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死刑囚、中二になる  作者: 凛1129
ナイス・ガイの一学期
14/47

一章 13 あとで喋ると滑っちゃいそうな話!

 五月二十日 土曜日 午後九時半


(もう……ここに戻ることもない……)

 窓から外へ抜け出し、白浦学園を見上げた。


 ほとんどの部屋は消灯している。毎日見てきたはずの建物なのに、金網の外から見ると、巨大な檻のように思えた。


 シュボッ。


 ライターの火が、暗闇の中で一瞬だけ揺れる。


 悠真は煙草に火をつけ、肺の奥まで吸い込んだ。ゆっくり煙を吐き出すと、張り詰めていた胸がわずかに軽くなった。


「悠真くん、どこに行くの」


「……っ」


 澪の声だった。


 顔を見れば、ここから動けなくなる気がした。


「澪か…」


 背後から、澪の小さな息遣いだけが聞こえてくる。


「俺、必ずここを潰す」

 握った拳が震えた。

「その時は、お前も自由になれるように……」


「行かないで……」


「くっ!」


 煙草を地面へ落とし、全力で駆け出した。

 金網へ足を掛け、一気によじ登る。


「俺だって……」


 口からこぼれた言葉は、夜風に消えた。


 ◇


「マジか! 澪!」


『うんっ、行き先は聞いていないけど……その……うっうっ……どうしたらいい?』


 電話の向こうで、澪の声が震えている。


(澪……)


 僕まで不安そうな声を出したら、もっと怖がらせてしまう!

 

「いや、大丈夫。よく連絡してくれた。ありがとう」


 できるだけ落ち着いて聞こえるように、ゆっくり話した。


「もしかしたら、あれだ。決行日は明日だろ? 急にゲーセンへ行きたくなったのかもしれねーぞ?」


『でも、そんな雰囲気じゃっ……』


「わっ、わかっているよ!」


 やばっ声が裏返った……


「澪、だから……あの……俺様がいる」


『……獅子丸……くん?』


「いや、まあ、任せておいて……じゃなくて、任せておけ! 俺様に!」


 澪が何か言う前に、僕は無理矢理電話を切った。


 部屋が急に静かになる。

(今日は僕しかいない……)

 

 だけど、ボイスメモには、尊くんたちも明日のために動いていると残されていた。


 机の一番下の引き出しを開ける。参考書を何冊も取り出し、底板の端へ指を掛けた。


「くっ……」


 爪を隙間へ押し込み、板を持ち上げる。

 暗い空間の中に、黒い鞘が隠れていた。


 僕のフェアバーン・サイクス。

 鞘から刃を少しだけ引き抜く。

 鋭い光が、細身の刃を走った。


 僕の口角が上がるのがわかる。


(龍馬さん。一つ、僕の勝ちです……)


 脛にベルトを巻きつけ、鞘を固定する。

 ズボンを下ろせば、外からは見えない。

 スマホを取り出し、運動公園までの道順を表示した。


「多分、今、龍馬さんをやれるのは……僕だ!」


 窓を開けると夜風が一気に部屋へ入り込み、カーテンが大きく膨らんだ。


 僕は窓枠へ足を掛け、二階から外へ抜け出した。


(勇気なら……勇気だけならっ!)


 運動公園へ向かって走り出す。


(僕も……澪を守る!)


 ◇


 駐車場の外灯の下に、何人かの人影が集まっていた。

 僕は道路脇の生け垣へ身を滑り込ませ、枝の隙間から様子を窺った。


「おー、悠真。今日の役割、わかってんよな?」


「あぁ、はい……ところで、ちゃんと金もらえるんすよね」


「あぁ?」


 身体の大きな男たちが顔を見合わせる。


 薄暗くて表情まではよく見えない。それでも、馬鹿にするような笑い声だけははっきり聞こえた。


「おお、やるよ? 成功すればな?」

「やる前から金の心配かよ? へっへっ」


(龍馬さんなら……どこで助ける?)


 今、飛び出す?

 それとも、もう少し様子を見る?

 見えているだけでも、男は五人以上いる。


(僕一人で……?)


