砂漠の月、照らす太陽を見守る天駆ける光
のばら原高校魔術学科、その年の入学式の首席として新入生代表の挨拶をした少女を見て、生徒たちは息を呑んだ。キラキラの金髪に青い瞳。短い髪に不釣り合いなセーラー服姿だったが、少女の美貌はあまりに男性的で、「のばらにもうひとり王子様が現れた」と瞬時に噂に上った。
女性的な美貌と不思議な色味のロングヘアーの王子様が「海の国から来た王子様」ならば、彼女は「星から降ってきた王子様」だと言われた。少女の名前はエレーナ・ルキーニチナ・アリビツカヤ。日本名では天ヶ崎エレナ。星読みに長けた、タロットを使った占いを特技としているロシア人の少女だった。
中学生の時はソフトボール部に所属していた、運動も得意としていた彼女だったが、この学校には女子ソフトボール部はない。なので、部活は仮入部として野球部を選び、マネージャーとして活動することにしたらしい。体育の授業でさえ歓声が上がる彼女の運動能力は発揮されなかったが、ひと目彼女の姿を見ようと野球部には彼女のファンが男女問わず押し寄せるようになった。
「おー、今日もすげーなぁ」
ミットを着けた、二年になってからようやく試合に出してもらえるようになった砂月が他人事のように天ヶ崎目当てのギャラリーを見渡す。それを聞き、やはり他人事のように天ヶ崎が言う。
「砂月先輩、真面目に練習してください。レギュラー落とされても知りませんよ」
「わーかってるよ、天ヶ崎。でも、こんだけ女子が見に来ても俺目当ては誰も居ないんだもんなぁ。くそっ、清輔といい、なんで俺の周りには美形が集まるんだ……」
「……あたしはそうは思いませんけど」
天ヶ崎がぼそりと言う。それを聞き逃す砂月ではなかった。
「えっ!? 俺目当てもいるかな!?」
「でも、砂月先輩が一番見て欲しいのは同じ学年の東條先輩でしょう?」
見透かされたような言葉に砂月は声を詰まらせる。
「なっ、なんでそんなこと言えるんだよ! あれか!? 得意の占いか!」
「占いなんてしなくても、砂月先輩を見てれば解ります。早く練習に戻ってください」
冷徹な声に渋々砂月は練習に戻る。天ヶ崎はそれをただ見守るだけだった。
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「天ヶ崎さんカッコイイよねぇ」
「うんうん! クールで、そのへんの男子よりよっぽどカッコイイ! でも阿方先輩も捨てがたいー……! 阿方先輩は綺麗で優しくていいよねー!」
「阿方先輩は誰にでも優しくていいよねー。わかるわかるー」
「あーあ、天ヶ崎さん、どうして女の子に生まれちゃったのかなぁ。男子だったら絶対告白してるー!」
「あはは、告白したって振られるだけだってー!」
ミーハーな入学したての一年女子たちの噂話は二人の中性的な王子様のどちらがより良いかということで持ちきりだった。そのどちらとも知り合いになってしまった砂月は内心で唾を吐く。お前らみたいな有象無象の衆が清輔や天ヶ崎の目に止まるもんか。そもそも天ヶ崎は女だろうに、顔が良ければお構いなしかよ、と。
そんなある日の放課後、部室でタロットをめくる天ヶ崎を砂月は目撃した。自分の姿に気がついたのか、天ヶ崎はささっとタロットを片付けてしまう。
「……のぞき見なんて趣味が悪いですよ、砂月先輩」
少し恥じらいながらタロットをシャッフルする天ヶ崎に、思わず砂月は顔を赤くする。
「あ、ああ。悪い。でも、お前が誰に頼まれたわけでもないのに占いしてるなんて珍しいなって思って。何を占ってたんだ?」
天ヶ崎は少し口淀んでいたが、ぼそりと呟く。
「……砂月先輩のことを、少し」
「俺?」
「占いもたまにはやらなきゃ鈍ってしまうので、せっかくなので、東條先輩との相性占いを」
それを聞き、砂月が天ヶ崎に詰め寄る。
「マジ!? どうだった!?」
「死神の正位置が出ました。絶望的ですね」
一刀両断。砂月は項垂れるが、それでも顔を上げて言う。
「くっ……! で、でも、占いなんて、その後の行いで変わるもんだよな!?」
「そうですね。占いなんて指針に過ぎませんから、砂月先輩が努力すれば、きっと」
「よし、ぜってー諦めねー! ……ところで、なんでお前は俺が由比を好きなこと知ってんだ?」
天ヶ崎はきょとんとした顔をしていたが、小さく笑うと言った。
「前も言いました。見てれば解ります。……あたしは、砂月先輩の姿、ずっと見てますから。努力してる姿も、東條先輩が通り過ぎる時に目を追ってる姿も、全部見てますから」
「は……?」
天ヶ崎はとんとんとタロットの束を整えて箱にしまいながら言葉を続ける。
「占い師は自分のことは占いません。だから、自分の恋路がどうなるか解りません。知ろうとも思いません。でも、これだけは言えます。……一年後。砂月先輩が卒業するまでに、東條先輩よりももっと、砂月先輩を夢中にさせてみせます」
男性的な美貌の奥、ほんの少し、恥じらうような表情で『星から降ってきた王子様』と呼ばれる少女が言う。
「あたしは野球部に入って、努力を続けてる砂月先輩をずっと見てましたから」
「ど、どういう意味だ?」
「答えは一年後に解るでしょう。楽しみにしててくださいね」
悪戯っぽく微笑み、そして鞄を持って出ていってしまう天ヶ崎と、ロッカーの並ぶ部室にひとり取り残される砂月。
「……ずっと、見てた? 楽しみにしてろって……なんだよ、それ」
鈍感な砂月が、その言葉の意味を理解したのは三年生に上がってからだった。
……星から降ってきた王子様が女の子として好きになったのは、砂漠の夜を照らす月と太陽の名前を持った純朴で一途な少年だった。




