一章 23 じんじんぶんぶん
六月四日 日曜日 午後九時
『皆さんこんにちは。神谷レンです』
『今日は、人気クリエイターの綺羅羅さんにお越しいただきました』
『学校あるあるを配信してる綺羅羅で〜す。よろしくお願いしまーす』
『早速なんだけど、綺羅羅さんが公開した三日月先生のノーカット会見、かなり反響がありましたね〜』
綺羅羅さんとのコラボ動画は、予想以上の反響を呼んだ。
コメントを見る限り、僕らと同年代の中学生から大人まで、様々な人が視聴しているようだった。
『先生だけ飛ばされてwww』 『校長焦ってたよね?』 『結局、誰が悪いの?』 『自民党が悪い!』 『NHKをぶっこわーす』
事件から日数が経っていたからか、視聴者は次に叩く相手を探すように、次々とコメントを残していった。
レンさんと綺羅羅さんのほかにも、似たような動画を出すチャンネルがいくつか現れ、ちょっとしたムーブが巻き起こっていた。
六月六日 火曜日
「獅子丸ー」
休み時間になるなり、綺羅羅さんがいつものように教室へ駆け込んできた。
「どうしたの? 綺羅羅さん」
「十万人を遥かに追い越し、二十万人突破しましたー」
綺羅羅さんはそう言うと、スマホを見せてきた。
「おぉ〜すげぇじゃねーか」
「お〜、やるね〜。JCユーチューバー!」
豪樹くんと優希ちゃんも入ってきて笑っていた。
「そこでだ! 次は五十万人を目指したい! なにか新しいネタはないのかな?」
綺羅羅さんは含みのある顔で、僕に聞いてきた。
「んー、そのことは結構考えているんだけど……」
「おっ、登録者数を伸ばす妙案を考えているのかい?」
「いや、登録者数のことは考えてないよ……最初から」
「へっ?」
「俺が考えているのは、先生が無事に教室へ戻ってこられるかだよ。最初から」
「でも、この流れを止めたら、先生のことも忘れられちゃうじゃん」
「いやいや、コイツは最初からギブ・アンド・テイクって言ってたべ?」
豪樹が呆れたように綺羅羅さんへ言った。
「それはわかるけど、ここまで反響があったのは、ユーチューブに出せたお陰じゃん。ネタがないと、次の配信日キツいよ」
「元々は『なしなし』じゃなくて『あるある』やってたんだから、それやればよくね?」
優希さんが、椅子の背もたれに頬杖をついて言った。
「今さら普通のあるあるに戻したって、誰も見ないよ!」
「そりゃお前の勝手だろ? そもそも今伸びてんのも、コイツの発案があったからだろ?」
綺羅羅さんと豪樹くんが、言い争いを始めてしまった。
「俺は、結構怖いんだ……実はね」
僕は豪樹くんの腕を引き、椅子へ座らせた。
「怖い?」
「うん。本当にこれで合っているのかなって」
「どういうこと?」
「だって、俺ら所詮、中学生だろ?」
「答えを教えてくれる大人がいないからさ」
僕がそう言うと、みんな黙ってしまった。
龍馬さんに切り替わる日は、最近ほとんど学校を休んでいる。そのため、新しいアドバイスもボイスメモには残されていなかった。
『やってみろ』
そう言われたが、正解のない分かれ道に立たされているようで、僕は自分の気持ちを整理できなかった。
六月七日 水曜日 午前五時頃
ティリーン、ティリーン
通知音が鳴った。
「誰よ〜こんな朝っぱらから」
スマホを布団の中から手だけを伸ばし、通知を確認すると、獅子丸からだった。
「えー?なによこれ?」
通知は動画を貼り付けられ、タイトルには
【JC綺羅羅ヤラセ疑惑!?】
と、書かれていた。
誰だ!こんな嫌がらせしたやつは。許せん!
動画を開くと昨日獅子丸や豪樹たちと口論していた時の隠し撮り動画だった。
豪樹たちや背景はモザイク処理され、名前を呼ぶ場面も私以外丁寧に無音にされていた。
夜中でもあるにも関わらず五十万再生されていて、現在進行系で増えている。
「終わった〜」
私はベッドに倒れ込んだ。
画面を落とし、通知画面に戻ると、もう一通のテキストファイルもあった。
(うわ〜、獅子丸怒ってんのかな〜)
恐る恐るテキストを開くと、計画書があった。
【緊急動画計画】
これ……獅子丸?
