班長の仕事だから
私は鏡を滅多に見ない。
見たとしても、そこに映るのはカラースプレーを構え、髪を真っ赤に染める時くらいで、普段化粧することすら稀な自分はその顔の半分は真っ黒なマスクで隠してしまう。
これは自分が自分の顔が嫌いなことも理由だが、数多ものモノを殺すように指示する自分が嫌だからでもある。
「まーたキミたちはジャージをボロボロにして……」
自分の班のメンバーを見れば、ジャージの裾を焦がしたり、ジャージの上をズタズタに切り裂かれていたり、全身泥だらけになっていたり。
「替えのジャージ、用意してるから着替えて帰りな。『切裂』クンはビルの中。男どもはそのへんで」
「やだぁ、俺の着替えが見たいなんて、『千里眼』ちゃんのえっち」
「私も中に行くよ。終わったらノックしてくれたらいいから。ほらほら、さっさと着替える、『紅蓮』クン!」
そう言ってビルの中に入って私はタブレットに今日の報告書の草案を書く。手慣れた操作である程度書き進めていると、『切裂』が申し訳なさそうに言う。
「いつも悪いわね、『千里眼』。私たちが備品をボロボロにするたびに始末書書いたりさせてるでしょ」
それを聞いて肩を竦めた。
「それだけ危険な業務をさせているのは班長の私だからね。むしろ班長の私が安全無事な場所で指図してるだけなのに、キミたちはよくついてきてくれてると思うよ」
「『千里眼』の指示はいつも的確だもの。私だって、多分『紅蓮』も『空歩』も、『千里眼』がリーダーだから安心して仕事が出来るのよ」
「そう言われるといくらか救われるよ」
着替えを終えた『切裂』からボロボロのジャージを受け取っていると、古びたドアが乱暴にノックされる。
「『千里眼』ちゃん、もーいいかい?」
呑気な『紅蓮』の声に応える。
「もーいいよ。入っておいで」
古びたドアが開けられると、突然入ってきたビル風が地面に落ちた埃を舞い上げる。ネオンをバックにした暗闇の中で、ピカピカのジャージに着替えられた『紅蓮』と『空歩』が立っていた。
「ところで『千里眼』ちゃん、なんでうちの班の制服は黒のジャージなのさ? これじゃせっかく『千里眼』ちゃんに会えてもオシャレな男女の逢瀬にもならないじゃん」
不満げに言う『紅蓮』はいつもと同じようにジャージを着崩している。首までキッチリファスナーを上げている『空歩』や『切裂』とは違い、この男はいつも茶目っ気を忘れない。それが良いところでもあるし悪いところでもある。
道化を演じる彼すら忘れてしまったであろう、真面目な性根のはずのその姿は、どこか痛々しさすら感じる。しかしそんな考えは顔に出さず、私は事実だけを述べる。
「私たちは夜闇に溶けなきゃいけないからね。それに、そのジャージが一番安いんだ」
「想像以上に安易な答えだったな」
呆れたように言う『空歩』に『紅蓮』は食い下がる。
「ええー。『千里眼』ちゃんが髪の毛真っ赤に染めてるじゃん! 超目立つのに意味ないじゃん!」
その疑問には即答できた。
「真っ金金に髪をブリーチしたロン毛の男や、短い髪の毛を真っ赤に染めた女が出入りしてるビルに近寄ろうなんて輩が現れないように、だよ。まぁ、そんな奴らがいたら私が黙らせてるけどね」
「怖っ! 『千里眼』ちゃん、荒事は苦手じゃなかったの!?」
「苦手だよ。だから、気絶させて少しだけ記憶の改変をさせてもらうだけさ。ほら、早く皆帰りな。後処理は私がやっておくから。日付が変わっちゃうよ」
追い立てるようにメンバーを廃ビルから家に帰し、私は改めてタブレットに向き合う。自作のエーテル反応が表示される地図アプリの自分のいる位置から、ひとつ、またひとつとエーテル反応が離れていく。『切裂』は『空歩』が近所に住んでいると知ってから、違う道を使って帰るようになったようだ。
