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死刑囚、中二になる  作者: 凛1129
ナイス・ガイの一学期
15/47

一章 14 血の⋯⋯普通の土曜日

 

「おい。もういいだろ」


 生け垣の中で、獅子丸は動かない。身体の半分が葉に埋もれ、右手だけが不自然に外へ投げ出されている。突き立てられたナイフだけが、外灯の光を細く反射していた。

 

「死んでねえよ。たぶんな」

 

 男は確かめようともせず、吐き捨てるように言った。


「こんなガキ、どうでもいいだろ。それより時間ねえぞ」

 男の一人がスマホを取り出した。


「場所、どこだっけ?」

「待て。今出す」


(行くのか……本当に)


「これだ。○○県、▲▲市――」

「ここから二十分?」


 男は地図を拡大し、画面を隣の男へ向けた。

 地図の青い線が、現在地から目的地まで伸びていた。


「▲▲市□□町三の二の一。城戸って家だ」

「金、本当にあんのかよ?」

「指示役の話じゃ、家に現金で二千万。年寄り二人暮らしだ」


これから自分が何をやらされるのか、急にはっきり見えてしまった。


「お前がインターホン押せ」


「警察です、夜分遅くすいませんって言って、玄関を開けさせろ。あとは俺らがやる」

「……聞いてた話と違う」

「あぁ?」

「見張るだけって……」


 肩を掴む手に力が入った。

 骨を握り潰すような力に、悠真の顔が歪む。


「ここまで来て帰れると思ってんのか?」

「でも――」

「お前の顔も施設も、澪ちゃん?も知ってるからな」


 男の口元がわずかに吊り上がる。

「ほら、行くぞ」


 背中を押され、一歩、靴が砂利を踏んだ。

 生け垣へ目を向けた。


 助けに来た理由も、なぜ自分を先輩と呼んだのかもわからねえ。


「……ごめんな」


「おいっ、そのクソガキのスマホも切っとけ!」

 悠真はポケットの上から、スマホを握りしめた。

 


 ◇


『おーい!尊ぅ、なんか、獅子丸の位置消えてっぞー』


 通話口から聞こえる豪樹くんの声は、いつも通り大きかった。

 けれど、その声の奥には、わずかな焦りが混じっている。


「豪樹くん? 消えているけど、運動公園にいるはずだよ」

『そうなの? なんかやべーことになってんの?』

「わからない……でも今、美月先生と合流して運動公園に向かってる」


 少し歩調を速めながら答えた。

 夜道を照らす街灯が、一定の間隔で二人の影を長く伸ばしていた。


『わかった! 大至急向かうよぉ、俺も』

「うん、お願い……」


 画面が暗くなったあとも、スマホを強く握ったままだった。



「獅子丸ー」


 呼びかけても返事がない。

 生け垣の奥へ目を凝らすと、枝と葉の隙間から制服の袖が見えた。


 獅子丸が、なんか植木みたいなところで転がっているよー。どうしよぉ。


 片方の腕が葉の外へ出ている。

 その手にはナイフが刺さり、周りの地面が黒く濡れていた。


(どうすんの? アタシ、こんなとこ見たことない。怖い)


 喉の奥から変な声が出そうになり、水樹は慌てて唇を噛んだ。


「ちょっ、生きてんの? アタシどうしたら良いの?」


 しゃがみ込み、獅子丸の顔を覗き込む。

 目は閉じたままで、頬には土と葉が張り付いている。


 抱き上げる? 呼ぶ? エッチとかしたら起きるの?


「わかんなーい」


 頭の中に浮かぶのは、役に立たないことばかりだった。

 救急車を呼ぶべきなのか、動かしてはいけないのか、それすらわからない。


 とりあえず膝に乗せる? 頭持つ?


 両手を伸ばし、ゆっくりと獅子丸の頭を持ち上げた。

 髪の間に指を入れ、できるだけ傷つけないように持ち上げる。


 思ったよりも重い。

 腕に力を入れ、自分の胸元へ引き寄せた。


 そして、そっと抱きしめる。


「うわぁ〜、ナイフが土から抜けちゃったよ〜」

「あってんの? おいっ、どーすんの? これ」


 顔を覗き込みながら、何度も呼びかけた。


「水樹さん!」

「先生!」


 遠くから声が聞こえた。

 足音が近づき、生け垣の向こうで懐中電灯の光が揺れる。


「ん?」


 何かが水樹の腰のあたりへ触れている。


 あら? お尻触られてる?


 ◇

 

「……小さい……胸?」

「わっ!」


 突然聞こえた声に、水樹の身体が跳ねた。


 ゴトッ。


 抱えてられていた頭が地面へ落ちた?


「……ってぇ」


 後頭部に鈍い痛みが走った。


「獅子丸!」


 水樹の顔が目の前へ飛び込んでくる。

 今にも泣き出しそうな顔をしていた。


 なんか……抱きしめられてる? ……小さいのに。


「一回落とされた?」


「獅子丸くん」


 別の声が聞こえる。

 目だけを動かすと、美月が膝をついてこちらを覗き込んでいた。


(美月?)


