佳苗の望みとひとつの恋の終焉と
宅間佳苗は気がついていた。ずっと砂月陽二が自分の親友である東條由比に熱い視線を送っていることを。
けれど、それを教えようとも思わなかった。あの少年なら、いつか必ず、自分で伝えるだろうから。それがこんなに早く来るとは思わなかったけれど。
「由比さーん。元気ないですよー」
朝から沈んだ顔をしっぱなしの由比は、昼休憩に入ってすぐに教室を出ていき、帰ってきてからより一層沈んだ顔をしていた。佳苗は由比の傍らに立ち、顔を覗き込む。いつものはつらつとした表情は無く、やはり曇っていた。
「佳苗。私ね、告白されたの」
「へぇ、とうとう言ったんだ、砂月のやつ」
「佳苗も気がついてたんだね」
「まぁね。それで、どうしたの?」
「……断ってきた。それでも砂月くん、私と友達でいれるならいいや、って笑ってた。……泣きながら、笑ってた。砂月くんは強いね」
小声で呟く親友の声を、ひとつづつ掬い上げるように聞きながら、佳苗は小さく頷きながら「そうだねぇ」と言い、隣の席に座る。
「……誰かから好きって言われること、初めてだったし、ましてや付き合ってくれなんて言われたことなくて、どうしたらいいのか解かんなくて、昨日ずっとそのことばっかり考えてたの」
「うん」
「……阿方くんは、何度も、何度もこんな気持ちを味わったから、だから誰にでも同じように接しられるようになったんだろうな、って思った」
それを聞き、佳苗は腕を組んで少し考えるように唸り声を出す。
「阿方は中学の頃から告白されっぱなしだったもんねぇ。でも、それは違うと思うな。阿方には譲れない何かがあったから、生半可な気持ちで誰かと付き合おうなんて思わないだけだよ、多分ね」
由比は顔を上げて佳苗を見る。佳苗は少し笑いながら由比を優しく見つめていた。由比の視線の向こう側、佳苗の後方には本を読む阿方の長い髪が見える。
「どういうこと?」
「誰かいるんじゃない? 好きな人。誰かは知らないけど」
小声で言う佳苗に、由比は驚き、顔を寄せて訊ねた。
「でも、阿方くんそんなそぶり見せたことないよ?」
由比の問いに、佳苗は短いポニーテールをいじりながらひそひそと言う。
「学校外の人かもしれないじゃん。で、由比はなんて言って断ったの? 別に好きな人はいないんでしょう? 付き合ってあげてもよかったのに」
由比は佇まいを直し、それでも俯きがちに答えた。
「……私は、今はテオが一番好きで、テオさえいてくれたら何も欲しくないくらい大事な存在で、それ以上のものは考えられないから、ごめんなさいって」
それを聞き、佳苗は頭を押さえながら天を仰いた。
「そっかぁ、テオくんがライバルじゃしょうがないよなぁ、砂月も。テオくんが来る前に、もっとさっさと告白しとけばよかったのにね。そしたらワンチャンあったかもしれないのに」
チャンスがあったかもしれない。それを聞いて、由比はまた心が少し傷んだ。確かにテオがいなければ、そんな未来もあったのかもしれない。けれど、テオがいたから砂月とも友人になれたのだ。だが、ただの知り合いとして告白されても、由比はきっと困っていただろう。悶々とした考えの中、それでも、絞り出すように声を出す。
「……テオにも悪いことしちゃった。言ったことは嘘じゃないけど、砂月くんはテオとも親友だったのに、気まずくならないかな」
それを聞き、佳苗はちょいちょいと由比を手で招き、顔を寄せてきた由比に軽くデコピンを食らわせた。あいた、と呻く由比に佳苗は腕を組み、言い放つ。
「それこそ考え過ぎ。砂月だってバカだけど、……まぁ、バカだからそこまで考えやしないよ。多分、テオくんに『お前ずるいぞ、ばかやろー』、とか言うかもしれないけど、それで終わり。それからはまた遊んでくれるよ、今までどおりに」
由比はおでこをさすりながら少し苦笑いを浮かべて答えた。
「テオにも似たようなこと言われたよ……」
佳苗はそれを聞き、鼻息を立てて更に言う。
「でしょう? だから、由比は気に病むことないって。由比は由比のしたいようにすればいいの! 私が許す!」
由比は、由比のしたいように。
それは由比が一番言ってもらいたい言葉だったのかもしれない。だから、由比もするりと声に出せた。
「佳苗、ありがとう」
素直に言葉にした由比に満足したのか、佳苗は由比の頭を抱え込んで短い髪をわしゃわしゃとかき混ぜるように撫でた。
「よしよし、今日は佳苗ちゃんが帰りにクレープを奢ってあげよう」
「佳苗、部活は?」
「そんなの、由比の気晴らしに比べたら些細なもんじゃん。ついでにゲーセンとかも行っちゃう?」
いたずらっぽく笑う佳苗に、由比にもようやくいつもの笑顔が戻ってきた。
「……あはは。そんなにお金持ってきてないよ」
「うん、少しは元気出たみたいだね。良かった!」
振った相手のことまで考える由比は優しすぎる。だが、激高すると口汚くなる割に優しい所が彼女が彼女たらしめる所であり、欠点でもある。それを補うのが自分の役目であり、望みなのだろうと佳苗は思っていた。
最近は真面目に勉学にも励み、優等生じみてきた彼女を少し遊びにさそうくらい、いいだろう。
それが親友である自分の出来る、精一杯の愛情なのだから。
一方。
「東條先輩に告白したみたいですね、砂月先輩」
裏庭の影から現れた金髪碧眼の後輩に、砂月はぎょっとして足を止める。慌てて涙の伝っていた顔をごしごしと拭い、ふてくされた声を隠さずに言う。
「……そうだよ」
「そして、フラれた、と」
「そうだよ! 悪いか!」
「だから言ったじゃないですか。絶望的ですよって」
そう言って砂月の後輩……天ヶ崎は死神のタロットカードをちらつかせる。だが、すぐに箱に仕舞い込んだ。
「どうせ先輩のことだから、付き合ってからでいいから好きになってくれ、とでも言ったんでしょうね」
砂月は答えない。だが、それが何よりの答えだった。
「じゃあ、砂月先輩、あたしと付き合いますか? 好きになるのはその後でいいので」
突然の申し出に砂月は顔を真っ赤にして怒る。
「からかってんのか!? 馬鹿なこと言ってんじゃねーぞ!! フラれた傷も癒えてないのに、ホイホイ好きでもない他の女と付き合えるかよ!!」
「ですよね。でも、そういうことです、砂月先輩が東條先輩に言ったのは。恋愛対象として好きだと思っていない相手に付き合ってから好きになってくれって言われた気持ち、解りましたか? ……じゃあ、『考えといて』くださいね?」
冷ややかな笑みを浮かべて去る後輩に、砂月は心の中で舌打ちをしながら呟いた。
「……一年後、俺がお前に夢中になってたら考えてやるよ」
砂月陽二の初恋はこうして幕を閉じ、一時落ち込みはしたが、やがて普段どおりの生活に戻っていった。
今までどおり、阿方清輔やテオとつるみ、遊び、笑う。
砂月陽二は強い。
テオの言ったことに間違いはなかった。
その後、彼が天ヶ崎エレナと交際に至るかは、ここでは語らなくていい物語だ。




