一章 20 一生左折で右に行く
五月二十六日 金曜日
『お前のプランと議事録は聞いた』
『今回はお前が仕切ってやってみるんだ』
『悪いが、俺様は学校へ行っている暇がない』
(どうゆーこと?……)
◇
昼休み、綺羅羅さんが僕の机を叩いた。
「獅子丸!」
「昨日考えたけど、普通に出しても伸びないわ」
「え?」
「炎上させる」
「……はい?」
「最初に嫌われるの」
水樹さんが顔をしかめる。
「えぇ……?」
「でも炎上したチャンネルって、おすすめ乗りやすいのよ」
豪樹くんが笑う。
「経験者が言うと説得力あるな」
「うっさい!」
◇
『ど『どうもー!綺羅羅でーす!』
『普段は学校あるあるを紹介していますが……今日は特別企画です!』
『闇バイト事件が起きたのは、実は私たちの学校なんです』
『なので今回は!「こんな学校はなし!」ということで――』
『学校なしなし放送!』
『今日は、三日月先生について生徒の皆さんに聞いてみたいと思いまーす!』
『先生は普段、どんな人でしたか?』
「え? いい先生だったよ」
「早く戻ってきてほしい」
『ありがとうございました!』
『次の方です!』
「優しかったよ。箸を忘れたら割り箸くれたりしてさ」
『ありがとうございました!』
インタビューは、その後も続いた。
『優しかった』
『相談しやすかった』
『面白い先生だった』
『怒鳴るところなんて見たことない』
画面には、似たような証言がテンポよく切り替わっていく。
◇
コメント欄は、開始十分で炎上していた。
『ヤラセ』
『学校から金もらってるだろ』
『顔も出せない証言なんて意味ない』
『モザイク外せ』
『テレビの方が信用できる』
五月二十七日 土曜日
「なるほどねぇ……大したもんだ」
獅子丸からのボイスメモで、綺羅羅という奴の動画を見て言った。
ティローン
スマホを開くと豪樹のラインから、一つの画像が届いた。
「澪、上手くやってくれたな」
◇
「む——」
「豪樹?あんた、なに悩んでんの?」
「いや——澪のスマホ、施設の人が、管理してるから、俺のスマホと今、交換してんだろ?」
「そうね」
「優希?これ——開いたデータも残るのかな?」
「はぁ?女の子のスマホを見んなよ!」
優希はそう言うと、スマホを俺から取り上げた。
(……女子のスマホって……魔性だ)
◇
「ええ、そうです、同じ学校の先輩で……」
「よろしいですか?では十五時頃までには伺えますので、宜しくお願いします」
「獅子丸くん、誰と電話してたの?」
「……悠真の母親だ」
「悠真くん……か」
「車借りるぞ?」
「ちょっ……乗れるんでしょうけど、あなた中学生でしょ?」
「しかし、電車で行くと〇時までに戻れなかった時不味いからな」
「なら、私が運転する」
「美月……」
「大丈夫よ」
◇
「くっマジか……」
美月はナビ通り右折レーンに入り、信号で止まった。
右折信号が青に変わる。
ゆっくりと左右を確認し、前へ出た。
ゆっくり……そう慎重に……
そして右折信号は赤へ変わり、後続車の何台かは、クラクションを鳴らしまくっていた……
『てめー!一生右折すんなー!左折だけで走れー』
(うわ〜野次まで飛んできているぞ)
俺は美月の方を見た。
「あー惜しい!でも次は行けるね!獅子丸くん」
俺はそっと助手席の外を眺めた。
(夜が明けちまうよぉ〜)
◇
ニ時間くらい経っただろうか。
ようやく悠真の親の家についた。
二階建ての古びたアパートは、外壁の塗装がところどころ剥がれ、錆びた鉄階段が脇に張りついていた。
狭い駐車場には色褪せた軽自動車が並び、二階の手すりでは洗濯物が風に揺れている。
(102号室……ここか)
キッチン前の窓と思われるガラスは新しく、ドアには石などがぶつけられたような傷や凹みが無数にあった。
美月の目に緊張が見える。
「美月!辛かったら俺だけでいいぞ」
「……だっ大丈夫」
美月は唇を結び、小さく息を吸った。
「そうか」
インターフォンを鳴らすと、三十代中頃の女性が出てきた。
「松丸さんね、悠真の母です」
悠真の母親は会釈をし、俺も会釈で返した。
「えっと、そちらの女性は……テレビに出てた?」
「はい、私の担任の三日月氏です」
