第146話 『魔大陸再起動』⑥
当然慣れていないソルの感覚を補助してその巨大な『魔創義躰』を自分の身体の如く動かせるように感覚結節を行い、自身は『魔創義躰』に対するすべての支配権をソルの感覚へと明け渡す。
ただし混ざり合ったのは感覚だけで意志はそれぞれ独立したままなので、『魔創義躰』を己として動かす部分はソルに全て委ねながら、『竜砲』をはじめとした技・魔法・スキルといった火器・防御管制の一切と、魔法による移動を含めた機動管制の一切合切はルーナが受け持っている。
現時点でルーナの分身体とアイナノアが万全に守護しているソルの身体は抜け殻のようなモノであり、ソルの感覚としては巨大な魔力の塊である『魔創義躰』が自分自身となったようなものだ。
だが高度な処理を並行して行っていながらもルーナはソルとは違い、分身体としての感覚もまた明確である。
そして『魔創義躰』に集中するあまり抜け殻になっている主の身体の感覚も制御下に置いており、こっそりと頭に抱き着く己が分身体の背にその手を回させ、お腹のあたりに顔をぐりぐりさせてみたりしている。
だがちょっとやり過ぎた。
一瞬で大量の汗が噴き出し変な声が出て、あらゆる制御を手放してしまいそうになったのですぐにやめた。
だが今ルーナの分身体は高熱を発して汗に濡れ、頬だけではなくその全身が褐色の肌でもそれとわかるほどに朱に染まっている。
びくんびくんしているその小躰を、セットで守護させられている『妖精王』が半目で眺めている状況である。
だがソルはそれどころではない。
ルーナの補助があるとはいえ、自分自身が一瞬で超巨大な『魔創義躰』に変身したようなものだから無理もないのだが。
『すごいな……』
思わず興奮して口にした言葉は、抜け殻状態の本体の唇をごくわずかに動かしたのみだが、今感覚が連結している『魔創義躰』は巨大な咆哮を上げた。
己の雄叫びにびっくりするという間抜けを晒したソルではあるが、『魔創義躰』のビジュアル的な強さのおかげで傍からはとてもそうは見えない。
強者がこれから弱者を蹂躙するという宣言のようにしか見えない。
『主……殿。御自分の身体だと思って御自由に振舞ってください。それに合わせて我が攻撃や移動の補助をすべ、て……行いますか、ら』
『召喚』の最初期と同じように、念話でルーナとの意思疎通が成立したことにソルがほっとする。
自分の身体が今どうなっているかが気にならないと言えば嘘になるが、ルーナとアイナノアが護ってくれていることもまた確信している。
『全竜』と『妖精王』が守り切れないのであればどのみち助かる術などありはすまいし、その辺についてはソルはもう割り切ることにした。
『わかった、ありがとう』
ルーナの様子がどこか苦しそうなのも気になるが、自らが召喚した『魔創義躰』を他者に使役させるためには負担が大きいのだろうと自分を納得させる。
ある程度の無理はルーナにしてみればやりたくてしてくれているのだろうし、この状況で「大丈夫?」と聞くのもどうかと思ったのだ。
深刻な状況であれば無理はすまいという信頼もある。
まさかルーナが苦しそうにしている理由が、先の呟きに合わせて動いたソル本体の唇が、押し付けられたルーナの分身体の臍あたりを刺激したためだとは夢にも思っていない。
ソルの返事に合わせて再び動いた唇の感覚に耐えるのに必死で、満足に返事をすることもできない有様のルーナなのである。
一方、強大な『魔創義躰』でありながら間抜けなやり取りをしているうちに、四柱の『魔神』すべての顕現が完了し、それぞれが動き始めている。
小手調べとでも言わんばかりに放たれた四柱の『魔神』からの攻撃。
一つはすべてを焼き尽くす巨大な火球。