 心臓の音が、相手に聞こえてしまいそうなほど大きい。


(やれない理由を探すな!)


 僕は自分の腕へ爪を立てた。

 痛みで震えを押さえつける。


(僕は……僕は変わる!)


 生け垣をかき分け、駐車場へ飛び出した。


「悠真先輩っ!」


 ◇


「獅子丸くんっ!」

 僕は、椅子を蹴るように立ち上がった。

 机の上に置いた端末には、運動公園周辺の地図が表示されている。

 獅子丸くんの位置を示す印が、明日向かうはずだった駐車場で点滅している。


(なぜ……獅子丸くんが、明日のポイント地点に……今日?)


「誰に聞いたんだよ……明日のはずだった!」

 スマホを掴んだ。

 連絡先から美月先生を選び、通話ボタンを押す。

 呼び出し音が、やけに長く感じる。


『もしもし?』


「美月……先生?」


『どうしたの? 尊さん?』


「先生!」


 声が喉につかえた。


「獅子丸くんが……いえ、松丸くんが、運動公園の駐車場にいます」


 ◇


「おいっ、尊! どうなってんの?」

『あっ、ああ、水樹さん?』

「なんで獅子丸が今日、運動公園に移動してんの?」


 制服の上へパーカーを引っ掛けながら、スマホを耳と肩で挟んだ。


『僕にもわからない……美月先生には連絡した』


「アタシ、これから向かう」


『僕も……行く!』


「わかった。運動公園の入口で合流するよ!」


 通話を切り、玄関に置かれていた靴へ足を突っ込む。


 踵がうまく入らない。


「もうっ!」


 靴紐を結ぶ時間も惜しかった。

 踵を踏んだまま、玄関を飛び出した。


 ◇


 走って現地に向かっているところにワイヤレスイヤホンへ、着信音が流れた。


「誰!? 今、緊急!」


『優希っ! やっぱ緊急なのー?』


「うん、今、運動公園に向かっている」


 喋るたびに息が切れる。

 足が重い。喉の奥が乾いて痛かった。


『じゃあアタシも向かうっ!』


「うん……じゃなかった! 多分、優希さんは澪ちゃんのところだと思う!」


『澪? なんで!?』


「いや……」


『アタシも行くっ!』


「違う……聞いて! 多分、あの、多分だけど……」


『ああん?』


「獅子丸くんは、優希さんに澪さんを任せていた」


『あっ……』


 イヤホンの向こうが静かになった。


「僕たちは……獅子丸くんを信じよう」


 走りながら、端末で確認した位置を思い出す。


 獅子丸くんは一人で、明日の予定地点へ向かった。

 何か考えがあるはず。

 そう思わなければ、怖くて足が止まりそうだよ。


『……わかった! こっちは澪のところに行く!』


「お願い!」


 通話が切れる。

 僕はスマホを握り直し、運動公園へ向かって走り続けた。


 ◇


「澪……澪……!」

 優希は走りながら、もう一度発信ボタンを押した。


『この電話は、電波の届かない場所にあるか、電源が――』


「やっぱ、繋がんない……」


 足を止め、白浦学園のある方向を見る。

 運動公園とは反対方向だった。

 獅子丸が自分へ澪を任せた理由。

 今になって、ようやくわかった気がした。


「なら、行くよぉ〜!」


 優希はスマホを強く握り、白浦学園へ向かって走り出した。


 ◇


「誰だぁ? この子どもは……」

 男の一人が、こちらへ近づいてきた。


(大きい……)


 近くで見ると、僕とは身体の厚みが全然違う。

 逃げたい。

 それでも僕は男から目を逸らし、悠真先輩の腕を掴んだ。


「悠真先輩!」


「せん……ぱい? お前……誰――」


「帰りましょう、先輩」


 悠真先輩が何か言いかけた。

 その瞬間、視界の端で男の脚が動く。


「うぐっ!」

 腹へ強い衝撃が走った。


 身体が地面から浮き、肺の中の空気が一気に押し出される。


「かっ……は……」


 息を吸おうとしても、喉が引きつるだけで空気が入ってこない。

 膝から崩れ落ち、両手をアスファルトへついた。


(苦しい……苦しい……息ができない……)


 何をされたのか、ほとんど見えなかった。


(僕には……無理?)

