人魚の恋は実らない
俺には好きな人がいる。でも、その人と結ばれると思ったことはない。
これは幼馴染の東條も知らないことだと思う。
それは俺が魔術師の古い家系で、その人は一般的な家庭で育ち、今も魔術と無縁な大学生活を送っているから、という理由もある。
けれど、それよりもっと高い壁がある。それは年齢だとか、種族だとか、そんなものとは関係のない、もっともっと高い壁。
俺はその人の弟の親友だから。
初めてその人に会ったのは小学校の頃。魔術学は普通の小学校教育にも取り入れられていて、でも基本的なことしか教えてもらえないから、魔術に関係する職業につきたいと考えている人以外にはそんなに重要視されていない。図工みたいな、遊びの延長みたいな授業だ。
うちは当たり前みたいに魔術師にならなきゃいけないから、魔術学は大事な授業だったけど。
そんな授業で割といい成績を出していたのが、魔術師とはなにも関係のない、ごく普通の家に育った砂月陽二という少年だった。
砂月はとても人懐っこくて、俺みたいな亜人の子孫なんてレッテルを貼られて、古い習慣に囚われている俺にも気さくに話しかけてくれた。
名前とひょろっこい体格のせいで『つまようじ』なんてあだ名をつけられていて、でも、あいつは「うるせー、ばーか!」と怒りながらも笑い飛ばすような性格で、俺が海の加護を受け、青みがかったさらさらの髪を嫌って帽子で髪を隠してばかりだったのに、「おれは阿方のかみのけ、カッコイイとおもうぞ。まんがのヒーローみたいじゃん!」と軽く笑い飛ばして、コンプレックスを取っ払ってくれて。
それから、俺と陽二は親友だ。陽二もそれを受け入れてくれた。気楽に「うちにあそびにこいよ!」なんて言ってくれた。
それで、陽二の家に遊びに行って、その人に出会った。
「陽二、新しい友達?」
5つ年上で、その時その人は中学1年だった。栗色の長い髪をポニーテールにした陽二のお姉さん……一那さんは、とても大人っぽく見えてドキドキした。でも、それと同時に髪の色を何か言われるんじゃないかと怯えてもいた。
なのに。なのに一那さんは。
「清輔くんっていうんだ? 私、一那。ごめんねぇ、うちの弟、バカで手がかかるかもしれないけど、仲良くしてあげてね。私のことも本当のお姉ちゃんだって思ってくれていいからね」
そう言って、笑うだけだった。
「……なんにも言われなかった」
初めての経験でドキドキしていた。
ずっと付き合いのある東條の家だって、うちの風習には触れてはいけないと思っているのか、何も言わないけど、本当に、ただの、魔術の勉強に必死になってるような人でも何でも無い、ただの人に、髪のことを触れられなかったのは初めてだったから。
けれど、陽二は言う。
「そりゃそうだよ。うち、飯屋だもん。いろんな人がくいにくるのに、いちいちおきゃくさんの見た目とかに何かいってらんねーじゃん?」
言われて、それもそうなのかもしれない、と納得した。けれど、それから俺の中では一那さんの存在は特別なものになった。
一那さんはそれから普通科の高校に進学した。一般的な家庭には当然のことだった。
陽二が魔術学科に通うと決めたのは、ふたりでバッティングセンターに行った時だ。金属バットに振り回されている陽二を見て、俺はこっそり筋力強化の魔術を教えてやった。
もともと魔術学の成績は悪くなかった陽二は、あっという間にそれを自分のものにして、強化された筋力で、ホームランをかっ飛ばした。情けないファンファーレが鳴る中で、いつものひょろひょろじゃない、ガタイの良くなった陽二は俺に言った。
「清輔、魔術ってすげーな! 俺、魔術師になりたい! あの東條湘って人も魔術師なんだろ!? これからも魔術学、教えてくれよ!」
あまりにもきらきらした大きな目で言うもんだから、俺は思わず笑ってしまったけど、了承した。それから、陽二の魔術学の成績はめきめき上がり、3年になる頃にはのばら原魔術学科の推薦入学をもぎ取った。
「清輔! 高校の入学費、なんとかなるって。俺の預けてたお年玉、全部すっとぶことになるけど」
「そっか。じゃあ、高校も一緒に通えるな」
「あぁ! ……東條はどうなるかなぁ。今、お前見てやってるんだろ? 勉強。なぁ、大丈夫そうか?」
陽二は中学で同じクラスになった東條に一目惚れしたらしい。まぁ、東條は瞳も大きく、まだ幼さはあるけど、茅姉さんとは違う意味で華やかな顔をしているから、いつかそうなるヤツがいてもおかしくないと思っていたが、まさか自分の親友がそうなるとは思わなかった。
俺と東條が幼馴染と知ってからは、何かにつけて東條の話を俺にさせようとしてくる。俺はあからさまなその姿が楽しくて仕方なかった。
俺には出来ないことを、陽二はいつだってやってのける。
俺だってできることなら、陽二からもっと一那さんの話を聞きたかった。
俺が一那さんを好きだと言っても、陽二は冗談にしか思ってくれない。まぁ、こいつはニブいから仕方ないのかもしれないけれど。
出会った頃の一那さんと同じ髪型にするようになった俺を見ても、まだ信じてくれない。まぁ、それは別に構いやしない。
問題なのは一那さんも相変わらず俺のことは弟程度にしか思っていないようだけど、大学生になって彼氏ができた一那さんは最近俺にこう言うようになった。
「清輔くん、学校じゃモテるでしょ? きれいな顔してるし、肌もきれいだし、羨ましいなぁ。女の子だったらものすごい美少女だっただろうなぁ」
それに俺は冗談めかして答えるのだ。
「どれだけラブレターを貰っても、好きな人に好きだって言われなかったら、無意味ですよ」
本音を言っても、本当の冗談にしか思われないから、もう一言添えて。
「だから、一那さんが今の彼氏と別れるようなことがあったら、俺が拾いに行ってあげますよ?」
そして一那さんは笑いながら「またまたぁ」と答えるのだ。
本気に受け取ってもらえないのは、砂月の家系がそういうものだからからか、客商売であしらうことに慣れているからか、それとも俺が弟の親友だからか。
おそらくその全部なんだろうな、と思いながら、俺のこの想いは一生伝わらないのだろうと実感するのだ。
どうせ、俺は大人になったら、それなりの魔術師の家系の娘さんとお見合い結婚させられる。この恋は実ることはない。
でも、伝えることは自由だと、そう信じたい。
「本気ですよ? 俺、一那さん好きですもん」
けれど、やっぱり笑い飛ばされて。
「ありがとう。私も清輔くん好きよ?」
弟に与えるような『好き』を受け取りながら、俺は笑い返すのだ。