しっかりとした書面すぎだろ。
「でも……これなら、行けるかもっ!」
私は跳ね起き、すぐにカメラ担当にラインをした。
◇
六月七日 水曜日 午前四時
「あの子たち……こんなこと」
美月はパソコンで動画を見て、口元を押さえて泣いていた。
「よっし!最速最短で計画ができた~」
「さっすが俺様だっ!そして、そうしーーん」
テキストデータを尊に送り
【確認したら速攻で返信送ってちょーだい】
と、メッセージをつけて送った。
数秒でデカい親指のスタンプが返信されてきた。
「これも獅子丸くんの計画だったの?」
「ん、いや、その里子と会ったのは昨日の俺の判断だ」
「じゃあたまに登校した時に、みんなへ?」
「それもしてないな、指示すると中学生らしさが消えるからな」
俺は冷蔵庫からビールを取り出した。
「えっ?朝方から飲むの?」
「水だろ?こんなもん」
ビールを半分くらい一気に飲んだ。
「アイツらがほとんどやったことだよ、俺様は最後だけ隠し撮りさせて、それを里子ってやつに送るだけだ」
美月の見ている動画を指差して言った。
「獅子丸くん……私のためにそこまで……」
美月は俺の手を握り、俯いた。
「——いや、俺のほうは、それだけじゃないよ」
「えっ?」
「一度、俺様が動いたらミッションが終わるまで止まらんのだ!ガッハッハッハ」
ビールを飲み干して美月の髪の毛をそっと撫でた。
「ちょっと早いが、今日は登校してくる」
「えっ……そう……」
「あっ、お情けいりますか?」
「なっ!?早く行けー」
そんな美月を見て、少し笑い玄関に向かった。
◇
「おーい、ちょっといいかぁ〜里子ー!」
「その名で呼ぶな!なんで綺羅羅と呼ぶ日と呼ばない日があんのだ」
里子は怒りながら俺の所に歩いてきた。
里子の後ろにいるクラスメイトから、クスクスと笑い声が聞こえる。
「読んだか」
「もちろん!準備も完璧よ」
Vサインをだしながらドヤっていた。
「今回の結果如何では、負ける可能性もある」
「えっどゆこと?」
「それくらい重要なミッションだ」
俺はできる限り低い声で里子へ告げた。
「うっ……うん」
「頼んだぞ里子」
「わかった。やるからには成功させる」
里子も真剣さが伝わったのか、そこにいつもの明るい空気は消したようだった。
◇
六月七日 水曜日 午後四時半
【緊急ライブ配信 ヤラセ疑惑 質疑応答】
といったタイトルをつけて放課後、里子は公園の一角でライブ配信を始めた。
画面の端では、コメントが追いきれない速さで流れていた。応援する声に混じって、『ヤラセ』『再生数目的』という文字も何度も現れる。
里子は一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに口角を上げ、当たり障りのない質問から順に答えていった。
『モザイクの後ろにいた最後まとめてた子?答えがわからないと言ってたけど、どういうこと?』
(来たぞ!里子!いけっ!)
俺はカメラの外から、指先で小さく丸を作った。
だが、里子はこちらを見ない。
『えー次ね、あたまるこさん、質問ありがとー』
『答えがわからないと言ってたけど、どういうこと?』
『そうね〜まず彼らは担任の先生を助けたい、これはオケ?』
『実際、みんなで考えーどんな事したらよいかもわからないけど、なしなし放送を企画でやったんだけどー、ぶっちゃけどうしたらいいか彼の言うとおり中坊だからわかんないんだよ』
(頼むぞ……綺羅羅)
『とりあえず私は登録者数のために彼らとやったんだけど……』
そこで里子の声が止まった。
画面の下を流れていくコメントへ、一瞬だけ目を落とす。
何かを続けようとして口を開いたが、声にならない。
里子は空を見上げ、鼻をすすった。
指の背で目元を拭う。
『ごっめん!ちょっと待て、待てっ』
里子は一度カメラに背を向け、両手で頬を押さえた。髪を耳へ掛け直し、大きく息を吸ってから正面へ戻る。
『——もしこの件で一番いい方法……わかる人いたら彼らに教えて上げて下さい』
そう言いゆっくり、深々と頭を下げた。
『ちょっ、今日、なんか、はいっちゃって……』
『なので、今日はね……この辺で失礼しまーす』
『ご視聴ありがとうございましたー』
その時、公園の外から声が聞こえた。
「おおいっ!もう終わりかぁ!?ヤラセ女ぁ!」