一つはすべてを割り砕く巨大な氷塊。
一つはすべてを引きずり込む巨大な重力穴。
一つはすべてを切り裂く無数の真空斬。
四柱の『魔神』はお約束通り、地水火風の属性に特化した攻撃手段を有しているらしい。
だがそのどれもが『魔創義躰』へ届く遥か手前で不可視の壁に弾かれて――というよりも押しつぶされるようにして無効化される。
出がかりを潰すのでもなく、完全に成立してなおなんの痛痒も与えられないあたりに圧倒的な彼我の戦力差、格の違いともいうべきものが滲んでいる。
ソルは特に何も意識していないので、今のは間違いなくルーナが行ったのだ。
実際はなにもせずに直撃しても小動もしないが、『感覚合一』をしている主に不快感を与えたくなくて防御行動を取ったのである。
それでソルはなんとなく『魔創義躰』を意のままに操るということを理解した。
ルーナが口にしたとおり、ソルは『魔創義躰』を己自身として好きに動けばいいのだと。
空間を蹴ればあたかも地面を蹴るように動くのだろうし、移動したい場所を念じれば『魔創義躰』の巨躯を魔導的手段で移動させてくれるはずだ。
巨腕の双爪で引き裂き、巨大な顎で嚙み千切れば、その行動が最大の痛痒を叩き出せるように、技なり魔法なりをルーナが重ねてくれるのだろう。
『竜砲』のような飛び道具の類は、思念による行使命令による発動だと思われる。
要は操作方法が行動模倣型と音声命令型のハイブリッドである、超巨大強化外骨格を操作しているようなものなのだ。
『ルーナ、『竜砲』。最大火力!』
『は、い』
試しにそう命じた直後、今は自分の身体である『魔創義躰』の顎を大きく開くように意識する。
なんとなく身構えて四肢にも要らん力が入ってしまうがそれはしょうがあるまい。
はたして苦し気なルーナの返事通り、最大火力、開いた顎を大きく超える直径の『竜砲』がソルの狙った真ん中の『魔神』――火を司る巨大な犬の如き異形へ向かって放たれた。
ソルが自分の首を下から上へ振りぬくのに合わせ、最初は海面を裂きそのまま『魔神』の巨躯を斜めに焼き切りつつ、巨大な『魔大陸』の表面を抉り、最後は天へ向かって突き抜け、やがて消えてゆく。
そのたった一撃で『魔神』の一柱は真っ二つに斬り崩れ、残った部分全ても大小あらゆる爆発を繰り返して塵と消えてゆく。
まさに一撃必殺、鎧袖一触の極みである。
だがソルの興奮は冷めやらない。
優れた操作インターフェイスを持つ超巨大な強化外骨格というソルの認識は、正しいと同時に大きく間違ってもいたのだ。
『竜砲』を撃ったソルが得た感覚は、まさに自身が巨大な竜となり、その最大の攻撃手段の一つである『竜砲』をぶっ放した際の得も言われぬ快感そのもの。
兵器としてみなせば確かにソルの認識で正しいのだが、一方でそれは人であるソルが人のまま竜が当然としている感覚を得られるということでもあったのだ。
その快感たるや、人の身のままどのような贅沢をしても得られぬ類のシロモノ。
生物としての上位種――絶対的な強者となり、その感覚を得られることに勝る快感など存在しないのだ。
我知らず、ソルは笑う。
全なる竜――ルーナには敵がどう見えていて、それを引き裂く快感を知ってしまったが故に。
――そりゃ、竜種が好戦的になるのも仕方がないよな……
己が全力を揮い敵を屠る。
動物として生きていく上で必要不可欠なその行為に快感が伴うことはその結果としての捕食や、種を増やすための生殖、生体機能を維持するための睡眠とおなじく当然なのかもしれない。
そこに是非善悪は存在しない。
動物として弱者を蹂躙することは、抗いようのない快感を伴うものなのだとソルは理解する。
それこそが他者を喰って生きるという、動物の在り方なのだと。




