第147話 『魔大陸再起動』⑦
その一方でルーナの方も、いっぱいいっぱいになっている。
感覚合一を行使しているルーナは、ソルが今得ている感覚を共有してもいるからだ。
自分の分身体からのフィードバックは流石にハシタナイしハズカシイのでなんとか堰き止めているが、ソルの興奮や驚喜、ほんのわずかに含まれる狂気から得られる感覚はすべてルーナに流れ込んでおり、それだけで陶酔してしまいそうな状況なのである。
それだけにとどまらず、もはや自在に『魔創義躰』をぶん回し始めたソルの本体の方も、その動きに合わせてルーナの分身体を好きにするのだ。
具体的には爪で『魔神』を引き裂けば、力の入ったソルの両手が少し痛いくらいにルーナの肌に指を食い込ませる。
自身が竜と化したからには当然試す、噛みついてその牙で『魔神』を食いちぎれば、ソルの歯が密着したルーナのお腹周りに遠慮なく噛みつく。
その上興奮して心拍数が上がったソル本体の熱をルーナの分身体も共有しているため、もはや現状、荒い呼吸を繰り返して2人して汗にまみれて濡れている状態だ。
もしも今が初夏ではなく寒い季節であれば、湯気すら上がっているであろう程に。
だが自分の本体とルーナがそうなっていてもまったく不思議だとは思わないほどに、ソルは全力疾走をするが如く『魔創義躰』を高速機動でぶん回している。
もはやルーナが防御行動を取る必要がないほどに『転移』を駆使して『魔神』の攻撃を悉く躱し、無駄な魔力消費を抑えるために懐へもぐりこんで爪や牙で敵の巨躯を引き裂く。
減少した魔力を補うためにアイナノアが支配する水龍を喰らって回復し、再び高速飛翔と転移を組み合わせて、ただデカいだけの弱者を蹂躙してゆく。
ルーナが操っている時は『竜砲』をはじめとした魔法攻撃を軸とする『魔創義躰』だが、ソルが使役すると魔導生物の頂点としてのスマートさは失われ、竜という最強の生き物による蹂躙――人でいうところの狂戦士の如き、泥臭く凄惨な戦いぶりとなる。
最後の一体となった『魔神』――地を司り重力を駆使していた無数の手と足の集合体のような異形の四肢を引き千切り、人から見れば頭なんだか何なんだかわからない部分を顎に咥えて崩れ行く手足を睥睨している様は、どちらが魔神なのだかわかったものではない。
いや竜種こそが魔物――魔なるモノの頂点なのかもしれない。
まさにあっという間に、ルーナをして魔族の虎の子と言わしめた四柱の『魔神』を屠り、とんでもない取得経験値と膨大な魔物素材を入手したソルは、魔力でできた竜躰のまま天の月に向かって咆哮をひしり上げる。
完全に人の凶暴性がむき出しになり、獣化しているかのような状態。
それだけではなく余った魔力を絞り尽くすように『竜砲』を天へと放ち、ルーナが『魔創義躰』を維持できなくなるまで絞り尽くしてその竜躰は大気に溶けるようにして消えていった。
場に奇妙な静寂が満ちている。
月と星々の光に照らされて夜とも思えぬような明るい海上に、もはや魔物兵器を撃ち出さなくなった巨大な『魔大陸』が静かに浮いている。
「ごめんルーナ……これはなんか、いろいろと危険だね……」
「い、え……主殿。なにごとも、練習、です」
ルーナの内在魔力を使い果たして『魔創義躰』が消え去った今、ソルとルーナの『感覚合一』も解除され、ソルの感覚は自分本来の身体に戻っている。
いかにとんでもないレベルに至っているとはいえ、竜としての戦闘行動、その感覚を共有した人間としてのソルの身体は膨大な熱を発し、それを冷ますために可能な限りの汗を分泌させている。
それだけではなく、5年に渡る能力者としての暮らしでも終ぞ経験したことのない早鐘の如き心拍数と、超絶レベル・アップを経てからは超人と言っても過言ではなくなっていた肉体すらも、各所が隠しようもない軋みを上げている。
もちろん頭に抱き着いた形になっているルーナも同様であり、その疲弊度とくったりっぷり、かいている汗の量はソルのそれを遥かに凌駕する。
正直ソルが出逢ってから、分身体とはいえ全竜たるルーナがここまで疲弊している姿を目にするのは初めてのことだ。
自身の意識が狂暴になること、その結果として自身だけではなくルーナにもとんでもない負担をかけるのだと理解したのでソルは謝り、その危険性を指摘したのだ。
とはいえ指揮官として『プレイヤー』の能力を十全に駆使することだけではなく、今のような戦闘に慣れておくことも無駄にはならないはずだ。
だからこそルーナが言ってくれた言葉は嬉しかったし、素直に笑顔で頷いた。
力を得て獣化する己を知ったのであれば、その獣を飼いならせるようになればいいだけだ。
冷静であらねばならない場面で己の獣性を制御できないどころか、自分の中にそんな部分がある事を知らぬままであるよりはよほどいい。
『プレイヤー』として指揮官に徹する、ルーナや他の『怪物』たちの力を己が意志に従って行使する、獣化して理性を飛ばし、本能のままに蹂躙する。
そのどれもを己が意志で選択できるようにしておけば、必要に応じて使い分ければいいだけだ。
だがそのソルの頷きを得て、疲れ果て汗に濡れながら今まで見た中で最高の笑顔を浮かべたルーナに、どこか色気を感じてしまったことを少々恥じるソルである。
一方でルーナとしては嬉しい反面、忸怩たる思いも抱いている。
『魔創義躰』程度でこのざまでは、いつの日か真躰を取り戻して真の『合一』を果たす際、今のままではとても耐えられそうにないからだ。
今後は主の許可も取ったことだし、ことあるごとに『感覚合一』の数も重ね、必要とあれば人が夜な夜な行うという夜伽も実行せねばなるまいと妙な覚悟を決めてもいる。
なんとしてでもルーナとしては、慣れぬ快感に慣れておかねばならぬのだ。
来るべき取り戻した己が真躰による主との『合一』の際、全竜たる己に相応しからぬ嬌声を上げるわけにはいかないがゆえに。
ちなみに長きにわたって目の前でヤラシイ光景を見せつけられたアイナノアは、次は自分の番とばかりに後ろからソルに抱き着いて顔をぐりぐりしているが、疲れ果てているソルにはそれに抵抗する気力は残されていないようだ。
いつもであれば「やめなさい」と諭すのだが、今はされるがままになっている。
未だ幼いアイナノアにしてみれば、それで十分先のルーナが繰り広げていた行為とも釣り合うらしく、あっさりと御機嫌になっている。
いつもであれば主にじゃれつくアイナノアをすぐさま引っぺがすルーナもまた、今はくったりしているため邪魔はしない。
実際は疲れているからではなく、たった今自分がソルと行った「大人な行為」に対して、アイナノアのそれが「おこちゃまのじゃれつき」と見做しているがゆえの余裕こそが、己が主に触れることを赦す鷹揚さの理由なのだが。
人でも竜でも、あるいは神でも悪魔でも。
女性という存在はかくも恐ろしく、また愛らしいのである。
まあそれは女性から見た男もまた、同じなのではあろうが。




