テオでできたクッション
「テオ、ブラッシングしよっか」
「うん、わかった。でも、さいきんおおいね」
「暖かくなってきたからね。テオの冬毛、抜いてあげなきゃ」
私はテオを中庭に呼び出し、巧先生のところで買ってきた新兵器を手に取る。大きく横長でステンレスで出来たブラシだ。
「これ、買ってきたんだ。スリッカーブラシっていうんだよ。これでブラシすれば、多分テオも楽になると思うんだ」
「いつものブラシとどうちがうの?」
「力があまりいらないの。それに、毛もさらさらになるよ。ほら、そこに座って」
テオは言われた場所に大人しく座る。私はスリッカーブラシを手に腕まくりをする。
そして、先生に教えてもらったとおりに、被毛の表面を撫でるようにブラシを通す。それだけで被毛の奥に隠れていた冬毛がごっそりと取れた。
「うわ、すごい取れる。テオ、痛くない?」
「いたくないよ。きもちいい。ふゆげ、とれそう?」
「うん、大丈夫そう。よし、頑張ろうね」
さくさくとブラシを通していく。そしてブラシにまとわりついてくる毛を取り、またブラシを通す。表面は灰色なのに、テオの冬毛……アンダーコートは白くて綺麗だった。それがどんどん抜けていくから、大変だけどこっちも楽しくなってきた。
「テオの体はこんな毛で守られていたんだねぇ」
「テオ、しょうかんされるまえはブラシなんてしたことなかった。でも、からだをふるわせるとしろいけがふわふわまってたよ」
「テオの世界ではテオを傷つけようとする人が多かったから、アンダーコートは分厚くてよかったのかもしれないね。でも、こっちじゃ暑いばっかりだから、ちゃんと梳かなきゃね」
「そっか、すむせかいがちがうと、そういうちがいもあるんだね」
さくさくと梳かし、アンダーコートを剥がし、またさくさくと梳く。テオは気持ちよさそうに目を細めていた。
「背中はこんなものでいいかな……」
私がそう言ってちらりと横を見ると、まるで小さなテオがもうひとり作れそうな量の毛の山ができていた。
「ゆい、おなかのほうはじぶんでやってみたい!」
「そう? 気をつけてね。なるべく地肌につけないようにね。傷がついちゃうから」
「わかった!」
テオはスリッカーブラシを受け取ると、自分の顔の周りや、腕やお腹にブラシを当てていく。
「すごいね、ゆい。いっぱいぬける」
「こんなにアンダーコートが多いってことは、テオ、寒い地域で生まれたの?」
テオはお腹にブラシを当てながら答える。
「テオはよくわからない。でも、ふゆにはゆきがふってたから、たぶんさむいばしょだったんだとおもう。たべるえものもすくなくなったし……」
カシ、カシ、音を立てながらテオはブラシを動かす。溜まったアンダーコートを剥がし、また動かす。
「こんなにアンダーコートがあったんだったら、テオ、冬の間暑かったんじゃない? 部屋、暖房つけてたし」
「へいきだったよ。すこしあついな、っておもうこともあったけど、そんなときはえんがわにいたから」
「なるほど……。ごめんね、気が回らなくて」
「ううん。ごしゅじんさまのせいかつにあわせるのもじゅうしゃのつとめだって、おとぎりがいってたから。じゅうしゃにきをつかって、ゆいたちがかぜをひいたりしたらたいへんだ。テオ、かぜだったころつらかったから、ゆいにあんなおもいはさせたくない」
私の手は自然とテオの頭に伸びていた。私の従者はなんて優しいんだろう。そう思うと愛おしさが湧き上がってくる。そのまま撫でると、テオは不思議そうにこちらを振り返る。
「ゆい?」
「テオはいい子だね。自慢の従者だよ」
「ゆいも、テオのじまんのごしゅじんさまだよ。テオのために、こんなべんりなどうぐもかってくれた」
そう言ってテオは笑ってブラシを掲げる。そんなもの、大したことじゃないのに、テオは本当に嬉しそうにしてくれる。
やがて日が傾きだした頃、ようやくテオの全身のブラッシングが終わった。
……下半身のブラッシングはさすがに見るのを憚られたので、終わるまで背中を向けていたけれど。
テオの隣には山のように抜かれたアンダーコートが積まれている。私はそれをゴミ袋に詰めながらテオに訊ねる。
「テオ、すっきりした?」
「うん! からだがかるい! さっぱりした!」
「良かった!」
笑いながらゴミ袋を縛り、私は思わずゴミ袋を抱きしめる。ガサガサという音の奥に、ふんわりとした暖かさがまだ残っている気がした。
「えへへ、テオのクッションができちゃったなぁ」
「でも、すてなきゃダメだよ、ゆい。むしがわくよ」
「解ってるよ。ちょっと味わってみたかっただけ」
このテオのクッションは、テオを冬の間寒さから守ってくれていたものだ。まるでテオがもうひとり生まれたような錯覚すら覚える。
「ご苦労さま、テオ。後でシャワーも浴びてね」
「うん! せなかのドライヤー、ゆいがてつだってくれるの?」
「任せといてよ! 私はテオの主なんだから! ……でも、腰にタオルは巻いといてね?」
次のゴミの日には捨てられる運命のテオのクッションを置いて、私はこころなしかさっぱりして、一回り小さくなったようなテオに抱きついた。まだ残っていたアンダーコートが体につくのも構わずに。
テオのあとは私もすぐにお風呂に入らなきゃな。そんなことを思いながら。