 掌へ砂利が食い込む。

 男たちの笑い声が頭の上から降ってくる。


(澪……)

 

 ズボンの裾を上げ、フェアバーン・サイクスを鞘から引き抜く。


「おいっ、この小学生、ナイフまで持ってきたぞー!」

「ははっ、やっちゃえ、やっちゃえ!」


「うぉぉぉぉぉぉっ!」

 立ち上がり、目の前の男へ刃を突き出す。


(かわされ……た?)


「おーらよっと」


 頬に何かがめり込んだ。

 視界が白く弾け、身体が横へ吹き飛ばされる。


「うっ!」


 地面へ肩から叩きつけられた。

 口の中に鉄の味が広がる。


 悠真先輩を見たが目が合いそうになった瞬間、悠真先輩は顔を背けた。


(……悠真先輩)


「おぁぁぁぁっ!」


 僕はナイフを握り直し、もう一度立ち上がった。


(足を止める! 狙いはアキレス腱)

 男の膝下へ向かって刃を振る。


「ほらよっと!」

 背中に強い衝撃が走った。


「うぐっ!」

 前のめりに倒れたところへ、靴底が背中へ乗った。

 身体が地面へ押しつけられる。


 頬がアスファルトに擦れ、皮膚が焼けるように痛い。


(まだだ! まだ動ける!)


 龍馬さんなら……諦めない!


「おらー! みんなで蟻ん子潰しやろーぜぇ!」

 いくつもの足音が近づいてくる。

 次の瞬間、腹、背中、肩へ、次々と靴が降ってきた。


「ぐっ……うぁっ……!」


(苦しい……)


(澪……)


「うわぁぁぁっ!」


 僕は身体をひねり、ナイフを横薙ぎに振った。


「いてぇぇっ!」


 男の一人が飛び退く。


「なんだっ、やられたのか?」


「ふぅ……いや、かすり傷だ」


 破れたズボンの隙間から、細い赤い線が見えた。


「おう。みんな、このガキ持ち上げろぉー」


「おおー!」

 何本もの手が伸びてくる。

「離せっ! 離せぇ!」

 両腕と両脚を掴まれ、身体が宙へ浮いた。

 手足を動かしても、びくともしない。


「そーれっ!」

 目の前の景色が大きく流れた。

 枝の折れる音とともに、僕の身体が駐車場脇の生け垣へ叩き込まれる。


「うっ……!」


 背中へ硬い枝が食い込んだ。

 細い葉が顔を覆い、周囲が見えない。

 立ち上がろうと腕へ力を入れた瞬間、手首を踏みつけられた。

 

「このガキ……ナイフなんて持ちやがって……」


 指を一本ずつ剥がされ、フェアバーン・サイクスが奪い取られる。


(ナイフを……取られた……)


 葉の隙間から、男が刃を持ち上げるのが見えた。

 外灯の光が刃に反射する。


「ずいぶん物騒なもん持ってんなぁ」

 腕を引っ張られ、生け垣の外へ伸ばされた。

 手の甲へ、冷たい刃先が触れる。


「やめ……」

 男の顔は、逆光でよく見えない。

「やめろ……!」


 刃先が消えた。

 次の瞬間、手の甲を鋭い痛みが貫いた。


「ギャァァァァァァ!」

 痛みで身体が跳ねる。


「おおー、いい声で泣くねぇ」


「土まで刺してっと」


「グァァァァァァ……!」


 腕を引くたび、手の中で何かが裂ける。

 ナイフは僕の手を貫き、その下の土まで深く刺さっていた。


「磔のでっきあっがりー!」


 男たちの笑い声が遠くなっていく。


(手が……動かない……)


 視界が暗くなる。


 痛みはあるはずなのに、指先の感覚が薄れていった。


(ごめんなさい……龍馬さん)


 葉の隙間から、わずかに夜空が見える。


(僕は……ここまでしか……)


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