、俺は……うぅっ……』
「あんた……こんなことに首突っ込んでたの?」
隣に座っている姉ちゃんが僕の刺された右手を見て言った。
反対隣にパパが座ってきて、僕の頭を撫でた。
僕の目にはいつの間にか涙が溢れていた。
他にも音声がいくつか流れていたが、僕は聞けなかった。
全て録音が流れ終わると、綺羅羅さんがカメラに視線を戻した。
『私たちの先生は、この親に呼ばれて、会いに行ったらしいです』
『それも、悪いこと?』
『闇バイトの先輩から逃げるって普通、できるのかな?』
『前回の動画と同じで、今回も録音を聞いて苦しくなったよ』
『皆さんはどう思う?コメント待ってます』
◇
綺羅羅さんが動画を投稿した月曜日の深夜には、どこを開いてもその映像が流れていた。
最初は「かわいそう」と題した動画ばかりだったが、一時間もすると空気が変わり、切り抜き動画、考察動画、リアクション動画、ライブ配信。
多くの人が綺羅羅さんの出した録音を語り始めた。
闇バイトの恐ろしさを語る者。
養護施設の現状を問題視する者。
教育委員会の対応を批判する者。
「児童相談所にも責任があるのではないか」
そんな配信まで現れ始めた。
翌朝の火曜日には、地方議員を名乗る配信者が教育行政を批判し始め、迷惑系配信者が教育委員会や施設へ突撃しているような動画も出てきていた。
テレビが報じる前に、ネットだけが事件を何倍にも膨らませていった。
さらにここまで炎上させたのは、月曜日の朝には、海外サーバーへ一本の動画が投稿されたことが原因だと思う。
【ノーカット版 闇バイト少年・全録音】
弁護士の質問。母親との再会。録音されていた会話。
個人が特定される部分だけが機械的に伏せられ、それ以外は一切編集されていなかった。
コメント欄はさらに燃え上がり、もはや話題は、一人の教師ではなくなっていた。
もう一つ変わったのは龍馬さんが登校するようになったのだ。
それについてボイスメモには特になにも入っていなかったが、龍馬さんもこれ以上なにもできないと思っているのかもしれない。
(余計なこともこれで減るといいのだけど……)
そして約一週間が過ぎていった。




