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死刑囚、中ニになる  作者: 凛1129
ナイス・ガイの一学期
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2/7

一章 1 ここはどこ?俺様は誰?

 少し寒いな。これが死んだということなのか。

 でも()()()()寒いわけではない。

 すきま風が少しだけ入ってくるような寒さ。

 冬の拘置所のほうがずっと寒かった。

 

 ――龍馬さん。


 誰かが俺様を呼んだ?

 女の声?ずいぶん若い。

 教誨師?刑務官?いや、おっさんばかりだぞ。

 

「……龍馬さんは、」

 また聞こえる。夢か。木の匂いに香ばしさを足したような、懐かしい懐かしい香りが、鼻の奥に感じる。

 居室の机?戻ったのか?

 

 まぶたを開けると、目の前には木目の机があった。

 ……机?違う机?

 頬に木の冷たさが残っている。

 どうやら突っ伏して寝ていたらしい。

 

「龍馬さんの……」

 三度目でようやく顔を上げた。

「ん?呼んだか?」

 反射的に立ち上がると椅子が大きな音を立てて後ろへ倒れた。

 拘置所の居室に椅子?いや……教室?

 その教室の中にいる複数の視線が、一斉に俺様へ集まる。

 黒板、机、制服姿のガキども。

 

 前には二十代半ばくらいの女教師が立っていた。

 おお?可愛いな。

 だが、今はそんなことより、ここは、どこなのだ?

 女教師は少し困ったように笑っている。

 

「あなたじゃなくて、()()さんよ?」

 そう言って俺様の席の反対側を指差した。

 見ると、竜馬と呼ばれる男子生徒がこっちを見ている。

 教室が吹き出した。

 

「あははは!」

「獅子丸、寝ぼけてる!」

「また寝てた!」

 

 獅子丸?

 女教師は笑いをこらえながら言った。

「今日はいつもと違って元気ね、獅子丸さん」

「……待て」

 俺様は自分の胸を指差して、

「俺様のことか?」

「もちろん」

 いや、違う。俺様は阪本龍馬だ。

 そう言いかけた瞬間、違和感に気付く。


 袖口から見える手は、細く、小さく、皺一つない。どう見ても三十代の男のものじゃない。

 

「……なんだ、これ」

 

 教室が静まり返る。俺様は震える手を見つめた。

 小さく細い知らない手。

 制服?らしきもの。

 なによりも女先生……背がデカい。


「獅子丸さん、大丈夫?」

 女教師が駆け寄ってきた。


 待て。待て。待て。

 夢?走馬灯?天国……ではない。

 どちらかというと地獄側だぞ。俺様は。

 

「先生、保健室連れて行きますか?」

 奥にいる女子中学生らしき子どもが、言っている。

「獅子丸さん、気分が悪いの?震えているけど」

「いや……俺は」

「今日は何日の何曜日?」

「処刑……日?」


 またガキ共の視線を一斉に感じる。

 

「「「わははは」」」


「27日 木曜日!」

 

「富野さん、念のため、連れて行ってあげて」

 女教師はまだ笑いをこらえながら言った。

「はい」

 そう返事をすると、俺様の所に来て「行こっ」と言って教室の入り口に向かった。

 

 ◇

 

 廊下には、習字や体育祭のポスター、部活動の大会結果が並んでいた。 俺様には、もう二度と縁のないはずだったものばかりだ。

 富野と呼ばれていた子どもに連れられ、階段を二階分ほど降りて保健室へ向かった。


 ガラガラガラ

 大昔から変わらぬ、安っぽいドアを開けると、富野が「失礼します」と言い保健室の中に入った。

「先生、松丸くんが……」

 なにやら説明を始めた。

 ふと横を向くと、手洗い場の鏡に見知らぬガキが映っていた。

 何だこのガキは。ん?ガキ?

「……誰だ、お前?」

「……」

「——お、俺様はガキなのか!?」

 そう言うと養護教諭らしき女と富野が、驚いた顔をして俺様を見ている。

 少しの沈黙が生まれたが、養護教諭が「ふふっ」と笑いながら「ただの思春期じゃないの?」と言ってきた。

 思春期だと?A級暗殺者で、ナイス・ガイである俺様が?

 

「いえ……さっきは、なんか、震えていて」

 と、富野が困った顔でこちらを見ている。


 どういうことだ。死刑が失敗した? いや、違う。 このガキが俺様なのか。俺様は、このガキになったのか。

 最近流行ってる、あれか。

 いや、見覚えのある光景だし、薄着の魔法使いもいなさそうだぞ。


 「お前は誰だ」

 とりあえず、養護教諭らしき女に聞いてみた。

「お前って……松丸さん、教員に対して「お前」なんて言ったら駄目でしょ」

「一応聞くけど、頭とかぶつけたりしてない?」

「それはこっちが聞きたいことだ」

「んー困ったわね、とりあえず富野さんは教室戻っていいわよ」

「はい、では失礼します」

 そう言うと富野は保健室を出ていった。



 ◇


 その後養護教諭に色々と聞かれたが、身体に異常はないと言い張り、教室へ戻ることにした。

 授業は終わっているようで、ガキ共がうじゃうじゃ廊下に屯している。

 三階に上がり、先ほど俺様がいた窓際の一番後ろの席に座った。


「お前、誰の席に座っとるんや」

 おお、懐かしい。こんなガキ、昔はよくいたな。

 金髪を逆立て、両脇を大きく刈り上げた、いわゆる今時のヤンキーとでも言うのかな?

