一章 22 買ったら装備しなきゃダメだよ
五月三十一日 水曜日 放課後
「はい、三代川弁護士はなんと……」
「恐らく逆送を狙っているんじゃないですか?」
「簡単に言えば大人として裁きたいということだと……ええ、私もそう思います」
(こちらのチャンスも鑑別所に移送されてからだな)
「獅子丸くん」
「!?」
(澪!なぜここに)
「ええ、少しこちらで所用が入りましたので、後ほど掛け直します」
そう言って通話を切った。
「どうした?澪」
「普段は俺様がーとか言うのに、随分大人みたいな言葉を使うなーって思って」
澪は少し困ったような顔で言った。
(まずかったか)
「そりゃ、俺様レベルになれば、場面に合わせてどんな会話も可能なのだぞ」
「そっか……やっぱ凄いね、獅子丸くんは」
「あったりまえだ!無敵の人だからな」
「多分違う意味になっちゃってるよ」
「そうなのか?」
「ふふっ」
澪は少し笑い、ホッとしている自分に気づいた。
「先生、戻ってこれるのかな」
「さあな、ただ同時に澪の関わっている児相ってところも少しずつ分かってきたって感じだ」
「児相?」
「ああ、澪はなんか嫌なことはないのか?」
そう聞くと澪は俯いてしまった。
(闇はバイトより深そうだな)
「今回は危険なことはないの?」
「ん?ああ、そういう問題じゃないかなー」
「手の……傷みたいな……」
「こんなの大したことないぞ?」
右手をブンブン振って答えた。
「……」
澪は俯き身体を震わせている。
「もう、私の前から大切な人がいなくなるのは、嫌なの……」
(泣いた?いや……泣かせた)
「心配すんな!こんなんじゃ死なねぇよ」
俺は笑いながら、澪の頭にポンッと手を乗せた。
「ちゃんと帰ってくっから——」
言いかけた瞬間、澪は弾かれたように一歩下がった。
「どっ、どうしたっ」
驚いたように目を揺らし、何かを確かめるように俺を見つめている。
「違う……わからないっ!でも違う!」
そう言って階段を走って降りて行った。
六月一日 木曜日
「と、言うわけだ」
「で、どういうわけだ!」
「なに?俺様の完璧な説明でわからんのか?」
「違うわよ。なんでそんな重要なことを今、いうのよ」
「だって……毎日美月……暇じゃん」
「私だって心の準備ってものがあるでしょ?」
「準備ねぇ〜」
ベランダから話してた俺は、景色に向かい煙を吐き出し、空を見上げた。
「中坊が教師の前で煙草を堂々と吹かすな!」
「あと、服着ろぉ!」
俺の服が投げられ、窓に当たり落ちた。
◇
少年鑑別所 駐車場
立派な庁舎のような建物。
少年を閉じ込める施設とは思えない。
あくまでも鑑別を行う施設。
牢獄を牢獄らしく造れば、人は罪悪感を抱く。
だから庁舎の顔を被せた。
行政ってのは、昔からお化粧だけはお上手だ。
「なんか、怖くなって来ちゃったな」
「ああ、だろうな」
「獅子丸くんは入れないんだよね?」
「無茶言うなよ、事件が事件だ。美月を入れるのも苦労した」
「なんか、あさましい行動だと思われる気がするのよ」
美月は俺の手を握ってそう言った。
少し震えているのがわかる。
「カッコつけすぎだぞ?そりゃあ」
「……」
「美月、これは単なる想像だけどな」
「悠真にとっちゃ両親と会うのは、初めてのようなものだぞ」
「……」
「先生なんだろ?仕事してこい!」
そう言って髪の毛を撫でた。
「うん」
◇
二十畳ほど応接室に、三代川弁護士と悠真さんのご両親といる。
そこに悠真くんが、鑑別所の職員に連れられて入ってきた。
目線を下に向け、悠真くんは静かに椅子へ座る。
少し痩せた顔つき、彼の着ている作業着のような紺色の支給服が、外の世界と隔絶する境界線を引いていた。
一度も見たことのないご両親。
悠真くんはチラッとだけ視線を向け、すぐに下へ戻した。
ご両親も同様に目を潤ませ、話しかけようとするが、言葉を出せない。
誰も、この沈黙を破る言葉が見つからない。
そんな印象を私は感じた。
(獅子丸くん……大丈夫なの?言うよ?)
「ひ、久しぶりね、悠真くん、どう?ここは?」
声が裏返った。悠真くんがどう思うか、勝手に想像して、さらに怖くなった。
「ええ、まぁ」
(そうなるよなぁ〜!頼むぞ!獅子丸!言うぞ?)
「外で……獅子丸くん?実は車で待っているんだよ」
悠真くんは、顔を上げ私を見た。
(あってんだよね?言うよ?)