……メンバーの素性を知っているのは私だけ。人気バンドのギタリストの自宅も、ただの事務員の女の自宅も、名家の長男の自宅も、知っているのは私だけ。決して口外してはいけない秘密を全部抱えて、私は再び報告書に向き直る。ついでに備品をボロボロにした始末書も書く。これも、もう慣れたものだ。そして部長のパソコンに送信する。ここでしなくてはいけない仕事はこれで終わった。
その足で夜でもなお仕事を続ける現代特別魔術師事件捜査本部のある警察署の外れに立てられたビルに向かう。人もまばらなそのビルの一室、処理班本部のドアを開けると、まだ残っている人間がいた。
「『千里眼』か。報告書見たよ、おつかれさん」
少し太った中年に頭を下げる。競馬場やパチンコ屋なんかが似合いそうなこの男が、処理班の仕事を統括している本部長なのは信じられないが、事実なのだから仕方ない。
「すみません、また備品をダメにしてしまって」
「なに、必要経費内に収めているなら問題ないよ、『千里眼』。そう固くなるな。コーヒーでも飲むか?」
「ありがとうございます。ジャージを処分してからいただきます」
そして私は備品倉庫に入り、自分の班のメンバーのサイズに合ったジャージを三着取り出し、ボロボロになったジャージをゴミ箱に放り込む。
ジャージをリュックに詰めて戻ると、自分のデスクの上に湯気を立てるコーヒーの入った紙コップが置かれていた。
ありがたくそれを啜り、デスクのパソコンの電源をつける。タブレットとクラウドソーシングさせているので必要は薄いのだが、やはり本腰を入れた仕事はこちらの方が捗る。
「『不死者』のことか?」
本部長に図星を指され、小さく頷きながらキーボードを叩く。
「まさか自分が『不死者』の処理を任されるとは思わなかったので……」
「ふむ、だが『不死者』の殺害処分に苦言を呈したのはキミだろう? ならば、その仕事もするのが筋というものだ」
「反論の余地もありません……」
『不死者』は特魔の情報を外部にリークして私腹を肥やしていた。普通ならば、同僚の手によって死を持って償うのが筋だっただろう。けれど、私は自分の仲間たちに同僚殺しをさせたくなかった。そのツケを私が払うことで、『不死者』を殺す必要はなくなった。その代わりにもっと厄介な仕事が増えたのだが。
「『不死者』から引き出した情報をまとめて、『不死者』のエーテルを回復の余地もない程に残ることなく吸収処分して記憶の改竄をすれば、『不死者』はもう『不死者』ではなく、ただのフリーターである『松浦寛人』という一般人として開放できます。……失う命は、少ないに越したことはないですから」
「その尻拭いにキミは今残業をしているのだろう? 記憶の改竄もキミが行うのだから、よくやるものだよ。それもキミの正義感が為せることかな?」
私のキーボードを打つ手が止まる。
正義。なにをもって正義というのか解らない。けれど、私の仕事が正義なのだとするならば、きっとそうなのだろう。
少なくとも、班のメンバーは多かれ少なかれ、自分の正義の為に自分の手を汚している。それならば、班長である自分が一番厄介な仕事をするのは当然だ。
……私は、B班の班長なのだから。
「……幸い、私は超広範囲のエーテルを見渡せる能力と、人間の記憶を改変する魔術を覚えています。……本部長が、私に正義感があると仰られるなら、それが私の能力だったことを喜びと思ったほうがいいですよ。少なくとも悪用したりしようとは思わない程度に、正義感があるのですから」
それを聞いた本部長は笑みをこぼす。マスクを外した私の顔は自分では解らない。表情の作り方すら忘れた自分には、笑顔なのか、泣き顔なのかすら解らない表情を見て、本部長はただ一言。
「……無茶だけはするなよ、『佐久間あかり』くん」
自分ですら忘れかけていた私の名前を呟いた。




