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死刑囚、中二になる  作者: 凛1129
ナイス・ガイの一学期
12/47

一章 11 夜伽の国の溝口

「獅子丸くんの英語の成績は、去年まで全部見てるの」

「……」

「英語だけ急に別人になってる」

「……」

「もう一度聞くわ。あなたは、何者なの?」

 龍馬は肩をすくめた。


(美月は英語教師でもない)

「You stole my heart」

 胸元を指し、それから心を奪った犯人を示すように美月へ指先を向けた。

 

 美月は一瞬固まり、二人の間に沈黙が落ちる。頬がみるみる赤くなっていった。

「……え?」

「私に……心を奪われたって……」

「あれ?」

 美月は髪を耳へ掛け、目を逸らした。

「……私、小学校までシアトルに住んでたから」

(はっ? マジ?)

「あ〜、たまたまだ! これだけ知ってたわけだ」

「嘘……」

「最近ネットで覚えたのだ!」

「嘘っ!」

 美月は俯いたまま、両手で答案用紙の端を握った。


「I can't deny my feelings anymore」

(もう、この想いに嘘はつけない)


「……は?」


 美月の肩が小さく震えている。何かを言おうとし唇が開いたが、声にはならなかった。


「……もう、無理」


 その一言だけだった。


 一歩、また一歩。


 美月はゆっくり距離を縮める。

 反射的に後ろへ下がろうとしたが、机の縁が腰に当たった。


(おい……近い)

 

 甘いシャンプーの香りが鼻先をかすめ、視界いっぱいに美月の瞳が映る。

 次の瞬間、美月の唇が重なった。


 ◇


「あなたは、誰なの?」

 少しだけ考え、薄暗い天井を見上げた。


「奇数の日だけ俺だ……」

「——わかった」


 ◇


 美月と駅前で別れ、スマホを開くと、午後八時を回ろうとしていた。

 既に辺りは真っ暗になっていて、豪樹のよくわからないラインと、水樹が新しく澪と買った服の紹介している画像が送られていた。


「さてと……今日のボイスメモは、なんて入れればよいのかねぇ」


紫煙をくゆらせながら、しばらく夜に浮かぶ建造物を眺めていた。


 五月十六日 火曜日


「先生、おはようございます!」

 校門に入ったところで獅子丸くんがペコリと挨拶をして走って行く。

 

「……おはよう」


 E組の優希さんと豪樹さんが獅子丸……さんと、じゃれ合っている。

 風が吹き抜け、校門脇の桜の若葉がさらさらと揺れる。 美月は、その輪の中へ入っていけないまま、しばらく三人の背中を見送っていた。 


 ◇


「はいっ、みんな席に座ってー」

 ホームルームが始まる直前、美月先生の声が教室に響く。


 僕はワイヤレスイヤホンを片耳に差し、昨日のボイスメモを聞き返していた。


 最近は朝五時に起きて言われたトレーニングとウエイトは続けているけど、時間がかかってボイスメモまで朝は聞けない。


『白浦の件は、危険があるかもしれん。知っていることがあればテキストメモに残せ』


「白浦ね……」


『それと——美月には俺がバレた』


「……」


『奇数の日だけ俺だと説明してある』


「……」


『あと——あの……そのあと、色々あった』


「えぇぇぇっ!?」


 ガタンッ。

 勢いよく立ち上がると、教室中の視線が一斉に集まった。


「どうした獅子丸ー?」

「朝からうるせぇーぞー」


 笑い声が広がる。


「……あ」


 慌てて座り直した時、教卓の前に立つ美月先生と目が合った。


 昨日までとは違う。

 どこかぎこちなく、それでいて真っ直ぐこちらを見つめる視線。


(色々ってなんだよ〜)


 ホームルームが終わると、尊が僕の席に来た。

「これ、頼まれたやつ」

 と言われ、ミニSDカードを渡された。

「尊くん、これは」

 去ろうとしている尊くんに聞くと

「ちょ〜ヴァイオレンス動画」

 と、不敵な笑みを浮かべ、席に戻っていった。


 (どうせ、龍馬さんが頼んだものだ、千パーセントロクでもないやつ……)


 スマホのミニSDカードを差し替えて、データを開いてみた。


『うぇ〜い!これからコイツに焼き入れまーす!』

 

(悠真先輩?)

 ゴッ

『うっ……』

『ほらっ、立てよ!』

 膝蹴りがみぞおちに食い込む。

 オエッ……

 

「……うわぁ」

「こんなの集めさせるなよ〜」


 見ているだけで痛々しい画面を閉じようとした、その時、悠真先輩の怒声が聞こえた。


「おめ〜らに施設にいる子らのなにが、わかる!未来なんてねーんだ!一緒にてめぇも殺してやるよ!」

 画面を閉じる指が止まった。

(施設……知っていること……)


 少し間を置き、映像を見ていた。

 それから動画をそっと閉じた。


 ◇


 午後十一時過ぎ 松丸邸 自室


「よしっ、コピー完了」

 メモリーカードに

 【白浦学園と朝倉悠真先輩の知っていること】と、題したテキストデータを保存し机へ仕舞った。

 

 ベッドに身体を飛び込ませて、ゴロリと仰向けで寝転んだ。

 

(龍馬さん……澪に繋がる手掛かりだと思ったから、動き始めたんですね……)


「……」

「…………」


(……寝れない!先生となにがあったんだぁぁぁ!)


 ◇


 五月十七日 水曜日 


 ガシャーンッ!


