高校二年の分岐点
高校二年生というのはそれなりに転機を迎える時期である。未来の自分を見定めて、何をするべきか考えなくてはいけない。
「えっ、由比、魔術大学行くの!?」
ある休日、佳苗は一緒にお茶をしていた由比に驚きの声を上げた。あの劣等生と蔑まれていた由比が、更に高位の魔術を学ぶ学科へ進むと知って、驚かない方が無理というものだ。
「うん、勉強楽しいし、自分がどこまでやれるか知ってみたくて。……おかしいかな?」
「おかしくないと思うけど……。そっかぁ、あの由比がねぇ」
感慨深げに呟く佳苗に由比は聞き返す。
「佳苗はどうするの、進路」
「私? 就職するよ。魔術とは関係ないところだけどね」
「えぇ……? せっかく勉強したのに勿体なくない?」
「魔術は使えて困ることなんてないじゃない。大丈夫、協会にはちゃんと入るから、はぐれ魔術師になんてならないよ」
「そっか……」
一年の時の担任だった斉藤が聞けば仰天し、満面の笑顔を浮かべる進路を由比は選んだ。それは家でエノシマと話している時に決めたことだった。
相変わらずせんべいを齧りながらエノシマが言ったことが決定打だった。
「儂は独学じゃったから、禁呪であり封印された時空跳躍を会得するのに百五十年もかかってしまったが、それなりの環境が整っておったらもっと素晴らしい魔術師になれていたかもしれんのう」
「……それって、私にはまだ伸びしろがあるってこと?」
「お主に伸ばす気があるならな。勉学が楽しいのならば、存分に学べ。今の由比にはその可能性が十分にあるのじゃぞ?」
意地悪な笑みでそう言われ、由比は己を見つめ直す。何が出来るのかまだ解らない。けれど、勉強は楽しい。成績がめきめき伸びている今だからそう思えるのかもしれないが、少なくとも未来の自分は禁呪を自力で開放できたのだ。それほどの可能性が自分にあるのなら。
「……私、もっと勉強したい。もっともっと勉強して、お姉ちゃんも超えるくらいの魔術師になりたい。それで、お姉ちゃんのサポートをしたい。弟切さんの負担も減るだろうし」
「ほう、東條のプライドはやはりあったか」
「あたぼうよ! どうにかここまで出来たんだ、限界が見えるまでやってやらぁ!」
エノシマが拍手をする中決めた進路だった。もちろん、大学に入るには、もっともっと勉強を続けなくてはいけないことは承知の上だ。
思い出に耽っていた由比は、冷えたほうじ茶ラテを飲む佳苗に、ふと思いついたように訊ねてみた。
「……阿方くんたちはどうするんだろう、進路」
「さぁ? 阿方は特魔に行きそうだけど、砂月は分かんないなぁ。野球に行くなら体育大受けるだろうし、その前にスカウトかかるかもしれないしね」
「……砂月くん、野球頑張ってるもんね」
「誰かさんにフラレてからますます熱が入ってるよねぇ」
「……傷を抉るのやめてくんないかなぁ!?」
「あっはっは、ごめんごめん」
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一方、砂月家。阿方清輔と砂月陽二は格闘ゲームをしていて、テオはぼんやりそれを見つめていた。
「ふぅん、やっぱ清輔は特魔学校か」
「まぁな。処理班じゃなくて調査班の方だけど」
「つまり国家公務員ってことだろ? 安定してるじゃん」
「ようじはしょうらいなにかになりたいっていうの、あるの?」
「そうだなー。やっぱ野球で飯が食えるようになれたら嬉しいけど、無理なら実家継ぐよ」
「ごはんやさん? テオ、たべにくるよ!」
「おう、来い来い! ……あ、やべっ、壁ハメされる!」
「あっ、くそー、逃げられたか」
テオには握れないコントローラーで、画面の中の格闘家が機敏に動くのがテオには楽しくて仕方ない。自分ではできそうもない動きを見て、テオもそわそわしてきた。
「ゲームのなかのひとはすごいなぁ、テオ、このわざつかえるようになりたいなぁ。くうちゅうにうかせて、けりいれるの!」
「テオなら出来そうだけど、な!」
清輔が正確なコマンド入力をすると、画面の中のキャラクターも機敏に動いた。
「あ、ちょ、清輔、待て、待てって!」
清輔の動かすキャラクターが見事にコンボを決め、陽二の動かすキャラクターはノックダウンする。
「あー! 負けたー! くそっ、清輔強いなー」
キャラクターセレクト画面に戻ってきて、ふたりはコントローラーを一度置いた。
「陽二はまだ解んないだろ? 大会でいい成績残せたらプロにもなれるかもしれないじゃないか」
「……まぁ、昔よりは出来るようになったけどさ。まずは次の夏季大会で勝ち残んなきゃ意味ねーし」
「そりゃそうだ」
陽二が傍らにおいたスポーツドリンクを飲み、息をつく。
「ま、もういいカッコしようとか思わないし。泥臭くやるよ、野球は」
「いいんじゃないか? 泥臭くやっても、見てくれる人はちゃんと見てくれるんだから」
「ならいいんだけどなぁ。テオはいいよな、将来とか不安ないだろ?」
「ふあん? うん、ないよ。テオはゆいについていくだけだから」
「由比、進路決めてんの?」
ちらりと陽二がテオを見る。テオは笑って言う。
「ないしょ。でも、きっとみんなびっくりするよ。ゆいはすごいから!」
清輔も炭酸飲料を飲み、笑いをこらえる。
「ご主人様の話になると嬉しそうにするな、テオは」
それを聞き、テオは尻尾を振って笑う。
「だって、ゆいはすごいもん! ふたりはしらないとおもうけど、いえでもいっぱいべんきょうしてるよ。きょうはあそびにいってるけど」
それを聞き、陽二が考え込むように言った。
「……そういや、東條先輩……、由比の兄ちゃんは何してんだ? 家にいることの方が多いような気がするんだけど、どこにも勤めてないのか?」
テオは少し考える。処理班であることは秘密にしなくてはいけない。なので、家での湘を思い浮かべる。
「しょう? いえのこと、いっぱいしてるよ。ごはんつくったり、せんたくしたり、そうじしたり。かやができないことをするのがしごとなんだって」
それを聞き、清輔が苦笑いを浮かべる。
「茅姉さん、仕事はできるけど、家事は全然ダメそうだもんなぁ」
「できないことはないーって、かやはいってるけど、やってるところはみたことないよ。みのまわりのことはぜんぶおとぎりがやっちゃうし」
「それだけ出来る優秀な式神がいるんだから、本当にやろうと思ったら出来るんだろうけどなぁ。……よしっ、清輔、もう一戦しようぜ!」
「今日は勉強会じゃなかったのか、陽二」
「いきぬき、いきぬき。せいすけ、あそぶのもだいじだよ。ゆいや、かやも、いつもやってるよ」
再びコントローラーを握る陽二に、清輔も諦めたようにコントローラーを握る。テオは楽しげにそれを見つめていた。
高校二年生というのは、ひとつの分岐点である。それを迎えた少年少女は、自らの未来を見定め、目標を立て、進んでいく。
テオはただ、主人についていくだけだったが、己の存在が主人に影響を与えているとは露程にも思っていなかった。




