一章 16 カエルのオジ様は今、寝てる
◇
過ぎ去ってゆくタクシーを眺めていると、一台のデカい乗用車が止まった。
(おお、Sクラス……水樹んちは、金持ちか)
後部座席から若い女が、降りてきた。
「水樹ちゃん、あんた無事なの?」
「あっママ、別に危ないことしてないし」
運転席からも男が降りて近づいてきた。
(アレはパパ殿か)
「オッサン、近寄んなよ、うっぜーな!」
(おぉ〜ザッ思春期だねぇ〜)
「豪樹」
「あっ兄貴」
「フけるぞ」
「いや獅子丸とまだ話さねーと」
ゆっくりと兄貴らしき男が近づいてくる。
(うわ〜めちゃくちゃ見た目、反社やん)
「豪樹のダチか、豪樹と仲良くしてくれてありがとな」
見た目とは裏腹に、律儀に頭を下げてきた。
「っで、どうする、余計なこと弟がゲロるなら、一度家族の迎えってことで仕切り直したほうが、いい気がするだが……」
「ああ、そうしてもらったほうが、助けたい男のためにも良い」
「マッポは、都合のよい証言を捏ち上げる……ってことかな?」
豪樹の兄貴は煙草に火をつけ言った。
「ええ、なので、豪樹くんをよろしくお願いします」
豪樹の兄貴に姿勢を正し、一礼した。
「……ふっ、わかった」
「しっかし……お前、本当に中坊か?」
豪樹の兄貴は少し笑いながら「豪樹、行くぞ」と言い、豪樹の乗ってきた単車で帰っていった。
「尊、尊」
もう一台、国産車が到着して、尊を呼ぶ声がした。
「ああ、父さん」
「凄いことになってるなぁ」
「うん、一生に一回も見れないような事件だね」
「そうだな、尊、ちゃんと記録しているか?」
「フッフッフ……当然だよ、父さん」
親子揃って不敵な笑みを浮かべている。
(こ、コイツら親子……)
遠くから緊急車両のサイレンが聴こえてくる。
◇
「通報があった! 被害者はどこですか!」
救急隊の一人が野次馬へ聞いた。
「いや、入ってないからよくわかんないけど、そこに城戸さんの旦那さんが倒れているよ」
ストレッチャーが一台、現場へ駆け込んできた。
「一台じゃ足りない!」
手で奥を指した。
「一人は死亡確認レベルだ! 奥にもう一人! 心肺蘇生で脈は戻った。止血済みだが危険だ!」
救急隊員はこちらを見て一瞥した。
「君が?処置したのか?」
「説明はあとだ」
「二傷病者だ! ストレッチャーもう一台! 資機材持ってこい!」
「了解!」
そこに二人の大柄な刑事が俺様の目の前に立った。
「お前が残れって言われたのか?」
「あ?」
二人の刑事を睨みつけた。
「ウチの署にな、先生と二人で自首しに来た子がいてな?」
「なら、問題ないだろ」
「いやいや、お前が関わっていない証拠はないんだよ?僕ちゃん」
薄ら笑いを浮かべながら、こっちを見ている。
女性救急隊員が近寄ってきた。
「君、この手はどうしたの?」
「あ、いや……」
「ちょっと確認だけするね」
「っ……」
「えっ、この手……」
女性隊員は、通信機で報告する。
「右手の貫通刺創。恐らく刃物によるもの、受傷後、刃物は抜去済みです」
「ちょっい待って下さいよぉ。救急の方」
「はい?」
「この子は重要参考人だ、一度こっちで預かる」
「そんな状態ではありません!法律では——」
刑事は話を遮り言った。
「これは強盗殺人だよ?」
「!?」
「コイツが余計なことをして、他の奴らを捕まえられなかったら、救急隊員さんは責任とれるのかい?」
「いえ……それは……わかりませんけど……」
◇
救急車のサイレンの光が遠ざかる。
右手を押さえたまま、刑事に両脇を挟まれてパトカーへ乗せられた。
「事情だけ聞かせてもらう。任意だから安心しろ」
「へぇ」
鼻で笑う。