 教室のドアを勢いよく開け放つと、三年生たちの視線が一斉にこちらへ向いた。


「このクラスで一番つえーヤツはどいつだー!」


 教室が一瞬静まり返る。


 次の瞬間、ざわざわと小さな笑い声が広がった。


「君……二年生の子かな? どうしたの?」

 担任らしき女性教師が戸惑ったように口を開く。


「おい、てめー調子に乗ってんじゃねぇぞ」


 窓際の男子が椅子を鳴らしながら立ち上がる。


「あっ、おーいたいた、先輩! 先日はどーもー」


 獅子丸は満面の笑みで手を振った。


「ちっ……なんの用だよ」


 悠真は机に肘をついたまま、面倒くさそうに視線だけを向けてくる。


「なんだコイツら。オタクと女子と……溝口?」

 悠真の後ろにいた男子が眉をひそめた。

「お前、喧嘩売りに来たの?」

 ニヤつきながら溝口へ歩み寄る。

 

「えっ……あの……こんな感じになるとは……聞いてなく……」


 溝口は一歩だけ後ずさる。


「まあまあ、先輩。俺様でよければ相手になりますよ!」


 獅子丸はすっと左手を差し出した。

 男子は鼻で笑い、その手を払いのけようと腕を振る。


 その瞬間だった。


 獅子丸は相手の親指を絡め取るように握り、指相撲の形へ持ち込む。


「のこった!」


 親指を押さえ込む。

「いててててっ! 離せ離せ!」


「はい! 俺様の勝ちー」

 教室のあちこちから笑いが漏れた。


「だから、何しに来たんだよ!」

 悠真が苛立ったように声を張る。


「お礼参りっすよ! せーんぱい!」


「ちょっ、違うでしょ獅子丸くん」

 澪が慌てて制服の袖を引っ張る。

 

「悠真くん」

 澪は一歩前へ出ると、悠真の目を真っすぐ見つめた。

「ちょっと……私たちと話さない?」


 その声だけは、教室の喧騒とは別の静けさを帯びていた。

 悠真は澪を見つめ返したまま何も言わない。


「はいっ、決まり!じゃあ俺様と行きましょ〜」


「悠真、人数集めるか?」

 後ろの男子が顎をしゃくる。


 悠真は小さく首を横に振った。

「……いや」

「俺一人でいい」


 ◇


「お前、ドラマじゃねーんだから、今時屋上なんて開いてねーよ」

 悠真は呆れたように鼻で笑い、鉄扉を顎でしゃくった。


「いやいや、こんな古いタイプのシリンダー錠なんて秒だぞ?」

 制服のポケットから細い針金を取り出す。

「こうやって奥の突起に引っ掛けて回せば……」

 カチャ、カチャ……

 手首をわずかに返す。


 ガチャ


「お前……めちゃくちゃ悪いやつなんじゃ……」

「知恵とよべ」

 横では澪が小さく額へ手を当て、深いため息をついていた。


 鉄扉を押し開けると、生ぬるい風が頬を撫でた。

屋上には卒業制作らしい大きなオブジェや、雨風に晒され色褪せた木製パネルが無造作に並んでいる。

コンクリートは昼の日差しをまだ残していて、靴底からじんわり熱が伝わってきた。


「まずは溝口の件だ、コイツは俺様が勝ったから俺様のものだ!」

 

「……お前の物も俺様のものだ!」

 

「は?」

「後半は忘れてくれ」


「コイツがパクられると」


 悠真が睨みつける。


「俺様の性処理係がいなくなってしまう」

 舌先で唇をなぞり、溝口へ意味ありげなウインクを送った。

 

「「「え?」」」

 全員の視線が、哀れむように溝口へ集まった。


「いやいや!やってねーよ。獅子丸さん、勘弁してくれよぉ」

 

 

「……先輩には、言っておく」

 悠真はそう言うと後ろを向いてしまった。

 きっと恥ずかしがり屋さんなのだろう。


「澪を連れてきた意味、分かっているよな」

 

「……」

 

「溝口くんから聞いたよ。悠真くん、そんなことしても……」

 

「分かってるよ」

 悠真は背を向けたまま、吐き捨てるように言った。

「だけど、このままじゃ何も変わらねーだろ!」

 

「悠真くん……」

 悠真が振り返り、澪の前まで歩み寄る。

「お前だって、死刑囚の娘だからって職員から嫌味を言われてた。『死刑囚の子どもは育ちが悪い』って」

 

 澪の肩がわずかに強張った。

 

「ほかの子だって、少し頭が弱けりゃ知○遅れだの、障害者だの、好き勝手に呼ばれてた」

 

 澪は目を潤ませながら、黙って聞いている。

 

「それにな、お前もそうだ。親に問題がなくたって、奴らの都合で俺たちはあそこにいさせられてる」

 悠真は拳を握り締めた。

「だったら、自分の力で進むしかねーだろ!」

 声が屋上に響く。

「もう、止められねーところまで来てんだ。じゃねーと——」

 悠真は言葉を切った。

 握り締めた拳が、小さく震えている。

 澪は何も言わず、一歩だけ近づいた。

 そっと悠真の手を包む。

「……っ」

 澪は何も言わなかった。

 尊に視線を送ると、尊は目を合わせないまま、小さく頷いた。


 ◇


 教室へ戻っていく途中だった。


「阪本」

 澪が振り返った。

「……前に謝ったの、あれ、獅子丸さんに言われたからで」

「うん」

「今度は、そうじゃなくて……」

 溝口は澪の顔を見られず、足元へ視線を落とした。

「悪かった。本当に」

「……」

「俺、何も知らなかった。でも、知らなかったからって、やっていいわけじゃなかった」


「……もう気にしないで、溝口くん」

 

「私も……きっと変わるから」


 (澪……おまえは……)

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