第148話 『魔王アルシュナ』①
ソルとルーナ、アイナノアという、現在この世界において最強の存在たちがお気楽にじゃれついている間。
保有していた対人間の侵略兵器をすべて殲滅された『魔大陸』――魔人種たちの拠点は沈黙を保っている。
それはそうだろう。
千年もの長きに渡って海底に沈んでいたとはいえ、現代より遥かに優れていた魔導技術と、世界樹が復活した今よりも膨大な外在魔力に満ちていた時代に創り出された「魔物兵器」は再起動が可能であり、だからこそ魔大陸と同時に復活した『命令』――人を殲滅せよというそれに従って、人の住む地上へと溢れ出したのだ。
だがそれを一掃されてしまってはなにもできない。
いかに広大な『魔大陸』とはいえ、遥かな過去に『命令』を発した存在――魔人種が生き存えているはずがないのだから。
『竜殺しクリード・インヴィワース』のような例外存在が数体存在するとはいえ、基本的に魔人種の寿命は人より少々長い程度に過ぎず、竜種や妖精族のように千年もの時を生き続けることなど叶わない。
戦闘に特化した魔導生物だけに全盛期――若い姿のままその寿命の大半を生きるという特徴を持っているとはいえ、200年も持たずにほとんどの魔人種は寿命を迎えるのだ。
そもそも水棲系の亜人種や獣人種でもなければ、海底で生き存えること自体が不可能でもある。
遥か過去に主を失くしていながら、再び世界に満ちた外在魔力を吸収して浮上した『魔大陸』が主の残した命令――呪いともいえる「人の殲滅」を果たそうとしてやはり果たせず、そのための保有兵器もすべて失ったとなれば、できることなどなにもない。
もはや新たな命令を下してくれる者など、どこにも存在していないのだ。
浮遊大陸としての機能はいまだ健在とはいえ、存在意義としては抜け殻と化したのだ。
だがこの世界でソルだけは――『プレイヤー』最大の能力である『召喚』を実行し、その過程で5枚の手札から『封印されし邪竜』を選んだソルだけは、『魔大陸』の主が今なお健在であることを知っている。
『虚ろの魔王』――偽書『勇者救世譚』では勇者に討たれ滅んだとされているのが、千年前に魔族を統べていた『魔王アルシュナ』である。
浮上したこの『魔大陸』のどこかにいるのか、それともいまもまだ封印されたままである全竜の魔導器官である竜眼、竜角、双の竜翼と同じく、どこか人知の及ばない土地に封じられているのか。
いずれにせよ、この世界のどこかに『魔王アルシュナ』が存在していることだけは間違いない。
ソルが『封じられし邪竜』を選んだあの時、もしも『虚ろの魔王』の方を選択していたのだとすれば、今ソルを護り、かつて己が支配下に置いていた『魔大陸』と対峙していたのは『魔王アルシュナ』だったはずなのだから。
全竜の封印された魔導器官がそのままなのと同じく、魔王を選択していても『虚ろ』の部分はそのままだった可能性もあるが、ソルがあの時に選ばなかった以上、その答えは永遠に闇の中となった。
あるいはその世界線においては、先のように戦うことなく無数の魔物兵器ごと、『魔大陸』はソルの支配下にはいっていたのかもしれない。
だがまだそうできる可能性は残されている。
主たる『魔王』が健在である以上、復活したその配下はそのために動こうとするはずだからだ。
であれば『囚われの妖精王』や『死せる神獣』をそうしたように、『虚ろの魔王』をもソルの配下とすれば、『魔大陸』を手に入れることも可能だろう。
「なんとかして『魔大陸』は手に入れたいところだね……」
どうにか息を整えたソルが頭にしがみついたままだったルーナを右手に抱っこし、左手にアイナノアをじゃれつかせながら口にした言葉は本音のところである。
現在フレデリカたちが進めてくれているソルの拠点建造――禁忌領域№09跡地に建国される新興国家の首都となるべき城塞都市だが、それを『魔大陸』に置けるのであればそれ以上適した場所などありはしない。
一旦すべての計画を白紙に戻してでも、『魔大陸』を拠点とする再計画を立ち上げることに異を唱える者など誰もいないはずだ。
まともな航空戦力を持ちえない現存国家に対しては浮遊大陸という時点で難攻不落が成立し、『魔大陸』が主の意思に従って自由に移動もできるというのであれば大陸を、いや世界を統べる支配者の直轄地としてはこれほど相応しいものもないだろう。
なによりもソルにとって大事な人たちと、彼ら彼女らが文化的な暮らしを維持できるだけの人口、施設、知識を『魔大陸』に集中させれば、極論後はすべて無くなってもソルは特段困ったりはしない。
今のところフレデリカを中核としたエメリア王国と聖教会主導の『汎人類連盟』による大陸運営はいい方向へ進んでいると言えるが、「怪物たちに統べられてまで存えたくなどない」という誇り高い人間至上主義者たちがいるのであれば、その思想に殉じてもらってもソルは一向にかまわないのだ。
己が弱ければ力によって踏みにじられることも充分に理解した上で、己の望みを果たし、自身と仲間たちの安全を確保するために力を行使することを躊躇わない。
それはもはや覚悟とすら呼べない、幼馴染たち2人をその考えに基づいて手にかけたソルにとっての「当たり前」なのである。
「魅力的ではありますが、それだけ危険でもあります」
「確かにね」
ルーナはソルの思惑を理解できている。
だが全竜や妖精王、神獣を従えるソルと、そのソルの庇護下にある仲間たちにとってはどうということはなくても、多くの人間たちにとっての『魔大陸』は驚異でしかない。
これだけの質量が空に浮かび、自由に移動できるというだけでも「今そこに存在している危機」だとしか思えないだろう。
事実、ただ自分たちの国の王都へ向けて『魔大陸』が墜ちてくるだけでも、逃れようのない滅びが自分たちに訪れるのだから無理もあるまい。
そんなものを放置したまま、例えば今避難している沿岸部の住人に元の生活に戻れと言っても間違いなく抵抗は出るはずだ。