「三日月です。この度は力が至らず申し訳ございませんでした」
美月は、深々と頭を下げた。
「どこか近くのファミレスとかに移動しますか?」
「いえ狭い部屋ですが、どうぞお上がり下さい」
部屋の中は、使用感がほとんどなく、物も少なく閑散としている。
奥の棚の上には幼児の写真が飾ってあった。
(悠真か……)
「ご主人は」
「仕事です、お茶でよろしいですか」
「いえっお構いなく」
「粗茶ですが」
「いただきます」
そう言い、一口茶を飲んだ。
「八女の玉露ですか」
「あらっ、わかるのね?」
「昔、お世話になった方がよく淹れてくれました」
「悠真さんの事は警察からなにか伺っておりますか?」
「いえ……児相が間へ入って、ずっと会っておりませんから……」
「ずっと?一度も?」
美月の声は裏返りながら言った。
悠真の母親は苦笑いして美月を見た。
「そんな……」
「実はあの子が何処にいるのかも連絡をもらうまでは、知りませんでした」
「では、どうやって状況を」
「警察と児相からは概ね聞きました」
「あとは……」
美月を一瞬見た。
「テレビなどでなんとなくです」
「お時間がよろしければ、少しお話ししてもよろしいですか」
俺が尋ねると、悠真の母親は黙って頷いた。
しばらく俺の知っていること、美月の知っていることを話した。
美月は途中、涙声になりながら、事実だけを話し、至らなかった点や、他にもっといい方法があったのではないかと自責の念を語った。
「この松丸さんも手を……」
咄嗟に美月の腕を掴み、首を振った。
「わざわざ、なにがあったのかを聞かせていただきまして、ありがとうございます」
悠真の母親はテーブルから横にズレ、深々と頭を下げた。
「ところで悠真さんのお母さん、貯金はありますよね?」
俺がそう言うと驚いた顔をし、少しだけ目を細めた。
「ちょっ、し、松丸くん!」
無視して話を続ける。
「私の知っている代理人弁護士がおります」
「優秀だと思いますが、報酬は高い」
「悠真さんに、使ってもらえませんか?」
悠真の母親は黙って俺を見ている。
しばらく部屋は静まり返ったが、ゆっくりと、口を開いた。
「ずいぶん大人びた、可愛い中学生さんですね」
「……」
「児童相談所は、私たちから子を奪いました」
「それで終わり、もう悠真とはニ度と会うことはないでしょう」
「悠真さんは、あなたを諦めていません」
「……え?」
「では、あなたは?」
「……」
「それは悠真を諦めたからです」
悠真の母親の顔が僅か震えている。
「私の知人に同施設にいる女の子がいます」
「施設で、悠真さんに最後に会ったのは、その女の子」
「あなたへ会うために、犯罪に手を染めた」
「……」
悠真の母親の目から涙がこぼれ落ちた。
「目的はお金を手に入れ、施設を抜け出し、あなたの元へ帰ろうと彼はした」
「今度は あなたの 番です」
「ううっうう……」
悠真の母親は、必死に声を噛み殺しているようだった。
しばらく俺と美月はなにも言わなかった。
「ごっごめんなさいね、あなたの言うとおり、貯金は少しはありますよ、でも何故?」
「夫婦、二人、六畳一間あれば……ってところだと思いました」
「大人みたいね。あと一つ、君のメリットは?」
「回帰です」
「……わかりました」
悠真の母親は美月を見てクスッと少しだけ微笑み答えた。
「松丸さん、こちらこそ、宜しくお願い致します」
◇
悠真の家を出るときには、茜色の空に変わっていた。
そして車に乗り自宅へむかった。
「獅子丸くん?」
含みを持たせた言い回し。
(吹っ切れたかな?)
俺の口角が少しだけ上がる。
「なんすかー!せんせーい」
「あなたね?あんなにちゃんと喋れるなら、私にもちゃんとした言葉遣いしなさいよ!」
「やだー!」
「なんでよ!悠真さんのお母さんには、ちゃんと話してたじゃない?」
「あの人は……相当なやり手だよ」
「やり手?」
「品格も次元がちげー!」
「人を比べるなぁー」
「ん?ここ右だ?」
(まっまさか……)
「あー行けなかった、でも次行けるね!獅子丸くん」
(まだ続くのか……)
対向車線まで、はみ出た美月の車へ
クラクションや怒号が聞こえた。