「任意って、断ったら帰してくれるやつだろ?」
刑事の眉がぴくりと動いた。
◇
取調室。
音楽室にある防音の壁に包まれた狭い部屋には、机が二個あり、窓の内側には薄いクリーム色の鉄格子が等間隔で、何本も取り付けられていた。
(懐かしいなぁ〜、またここに来るとは)
「事件に関わった理由は?」
「事件?」
「とぼけるなよ?」
刑事は机を叩いた。
「現場には死体が一つ。重傷者が一人。お前は血まみれだった」
「だから?」
「だからじゃない!」
若い刑事が身を乗り出す。
「お前がやったんじゃないのか?」
「それを調べるのがお前らの仕事だろ?」
「質問してるのはこっちだ!」
「任意で引っ張って、自白だけ欲しがる……変わらないねぇ」
椅子にもたれ、口元だけ笑った。
「刑事さん。協力はできねぇな。まず男だし可愛くない」
「入ってくる時にいた、交通課かな?身体の小さいあの女の子と変われ」
若い刑事は顔を真っ赤にする。
「ガキが……!」
拳を振り上げたところで、隣のおっさん刑事が腕を掴んだ。
「落ち着け」
「ですが!」
「乗せられるな」
獅子丸は肩をすくめる。
「原則無罪っすよ〜」
「……」
部屋に重苦しい沈黙が落ちた。
その時だった。
廊下が急に騒がしくなる。
「失礼します!」
若い署員が慌てて飛び込んできた。
「松丸獅子丸くんの件で面会希望者です!」
「家族なら待たせろ」
「いえ……それが」
署員は唾を飲み込んだ。
「弁護士が四名。ほかにも市議会議員、会社経営者、それと教育委員会関係者まで来ています」
「何?」
「松丸さんのお父様も一緒です」
刑事たちの表情が変わる。
「お待ちください! ここは関係者以外——」
「違法な任意同行では?」
(あの声……ゆるふわ親父?)
直後、取調室の扉が開いた。
スーツ姿の男が静かに入ってきた。
(はっ?やっぱ、ゆるふわ親父!?)
その表情に怒鳴り声はない。
だが、その静かな目だけで、室内の空気が張り詰めた。
「私の息子を、重傷のまま任意同行されたそうですね」
いつもと違う低い声だった。
「まずは経緯を説明していただけますか」
ゆるふわ親父の後ろには、美月と数名の弁護士が並んでいる。
誰一人、声を荒げてはいない。
それでも取調室の空気は、一瞬で刑事側のものではなくなった。
◇
うっ……息が出来ない……
あれ……僕は……悠真先輩を追って……
刺された……死ぬ?
「ぶはっあ……」
僕は飛び起きた。
「はぁはぁ……」
目をあけると……水樹……さん?
見渡すと、点滴?殺風景な部屋……固いベッド……
(また、病院?)
「おぉ〜やはり王子もキスすると目覚めるのか」
「パチパチパチー」
水樹さんは、なぜか僕の上に跨がったまま拍手している。
「な、なにしてんの?水樹さん」
「なにって——目覚めさせにっしょ?」
「えぇ?」
くちびるに残る微かな温もり……
顔が熱くなってゆくのがわかる……
ガサッ
水樹さんが僕に抱きついて言った。
「私だって……女の子なのだ」
「……」
(水樹さん……少し震えている?)
ガラーッ
「あ、あなた、誰っ!?」
看護師さんが、入り口で怒っている。
「おっとー、ヤバい、ヤバい」
水樹さんは、咄嗟に離れると、窓にヒョイっと飛び乗った。
「んじゃ、アタシ、学校行ってくるわ」
手を上げて、飛び降りた。
「水樹さん!?」
慌てて窓の外を見ると、ハシゴを降りて、走って行ってしまった。
「こんな脚立まで持ってきて、誰なの、あの子?」
「いやあー誰でしょっ?あの子、アハハハ……ァ」
僕は咄嗟に気の利いた言い訳も思いつくわけでもなく、笑って誤魔化すしかなかった。