「伝言預かったから、先生……これから言うね?」
「え〜、コホン」
『反省してっか?ヤンキー先輩。あの時言った通り、まず坊主頭にすんだぞ?』
一同、目を丸くしていらっしゃる。
(そーなりますよねぇ〜……帰りたいよぉ)
悠真くんは声を出さず、少し笑いながら言った。
「奴に伝えてくれ、散髪の日が来たら、必ず坊主にしとく……と」
すると、続けて悠真くんのお母さんが口を開いてくれた。
「ゆ、悠真?私の所にも獅子丸くん来てくれたんだよ?」
「獅子丸が?」
「うん、随分しっかりした子だね?」
「私、言われちゃったんだ……」
「お母さんは、お母さんは」
悠真くんのお母さんは、泣き出した。
「動かなかった……悠真のために……」
「次はあなたの番ですよ……とね」
これ以上お母さんはしばらく話せなくなった。
お母さんの肩を抱くお父さんが続けた。
「悠真、お父さんたち、なにができるかわからないけど……紹介してくれた弁護士に頼んで、できる限り支えたいと思っているからね」
お父さんも涙を堪えながら、そう言った。
それから数分間、初めての親子の会話は続いた。
一通り会話が終わると三代川弁護士が悠真くんへ話し始めた。
「えーこれからは証拠となる可能性もありますので録音をさせていただきますね」
悠真くんは、ゆっくりと頷いた。
「最初にその仕事へ応募した理由を教えてくれるかな」
「お金が欲しかった……」
「何に使うつもりだった?」
「母親のところへ行こうと思って……」
三代川弁護士は一度止め、悠真くんのことを少し見ていた。
「住所を知っていたの?」
「施設にあった僕の資料に書いてありました」
「電車で行こうとは思わなかった?」
「一人で電車に乗せてもらったことがなくて……。たくさんお金があれば、タクシーで帰れると思いました」
「施設の職員へ『お母さんに会いたい』とは言わなかったの?」
三代川弁護士は首を傾げそう言った。
「いえ……親の悪口を言われるだけで、十三年間一度も会わせてもらっていませんでした」
「……そうですか」
三代川弁護士は資料をめくり、また何かを考えているようであった。
「資料を読む限り、元々はニ十二日の日曜日に、決行する予定だった これは間違いないですか」
「ええ」
三代川弁護士は一枚目の資料を閉じ、新しい調書へ目を落とした。
「なぜ前日に?」
「先輩から連絡が来て、その日は城戸さん夫婦の家で夜、なんかやるみたいで、人が来るから前倒すって、オペレーターから連絡あったみたいで」
「先輩というのはこの姫川って高校生?その彼に脅されていた?」
「施設の……澪とか優太とか名前は出されていました」
「仲良かったの」
「昔は……そうでした」
「施設の子たちになにかしたんですか?先輩たちは」
「いや、もう既に逮捕され匿名で放送されている」
三代川弁護士がそう言うと、少し悠真くんは、安堵しているような顔になった。
「君は待機場所で松丸くんと会っているよね」
「……はい」
悠真くんの下へ向けていた目線が、弁護士に向けられた。
「なぜ彼はそこを知っていたんだと思う?」
「いえ、僕もそれは謎でした、今もわかりません」
「ええと」
三代川弁護士は資料のページを送った。
「まず、阪本さんと施設を抜け出した時に話をしてますね」
悠真くんは頷いた。
「阪本さんから、松丸くんへ連絡、松丸くんは、アプリで位置を共有していたから、場所がみんなへ伝わった」
「そして一つわからないんだ、何故、決行日をこの子たちは知っていたのかな」
「……わかりません、ただスマホで、話は、学校でしました」
「そうか……」
三代川弁護士は資料を閉じた。
「最後に一つだけ興味があるんだ」
「……」
「もし、彼らや先生が想定した通り、日曜日にみんなで君の前に現れたら……君は止められたかい?」
「……」
悠真くんは俯いてしばらく話さなかった。
そして……一粒、頬を伝った。
それをきっかけに堰を切ったように嗚咽が溢れ、大粒の涙が止まらなくなった。
「俺は!臆病だった」
「獅子丸が必死に帰ろうと言っていた」
「ナイフが手を貫いた獅子丸を見て、震えていたんだ!」
「俺はっ、俺は……うぅっ……」
肩を上下して止まらない。
悠真くんのお母さんは、傍へいきそっと涙を流しながら抱きしめていた。
◇
「三日月先生、三代川先生、本当にありがとうございました」
悠真くんのご両親は深々と頭を下げ、私も頭を下げた。
『ここ何処だとおもっているの?』
『君、中学生でしょ?なんでこんなところで煙草すってんの?』
『名前は?どこの学校だ』
「知らん!俺様が吸いたい場所が喫煙所なのだ」
(あの声は)
「あの、今日は話せて良かったと思っています」
「それではお先に失礼します」
急いで駐車場へ戻ると、獅子丸くんが、鑑別所の職員と揉めていた。