 

「ここは俺の席だぞ」

「ふん。なにを言っている?俺様は起きたらここにいたのだ」

「子どもが大人に喧嘩を売るな」

 

「大人?お前なに言ってんだ獅子丸?お前のクラスはもっと向こうだ!」

「なに!?」

「ここはE組だ!お前はBだろがっ!」

「やけに俺様のこと詳しいな」

「学区が、だいたい一緒なんだから当たり前だろ?幼稚園から一緒だろうがっ!」

 

 がっ!がっ!とうるさいパイナップルだな。

 育ちの悪いガキだ。 

「貴様と幼馴染だと?」

「はぁ?馴染んじゃいねぇが……なに言ってんだ?」

「俺様が、いかにもアホな貴様と幼馴染だと?」

「アホってお前!口悪りぃな……どした?キャラ変か?」

「キャラ変?こいつが?」

 と、自分を指さした。

「お前、保健室行ったほうが——」

「その保健室から、只今、帰って来たのだ」

「そっそうか……獅子丸、とりあえずお前の教室はあっちだ」

 パイナップルは首を傾げ指を廊下の先に向けた。


 ガキ共がまだ廊下に屯っている。

 あっちを見てもガキ、こっちを見てもガキ。

 少女たちは楽しそうに談話し、男共は、有り余る力を全力で発散するよう暴れまわっている。


 B組の入り口に入ると、なにやら大きな少年の声が聞こえた。

「おい、あいつにカッター持たせたら殺されるぞ」

 何人かの子どもたちの笑っている声が聞こえる。


 いつの時代もこういうのあるんだな。

 そんなことを考え、教室の奥で笑いものにされていたのは、一人の少女だった。

 今のガキは男が女を露骨に虐めるのか。

 そう思い、からかわれている少女へ目を向ける。少女は俯いたまま、教科書を胸に抱えていた。


 可愛い?……そうではない。何故か胸がざわつく。

 理由は分からない。


 その少女が顔を上げた。

「なっ……」

 まさか。 いや、そんなはずはない。


「お前の親父、昨日処刑されたんだって?」

「二代目殺人鬼、目指してる?」


 気づけば左足が動いていた。 つま先がコメカミを捉え、ガキは机へ叩きつけられ、そのまま動かなくなった。

「キャーッ!」

「おまっ、なにやって……」

 悲鳴と怒号が教室中に広がった。


「獅子丸、お前やりす——」

 駆け寄ってきたガキの一人の後頭部を掴んで、引っ張り、鼻先が触れそうなところまで顔を引き寄せた。

「お前もあいつの仲間?」

「いてて、ちげぇよ。離せ、どうした獅子丸!」

「本当か?」

「ちげぇって」

「そら、すまなかったな、少年」

「少年って……お前、朝から変だぞ!」

「そうなのか?それと、もう一つ聞きたいことがある」

「なんだよ?いってぇ……」

 少年は、後頭部に手を置き俺様を睨んでいる。

「あの少女の名前は?」

「あぁ、ってか獅子丸も知ってんだろ?養護施設からお前の家、ちけーんだからよ」

「養護施設?いいから答えろ」

「阪本さんでしょ?阪本澪さん」


「いくつだ!?」

「知らねーよ、でも、俺様らと同じなら十三か十四だろ」


 まさか、そんなことあるのか。

 そう考えた、そのときだった。

「獅子丸さん、なにやってんの!」

 と、先ほどのデカい美人教師が、喚いて駆け寄ってきた。

 あとから男性教師が三、四人入ってきて取り囲まれ、なにか言っているようだが、耳には入らない。


 阪本澪は、俺様を見ている。

面影がある。いや、見間違えるはずはない。


 俺様は少女の前まで歩き、額にかかった前髪をそっと払う。そこに、小さな傷跡があった。

 三歳の頃、転んで額を切り、泣きじゃくっていたあの日。……忘れるはずがない。


「きゃっ」

「松丸!なにやってんだ」

 少女が小さく悲鳴を上げると、後ろから男の怒鳴り声が聞こえ、背後から腕を取られた。

「落ち着け!」

 男性教師が力を込め乱暴に引っ張る。

 だが次の瞬間、身体が勝手に動いた。 掴まれた腕をひねり、力の向きに半歩だけ身体を滑らせた。 気づけば、教師の腕は空を抱いていた。

「はっ?」

「えっ?」

 教師はきょとんとした顔で俺様を見ている。

 ……今のは、死刑囚だった頃の俺様の動きだ。あの頃の記憶は、まだ残っているのか。

 一歩踏み出し、もう一度、澪の前に立った。


  こいつは——俺様の娘だ。 

 

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