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各々のバレンタイン戦争~お返しの陣~

 決戦はホワイトデー。

 想いを込めたチョコレートがどんな形で帰ってくるか、女の子たちはそわそわしている子もいるし、大して気にしていない子もいる。東條由比も『大して気にしていない』、そのひとりだった。


「ゆい!」


 朝一番にベッドで眠る由比を揺り起こしたのは、同じ部屋、部屋の隅で毛布に包まって眠っているはずのテオだった。


「んん……。なぁに、テオ?」

「きょうはホワイトデーだよ! だから、テオからおかえし!」


 そう言って手渡されたのは、キラキラの瓶に詰まった様々な味のキャンディだった。


「あ、そっか……。今日ホワイトデー……。テオ、これどうしたの?」

「アルバイトして、しょうといっしょにかった!」

「アルバイト? テオが?」


 テオは尻尾を振りながら笑って言う。


「しょうに、ゆいにバレンタインのおかえしがしたいっていったら、『じゃあてつだいしたらオコズカイあげる、アルバイトってやつだな』っていってた。だから、テオ、しょうのてつだいいっぱいしたよ。ふだんできないばしょのそうじとか! おかえしはなにがいいかきいたら、キャンディがいいってきいたから、しょうといっしょにえらんだよ!」

「そうだったんだ……。ありがとう、テオ。いっぱい頑張ってくれたんだね。すっごく嬉しいよ」


 そう言って笑顔で由比がテオの頭を撫でてやると、テオは嬉しそうに目を細める。その笑顔が一番のお返しだなぁ、などと思っていると、ふとある人物のことが脳裏に過った。


「そうかぁ、今日か。阿方くん、大変だろうなぁ」


 由比の思惑通り、阿方清輔は昨晩から大量のクッキーを焼いていた。しかし、大量の生地を作っている途中でふと思いつき、少量小分けにして純ココアを混ぜ込んだ。白とココアの生地を四角形の市松模様に形成して、冷蔵庫で冷やし、切る。ほんの二人分の少しだけ『特別な』クッキーは、自分を気遣いミントタブレットとくれた友人と、同じ文学部のクラスメイトに渡された。


「他の人とはちょっと違うクッキーだから、家でこっそり食べてくれよ?」


そう言って手渡されたクッキーを、由比は笑いながら、クッキーの意味を知る田村は少し頬を染めて小さく頷いて受け取った。


 一方、砂月は由比にマシュマロをプレゼントしていた。ホワイトデーといえばマシュマロ。短絡的な砂月のそう思っての選択で、由比はやはり笑って受け取っていたが、お返しのマシュマロの意味を知る阿方は呆れた顔で見守っていた。


「お前、スマートフォンくらい持ってるだろ? お返しの菓子の意味、調べてみろよ」


 阿方に言われて砂月はきょとんとしながらスマートフォンを取り出す。


「はぁ? なんだよ、それ……あぁ!?」


 検索結果に砂月は驚愕の声を上げる。

 しかし、後の祭りだった。

 意味を知った砂月は肩を落とすが、阿方はその肩をぽんと叩いて言う。


「心配すんな。多分東條は知らないし、気にする訳でもないだろうから」

「畜生、それはそれで悔しいんだけど!? ……くそ、せめてチョココーティングされてるのを渡せばよかった……!」

「ま、来年に期待だな。多分来年もくれるだろ。どうでもいい知識だけど、ひとつ勉強になったな? 陽二」


 けらけら笑う阿方を砂月は恨めしそうに見つめていた。


 一方、放課後の職員室でも、男性教諭一同から、女性教諭一同へとお返しのマシュマロが手渡されていた。とはいっても、大きな籠に詰められた小分けにパッケージされたものをご自由にお取りください、というスタイルだったが。

