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死刑囚、中二になる  作者: 凛1129
プロローグ
1/47

執行の記憶

挿絵(By みてみん)

 4月26日水曜日


 死刑囚というのは、案外暇な生き物だ。


 朝起きて、飯を食って、本を読んで、たまにDVDが見れて、また飯を食う。十年もそんな生活を続けていると、季節の匂いだけで月日がわかるようになる。


 もっとも、それも今日で終わりらしい。


「阪本さん」


 鉄格子の向こうから刑務官が静かに呼ぶ。


 ああ、来たか。


 その一言で十分だった。俺様は湯のみを置き、冷めきった茶を一口だけ飲んだ。


「今日でお別れです」


「そうか」


 思っていたより足腰は軽い。

 人間というのは不思議なもので、腹を括ると案外歩けるらしい。


 ちがうな。

 

『うぁ〜ごめんなさい、ごめんなさい』

『お、お前ら呪い殺してやるからな』

『心身が健康じゃない時は、執行されないはずだろ! 法律違反だ!』


 約十年いたここで聞いた断末魔が、蘇ってきた。


 はは。俺様はやはり皆に言われ続けた、変わり者だったのかな。 


「緊張されていませんね」

 左側の刑務官が歩きながらぽつりと言う。


「十年待たされたんだぜ?」

 手錠を掛けられた両手を軽く持ち上げ、カシャカシャと手振って答えた。

 

「むしろダラダラと二、三十年ぶち込まれている方がダルい。だが、生きている間にHUNTER×HUNTERの最終回が見れなかったのは残念だ」


 刑務官は困ったような顔をし、喋れない代わりに笑顔で俺様を見ている。


 (うわ〜……もろおっさんだな)


 最後くらい二十代のギャルとかが連れて行ってくれれば、断末魔も少しは減るだろうに。

 いや、俺様の場合は、もう一度部屋へ戻って髪を整える時間を要求するかもしれんな。


 黒髪でも金髪でも構わない。胸が大きければ、なお良し。


(こんな日に笑う奴なんて、まともじゃない。ああ、昔からまともだった覚えもない)


 相変わらず味気ない廊下だ。十年見続けた景色だというのに、最後まで趣味が悪い。


 静かだな。しかし、他の死刑囚の居室から、無言の安堵した心の声が聞こえてくるようだった。


『今日は俺じゃない、助かった……』


(俺様もそう思っていた時期もあった……あったっけ?)


 ◇


 案内された部屋で教誨師が頭を下げる。


 いつもの上間住職だ。

 住職のくせに髪の毛が長い。こいつは袈裟を着てなきゃ、サラリーマンにしか見えんはずだ。このなまくら坊主め。


「最後に、お話しされますか」

「いや」


 そんな坊主に今さら語ることなどない。

 断ろうと思ったが、しょうもないことを聞いておこうと頭の中によぎった。

 

「一つだけ聞いていいか」

 

「なんでしょうか」

 

「娘が四歳の頃ってな。父親との約束なんて、覚えてるもんかね」


 坊主は、すぐには答えなかった。少しだけ目を伏せてから、小さく微笑む。

「忘れていても、不思議ではありません」

 

「だよな」


(そう言われたかったんだろ?)


 俺様の中で俺様が笑っている。

「なら安心だ」


(嘘つけ!)


 忘れていてほしいだけだ。死刑囚の父親なんて、覚えていて得することは一つもない。


 そんな話をひとしきり終え、煙草を一本吸った。

 おお、ヤニクラ? 何年ぶりだ?


「最後に酒と女も用意してくれれば、文句はなかったんだがな」

 

「女は難しいですね」

 

「酒だけならいけるみたいな言い方するなよ」


 上間住職は少しだけ笑った。これが最後に見たシャバの人間かと思ったら、一発くらい殴っておけばよかったと思う。


 ◇

 

 そして、頭がクラクラしながら刑務官に案内されるがまま、教誨師のいる部屋を出た。

 

「ここが、一生で一度しか入れない部屋か!」


 刑務官が驚いた顔をしている。

「阪本さん、時間です」


 そう言うと複数の刑務官が、布袋を俺様の顔に被せ、手足を縛っていく。


「あらーん、やだ、すいませ〜ん」


 足元から中年と思われる女性の声が微かに聞こえた?

 そう思ったが、すぐに静寂に戻り、何事もなかったように、またカチャカチャと俺様を拘束する作業が進められている。


(女か……)


 最後に聞く声が、むさ苦しいおっさんじゃなかっただけでも【大当たり〜】なのかもしれない。

 欲を言えば、顔も見たかったが、中年という予想が外れていた時の落胆を考えれば、声だけにしておいた方が夢はある。


(おいおい、それより下の女、バカなのか?)


 声を出したら、これから落っこちる距離感が想像できちまうじゃねーか。デリカシーのない女だ。


 落下する時、近くにいたら蹴飛ばせねーかな?

 

 刑務官の作業が終わり、一切の音が遮断された。


 足元が抜ける感覚と同時に身体が沈み、首に今まで経験したことのない衝撃が走った。


 痛みなのか熱なのか判別もつかず、息を吸おうとしても肺が動かない。覆い隠された布の中から視界だけが妙に鮮明になり、どこか遠くで誰かが叫んでいるような気がした。


 ……まだ、意識があるのか?


『助けて……』

 はっ?誰?……しぶてぇな……俺様。


『殺す……僕が……必ず……』


 だから誰……だ……?


 ——そうだ……澪に謝らなきゃならねぇ。

 約束、守れなかった……な……


 澪……すま――

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