⑪ スパイ
それにしても、初対面なのによく喋る娘である。
冴子は、鷹志の事を根掘り葉掘り聞いたり、尋ねてもいないのに、自らのプライバシーを語ったりした。
鷹志は少々面倒に思ったので、適当にあしらっていたが、やがて彼女は、一人で勝手に興が乗ってきたらしく、びっくりするようなことを話し始めた。
「実を言うとね⋯…。」
急に声を潜める冴子。
「⋯…?」
「ここだけの話、姫島冴子は本名じゃないのよ。」
「⋯…えっ?」
「この金髪も、ウィッグなの。」
「⋯…へぇ~。」
(まあ、それは見れば分かる。)
「年齢もホントは17歳。」
「あぁ、やっぱり⋯…。」
「それは流石にバレてたかぁ。」
その屈託の無い笑顔が、全てを物語る。
「唯一ホントなのは、動物遣いの能力だけ。」
「⋯…どうしてまた、そんな?」
彼女は、やっと鷹志に興味を向けられて、嬉しそうだ。
「私ね…⋯スパイなのよ。」
「⋯…今、何て?」
「伯爵は、私のお兄ちゃんに近づく怪しいガイジンだから、彼に雇われたフリをして、調べているの。」
ああ、さてはこの娘、重度の妄想癖(厨二病)があるのだな、と鷹志は思った。
「でもコレは、あくまでも私が勝手にやっていることなの。お兄ちゃんは、何も知らないのよ。」
そら来た。どうせお兄ちゃんとやらも、空想の産物なんだろう?思春期の女子には有りがちな話だ。
鷹志はそう思ったのだが…⋯。
「鷹志君は良い人そうだから、教えてあげる。お兄ちゃんの名前はね…⋯。」
そう言いながら、彼女は可愛らしい唇を、鷹志の左耳に近づけた。
「…⋯真田雪村って言うのよ。」
それは、鷹志のよく知った名前だった。
よく知っているどころか、縁がある、と言っても差し支えが無い人物だ。
最早、空想の産物どころの話では無かった。
むしろコレは、聞き捨てならない話だった。
「どう?少しは驚いた?かつて、お兄ちゃんの同級生だった杉浦鷹志君?」
彼女は囁きながら顔を近づけて、ニヤリと笑った。
それはもう既に、可愛らしい笑顔では無かった。
鷹志は、背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
「ちなみに、私の本名は真田由理子。ダメよ、相手が若い小娘だからって、油断して心のガードを下げちゃ。」彼女はそう言うとまた、器用に笑顔の質を屈託の無いものに戻した。
「⋯…でも、少し話してみて分かったわ。貴方、お兄ちゃんのイイお友だちだったのね?」
「⋯…あ、ああ、中学校時代の勉強の成績では、お互いに切磋琢磨する、良きライバルだったよ。」
鷹志は、やっとの思いで気を取り直して答えた。