 そんな中、斉藤克己はそっと加藤八重子を呼び出し、自分だけのお返しを手渡した。それは綺麗な花の刺繍の施されたハンカチだった。


「その。なにを渡せばいいのか解らなかったんですが……」


 うつむいて頬を掻きながら言う斉藤に、加藤は大きな目をより大きくして受け取った。


「これ、私にだけですか、斉藤先生」

「え、ええ。一応。私の気持ちということで……ご迷惑でなければ」

「迷惑だなんて……! すごく嬉しいです。……大事にします」


 綺麗に包装されたハンカチを加藤はぎゅっと抱きしめる。その目尻には涙が溜まっていた。


「か、加藤先生!?」


 突然の涙に狼狽える斉藤だったが、加藤は涙をそっと拭い、言う。


「……斉藤先生にだけ、別のチョコレートをあげていたんです。だから、嬉しいです」

「えっ……自分にだけ、ですか?」

「気がついてなかったんですか? なのに、私にだけ、このハンカチを?」


 すれ違い続けていた想いを抱いていた教諭二人はその意味を知り、顔を真っ赤にして俯いてしまう。まるで初心な学生たちのように。


「……てっきり、私の気持ち、伝わったのかと……」

「いや、私は自分の気持ちを伝えたかっただけですので、加藤先生のチョコレートが特別だとは思いもしませんで……」


 真っ赤になる厄年を終えようとする中年の男性教諭と、お肌の曲がり角を迎えようとしている若い女性教諭が二人で出掛けるようになり、交際に至るまで、それから時間はかからなかった。


 その頃、東條家では焼き立てのスポンジ生地がクーラーで冷やされていた。真っ白な生クリームをホイップしながら、湘は妹の帰りを待っていた。

 いち早く足音に気がついたのはテオだった。走って玄関に行き、戸が開かれるのを待っている。


「ただいまー」

「おかえり、ゆい! しょうがケーキをつくってるよ! ショートケーキだって!」

「お兄ちゃんもマメだなぁ。外の人にはお返ししないのに、家族にはお返しするんだから」

「かぞくはとくべつだって、しょう、いってたよ」

「あはは、だろうね。今日のデザートは豪華だなぁ」


 言いながら自室に戻ろうとしていたら、弟切にばたりと出会う。


「わ、びっくりした。弟切さん、ただいま」

「おかえりなさいませ、由比様。これは私からのお返しです。バレンタインデー、ありがとうございました」


 そう言って手渡されたのは桜色のヘアピンだった。ところどころに小さなジルコニアの粒がつけられているそれはキラキラと輝いている。


「うわ、こんな綺麗なの、もらっていいの?」

「由比様も私にとっては特別な方です。それで、より能力と魅力を高めていただければ幸いです」

「ありがとう。大事にするね。……お姉ちゃんには何をあげたの?」

「今年は姉様にはタイヤモンドのネックレスを差し上げました。姉様から頂いているお給金で買ったものですから、給金が物になって手元に戻ってきただけかもしれませんが」

「そんなことないよ。弟切さんが選んで、買ってくれたんだから、きっとお姉ちゃんも喜んでるよ」

「それならいいのですが」


 弟切はそう言って頬を染めてはにかみ、由比も笑った。


 その時、玄関のチャイムが鳴った。弟切が音もなく玄関に駆け寄り、対応する。


「由比様、宅配便ですよ」

「私に? 誰だろ……。……げ」


 差出人は西ノ宮健吾だった。渋々由比がリビングに行き、包装を解くと、中には色鮮やかなマカロンが詰まっていた。由比でも知っているような高級菓子店のそれは、駄菓子を渡した自分へのあてつけにしか思えなくて、由比は顔をしかめるが、スマートフォンを手に取り、メールを打つ。


『高そうなマカロンをどうも。駄菓子の味はどうでしたか?』


 間髪入れずに返事が来る。


『お前らしいやっすい味で美味しゅうございました。お前はその菓子でも食って少しは考えを改めろ、ボケ』


 いつもの悪態に笑みを零し、由比は冷蔵庫にマカロンを仕舞う。湘のケーキ作りも佳境に入り、綺麗にデコレーションされ、瑞々しい苺が乗せられる。


「よし、出来た。茅姉とエノシマさんにもあげるケーキだけど、今日はカロリー多可になりそうだな、由比?」

「クッキーとケーキは今日食べるけど、マカロンは明日食べる。テオのキャンディは大事に食べるよ」

「はは、そっか」


 湘は穏やかに笑う。

 湘はホワイトデーのマカロンの意味を知っていたが、知らないふりをした。まだ妹をあの男にやるには惜しい。だから、もう少し焦らしてもいいだろうという悪戯心だった。

 今晩は仕事はない。だが、次の仕事の日には『紅蓮』が『千里眼』に雨のように大量のキャンディをプレゼントするのが容易に想像できた。


 届く想いもあれば、すれ違う想いもある。そして、ホワイトデーの夜は更けていく。

 男にとっては憂鬱で、そして女にとっては仄かな想いが届いたか不安な一日は、そうして平穏に過ぎていった。

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