「獅子丸!」


 水樹の声が耳元で響く。


(この小っさいのは……水樹か……)


「獅子丸くん!」


 その後ろから尊が顔を出す。

 スマホを手にしたまま、困惑した表情を浮かべている。


(ああ……? 盗撮魔……)


 地面へ手をつき、ゆっくりと身体を起こした。

 身体のあちこちに鈍い痛みがある。


 視界が一瞬揺れ、胃の奥がひっくり返りそうになった。

 それでも目を細め、周囲を見渡す。


 水樹、美月……ややこしいな。一文字違い……あと尊がいる。


「みんな! 待たせたなっ!」


 水樹が眉を寄せる。


「……はっ? なにそれ」

「いや、気にしなくて良い。お決まりだ」


 何事もなかったように言った。

 しかし、右手を動かした瞬間、鋭い痛みが腕を走る。


「水樹、何時?」

「えっ? あぁ、○時七分?」


 水樹は慌ててスマホの画面を確認した。


「痛っ!」


 掌に刺さったナイフが、動くたび傷口を広げていた。


「だっ大丈夫なの?」


 水樹が青ざめた顔で手を見る。


「ああ、手にナイフ刺さっているわな」


「尊、どういうこと?」


 美月が顔を上げる。


「いや、獅子丸くんが知ってるんじゃないの?」


 尊は困ったように首を振った。


「あーいや……記憶喪失?」


 頭の中を探る。

 直前まで何をしていたのか、何も残っていない。


「君の位置情報がここにあったから、みんな……」


 尊がスマホの画面を見せる。

 地図上の印は、運動公園の一点で止まっていた。


(獅子丸が……単独で行動を?)


 自分が表に出ていない時間。

 その間に、獅子丸が何かをしようとした。


「尊……スマホがないんだ。調べられるか?」

「あっ……うん」


 尊がすぐに自分のスマホを操作し始める。


「えっ? ないの? どこに落としたのよぉ」


 水樹が立ち上がり、周囲の地面を見回した。

 生け垣をかき分け、落ち葉を足で避けながら探してくれている。


「あったわよー」


 少し離れた場所から、美月の声がした。

 十メートルほど先で、スマホを頭上へ掲げている。


 ふらつきながら立ち上がり、美月のところまで歩いた。

 スマホを受け取る。


「あー! 画面が割れてる! 誰だ、こんなことしたやつは!」


 画面には細かなひびが入っていたが、まだ動く。

 ロックを解除し、履歴を確認した。


 調べると、録音データが残っていた。


 録音時間は十数分。

 再生ボタンを押すと、風がマイクを叩く音、砂利を踏む足音、男たちの低い声が流れた。


 録音を最後から巻き戻しながら、要点を探していく。

 指を止めては再生し、違えばさらに前へ戻した。


『▲▲市□□町三の二の一。城戸って家だ』

『金、本当にあんのかよ?』


(あった……ここに悠真はいる)


 男たちが出発してから、すでに時間が経っている。


 ブァーー! バンッボー!


 突然、運動公園の入口から大きな排気音が響いた。

 単車のライトが闇を切り裂き、砂利を跳ね上げながら近づいてくる。


「豪樹っ!」


 水樹が振り返る。


「いやー、遅れてすまん。どうなってんの?」


 豪樹は状況がまったくわからない顔で、単車から降りた。


「ちょうど良かった! その単車でここに向かってくれ」

「ああ? よくわかってねーんだけど?」


 スマホの地図を豪樹へ見せる。


「おお、おまえは本当にタイミングが良い〜な〜! パーカーも脱げ!」

 

「は? なんでだよ」

 

「良いから良いからー」


 豪樹は首を傾げながら、パーカーの裾を掴んだ。

 言われるまま頭から引き抜く。


「ほらよ? さみーのか?」


 答えず、右手に刺さったナイフの柄を握った。

 息を止め、一気に抜き取る。


「おまっ、おい! 刺さってんじゃん!」


 掌から血が吹き出す。

 赤い雫が次々と地面へ落ちた。


 水樹が小さく悲鳴を上げる。

 美月も息を呑み、獅子丸の手を見つめた。


 ナイフで豪樹のパーカーを引き裂く。

 布地が鋭い音を立てて裂けた。


 長く切った布を肘より上へ巻きつけ、腕を強く圧迫する。

 さらに掌の傷口へ、残ったパーカーの切れ端を何重にも巻きつけた。

 歯で布の端を引き、片手で強く結ぶ。


 血は完全には止まっていないが、吹き出す勢いは弱まった。


「美月、住所はここだ」


 地図を開き、ラインで住所を送る。

 美月のスマホが短く鳴った。


「俺様は一足先に行って、止められたら止める」

「子どもたちは任せた」


 そう言って、豪樹の単車の後ろへ飛び乗った。


 美月が何か言おうと口を開く。

 その前に続けた。


「単車は見逃してやってくれ」


 豪樹が片足で車体を支えたまま、後ろを振り返る。


「豪樹、行こう!」

「あっ……ああ、わかった」


 豪樹がアクセルを回す。

 エンジンが吠え、単車の車体が細かく震えた。


 単車は運動公園の出口へ向かって加速し、そのまま夜の道路へ飛び出していった。

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